最初の晩餐
入学初日の夜、一年生の女子は寮に案内され、各々が自らの部屋へと入室した。
しかし他の生徒が四人で一部屋を共有する一方で、白菊の私とヒスイは、各個室へと案内されていたのだった。
「やば……。広すぎでしょ」
――――高級旅館のスイートクラスの様な12畳(行ったことは無いが)。網目細やかな縁なし畳がシームレスに敷かれ、さらに自分の顔が映るほど磨かれた机にふかふかの座布団。極めつきは、障子戸を開ければ一望できる満開の桜桜桜だ。
「あははは! ビバ紋様羽織!」
フローリングのように滑らかな畳。そして心安らぐ和の匂い。どれ一つ取っても、これほど洗練された空間は無いだろう。
「うふふふ。あははは」
一人きりの空間というのはやはり落ち着くものだ。初日のストレスが全部消し飛ぶほどである。
「んんんーんーんんー」
鼻歌を歌いながら急須に茶葉を入れ、よく分からない石の上で沸かしたお湯を注ぐ。そして一人暮らしとはこういう物なのかと想像を膨らませながら、私はこの空間を満喫する。
――――するとトントンと、誰かが部屋の襖をノックする。
「ソウちゃん! ご飯食べに行こー」
襖を開けると、私の視線の下でユハンがウキウキとした表情で立っており、さらにその後ろにはヒスイもいた。
「ご飯?」
「ソウ、もしかしてアナタ聞いてなかったの?」
呆れた表情で腕を組むヒスイ。しかし紋様羽織が様になっている。などと感想を抱きながら、私は思い出す。
――そういえば、副学長が説明の時何か言ってなあ。
「ごめん。なんだっけ」
「はぇえ。ソウちゃん頭いいけど、人の話聞かないんだねえ」
グサ。可愛い顔してハッキリもの言うなこの子は。
「もう。この時間からは大広間でご飯が出されてるの」
ニコニコと笑うユハンとは反対に、呆れて物言えぬといった表情でため息を吐くヒスイ。――父様母様、私にも友が出来ましたよ。
「そうそう! そうだった。じゃあ行こっか」
「ちょっと、羽織は?」
どこか嬉しい気持ちを弾ませながら部屋を出ようとすると、ヒスイが私を止めた。
「あ、外出るときは羽織らないと駄目なんだっけ」
「そうだよ。学年を区別するためのものだからねぇ」
そうして綺麗に畳んでおいた羽織を着こみ、私達は大広間へと向かった。ちなみに寮は頂院のすぐそばにあるので、徒歩十分くらいで大広間には着く。
「はえぇ。良い匂いしてきたあ」
「おお。確かに」
ユハンの言葉に嗅覚を研ぎ澄ませると、確かに大広間の方から明かりと共に食欲沸き起こる匂いが香る。
食事時は常時開放されている大扉。その自由に出入り可能になっている扉を抜け、私達は大広間へと足を入れる。
「あれ、昼間は畳敷きだったのに」
全校集会の時とは違い、ゾウリのままでも入れる広間。しかも座布団ではなく椅子と長机になっている。
「はぇえ。いつの間に」
「多分、先生方の神通力で替えたんだと思うわ」
「なるほど、そういうことか」
――そして私はその光景に目を輝かせる。
バイキングのように並ぶ食べ物は広間を囲い、たくさんの生徒が談笑している様は胸を躍らせる。
「よーし。食べるぞお」
「はいはい君たち、食事代を貰うよ」
腹の虫を鳴かせて意気込んでいる私に、突如横から突き刺さる声。視線を移すと、そこには紅羽織の六年生が受付をしていた。
「え?」
――――金取るの!?
「昼食と違って、夕食は自由だからね。ちなみに白菊は千楽で、そっちの一年生は千五百楽ね」
なるほど。昼間は給食で、夜は学食って訳か。
「千楽、千楽」
私は袂からガマ口財布を取り出し、千楽硬貨を上級生に渡した。ちなみにこの財布も空間の神様が作った物なので、駕籠同様、キャパはエグい事になっている。
「あなた達、ここは私にお任せなさい」
そして私の財布は潤っていた。なぜなら、それは寮に入る際に貰った白菊特権の二十万楽があるからだ。
「いらないわ。私だって激励金貰ってるんだから」
「じゃあユハンの分は私が払おう」
「えぇえ。いいよお。私もお父さんからお小遣い貰ってるから」
なんて、なんていい子たちなんだ。まだこんなに小さいのに。
――――そうして私たちは席を確保した後、各々が料理を取りに繰り出した。
「こっちが野菜で、あっちが肉か。お、揚げ物もある」
確かに和食しかないが、それでも机の上はバラエティに富んでいた。しかしこれ全てが食べ放題なのだから困ったものだ。
「ユキメ先生。良ければ私とご一緒しませんか?」
ここで聞き覚えのある名前が聞こえてくる。声の方を向くと、男教師に言い寄られ、困った様に眉根を吊り上げるユキメがいた。
――まずい。ユキメが口説かれている!
私はすぐさま救助に向かった。
「先生! 私、龍人のユキメ先生に聞きたいことがあるんですけど」
「っはあぁ! ソウ様!」
涙で目を輝かせるユキメは、これまで聞いたことの無い声を出しながら私を抱き上げた。
「ああ! お会いしとうございました!」
――いや、今朝別れたばかりでしょ。
まるで百年ぶりに会うかのように泣きじゃくるユキメ。しかしこれはこれで困った。かなり目立っている。
「ユキメ、一旦外に出よ」
正直私ももっと喜びたいのだが、しかし私は我慢して彼女の耳元でそう囁いた。
「何故ですか?」
「言いたいことが一杯あるから」
…………そして私たちは広間の外へと出ると、人目の一番少ない隅っこの方で再開を祝す。
「ユキメ! ユキメぇ」
彼女のお腹に顔を埋める。話したいことはたくさんあるが、今はこれで良し。
「ああ、ソウ様。このユキメ、心細うございましたよ!」
そうしてしばらく抱き合い、私は彼女の存在に癒されに癒された。知らない人ばかりの中、こうやって親しい人と会うと本当に心強い。
「…………ところで、何でユキメが官学に?」
涙なみだの再会も、ひと段落したところで私は問うた。
「ふふふ。実はソウ様との武鞭の間、私も教職資格を取っていたのです」
初めて私にドヤ顔を見せるユキメだが、かなり可愛い。
「えっ。いつの間にそんなことを」
武鞭は朝早くから夕刻くらいまでやっていたはず。まさかその後にずっと勉強してたと言うのか。
「ええ! ソウ様の為ならこのユキメ、神様にだってなりますよ」
そんな滅茶苦茶な事を言っているユキメだが、次の瞬間に訪れたもう一つの声に、状況はもっと滅茶苦茶な事になる。
「――――ソウゥゥゥゥゥゥウ!」
遠くの方から近づいて来る聞き覚えのある声。この声は間違いない。
「会いたかったぞぉぉ!」
こちらに目掛けて一直線。ただ遮二無二に走ってくる一つの人影。この感じは間違いない。
――――兄だ。




