榮鳳官学入門 少女よ、大志を抱け⑤
嘘だろ。あの時戦ったお爺ちゃんはこのシロギ先生だったのか。しかもシロギ先生は伝達の神様。祝詞なしの神通力も納得だ。
「みんな分かってたと思うが、ソウ君はあの日、俺と戦って試験に合格した龍人だ」
ざわざわと風に吹かれた木々のように一年達が騒ぐ。
「あの日の、受験生?」
「まじかよ」
「ていうかあの子も神様だよね」
などなど内容は様々だが、それらはどれも私に向けられている。しかし、それが心地いいという感情はとうに過ぎ去った。
「そして主席入学の彼女には“紋様羽織”が渡される」
「――――先生!」
ヒスイが小麦色の綺麗な手を、真っ直ぐ空に向けて打ち上げる。
「なんだヒスイ」
「紋様羽織とは、優秀な生徒に贈られると言われている羽織の事ですか?」
「ああそうだ。知らないやつも多いとは思うが、この官学には白菊、赤菊、そして最大の栄誉である金菊の等級がある」
その言葉通り、私の羽織の袖部分には、美しい白菊の紋様が入っている。その花びらが舞うようなデザインは、少し高級感を感じさせる。
しかしこのシステムは私も知らなかった。一体どんな意味があるんだ?
「この菊紋様は、学園生活の中で目まぐるしい功績を残した生徒に与えられる、言わば秀才の証だ……」
全員が一言も聞き逃すまいと耳を立てる中、シロギ副学長は表情を変えずに淡々と続ける。
「――そして紋様羽織を持つ者には、様々な権利が与えられる。その中でも特にデッカイ特典が“お小遣い”だ」
「おこづかい?」
しまった。つい口に出してしまった。
「ああ。白菊には二年に一回、二十万楽の激励金が給付される」
二十万!? 幾らなんでも多すぎだろ。
――――説明しよう。この世界のお金である楽とは、最低通過単位を100楽とし、資産価値はおおよそ日本円の0.5倍である。つまり二十万楽は十万円である。
「そして赤菊は四十万、金にもなると六十万もの楽が支給される」
ひえぇぇぇぇ。どんだけ優等生手放したくないんだこの学校。
「はい先生!」
生徒たちの騒めきが最高レベルに達する中、ヒスイだけが冷静な面構えで挙手をする。しかしそのざわめきの中で、ヒスイの声が届くことはなく…………。
「おい静かにしろ! 先生怒るぞ!」
――――遂にシロギ先生が声を張った。しかし覇気が無いからか、生徒たちも最早お構いなしだ。
「汝らに命ずる。静かにしろ!」
そして、動物園の様だった広場に一瞬にして沈黙が訪れる。というより、強引に沈黙が割り込んで来たといった感じだ。
…………神通力で黙らせやがったこの神様。
「あー。それで、何だヒスイ」
「あ、あの。紋様羽織はどうしたら貰えるんですか?」
力技ともいえる方法に、顔を引きつらせながらも質問を繰り出すヒスイ。
「そうだよな。気になるよな。もちろん方法はいくつかある」
そう言ってシロギ副学長は指を一本立てる。
「まず一つ。三年に一度の才幹考査で、最優上だったものに金菊。その次に赤菊。そして三番目の者に白菊が認められる」
新入生の間を緊張感が走る中、彼は二本目の指を立てて続ける。
「そして二つ。紋様羽織に決闘を挑んで勝つことだ」
「決闘?」
――私とシロギ先生が追加試験でやったアレか?
「はいはーい。その決闘はどうすればやれるんですか?」
ここで生徒の一人が質問を投げる。声の方を向くと、そこにはやる気満々の顔をしたガキ大将ユンがいた。
「決闘の約束は、一年につき一枚配られる札を、申し込みたい相手に渡し、それが相手に受け取られた時点で決まる」
嫌な視線を方々から感じる。まるで、血に飢えた獣に付け狙われているみたいだ。
「一般生徒同士なら、勝っても負けても特に何もないが、紋様羽織は負けた時点で相手にそれを譲らねばならない」
でもまあ、要するに受け取らなければいいんだろ。来ても絶対無視しよ。
「だが、紋様羽織は申し込まれた決闘に勝つと、官学からさらに十万楽が貰える」
――――やっぱ受けよ。
「それだけ紋様羽織には価値があるという事だ。ここまでで何か質問はあるか?」
もはや一年生の殆どは紋様羽織に頭を支配されている。目に見えて分かる等級に熱くなるのは、まさに子供らしい。
――こうなりゃ、私も金菊目指して頑張ってやる。そしてここを卒業する頃には大金持ちだ。
「ふえぇぇ。ソウちゃんが悪い顔してる……」
「えっ。……あはは。やだなあ、人聞きの悪い」
しまった。顔に出た。
「そして、この新入生の中にもう一人、白菊が渡される者がいる」
どよめく広場。――みんなこう思ってるに違いない。それはまさに自分の事だと。しかし現実というのは無情だ。
「ヒスイ。今回二番の成績で入学したお前だ」
「うそ…………」
ヒスイは目を大きくぱちくりさせる。流石は真面目の申し子。逆に私が一番で申し訳ないくらいである。
「ソウにヒスイ、よく頑張ったな。これからも励めよ」
そうして私とヒスイは羽織を羽織る。オレンジ色の木綿に、真っ白な白菊の紋が連なる紋様羽織を。
「いいじゃねえか。様になってるぜ」
「はえぇえ。二人ともカッコいいよ」
私とヒスイは顔を見合わせ、嬉しみの籠った笑みを浮かべた。
しかし生徒たちの競争心に火をつけるこのシステム。正直、少し不安だ。下手したら大火事になるぞ。
「さあ、それじゃあ他の者にも羽織を配るから、受け取るまでその場を動かないように」
その言葉と同時に幾枚もの羽織が空を舞う。
そうして、ある者は純粋に喜び、ある者は劣等感に身をよじらせ、ある者は虎視眈々と紋様を狙う。果たして私は、無事にこの学校生活を終わらせられるのか、正直、不安は募るばかりである。
「それじゃあ、これから官学の細かい決まりについて説明するから、全員心して聞くように」
波乱のスタートだった官学最初の一日。それでも私達一年生は、その日一日を無事、何事もなく終わらせることが出来たのであった。




