武鞭
龍文書―7
武鞭:“武術で叩き、教鞭で叩く"という言業から来ている。いわゆる英才教育。
「へい! 団子、二皿お待ち!」
真っ白な皿の上に乗った、つやつやとしたみたらし団子が三本、店の主人によって運ばれてくる。
お腹いっぱい朝食は食べたが、これは別腹だ。
串に刺さった丸くて大きな団子。皿から持ち上げると、ハチミツの様にタレが滴り落ちる。――それが勿体ないので、私はすぐさま団子を口に入れる。
そうして口の中で広がる、舌の根元にまで染み入るようなコッテリとした甘さ。
噛めば噛むほど、タレが団子の中に入り込み、米の甘みと混ざって上品な味になる。そしてある程度噛んで楽しんだら、備えのほうじ茶を含んで、独特な苦みで甘さを抑える。
ひええ。たまらん!
「ふふっ」
ユキメが私を見て笑う。
「ん、なに?」
「いえ、団子をおいしそうに頬張るものですから、つい可笑しくなって」
しまった、私の悪い癖だ。美味しいものを食べている最中は周りが見えなくなる。
――――その恥ずかしさのあまり、私は小さく咳払いをした。
「ところで、ユキメは何処に住んでいるの?」
苦し紛れのすり替えだが、まあ子供だしいいだろう。
「私は、ソウ様のお家が建つ丘の、その麓の離れに住んでおりますよ」
そう言って皿を手に持ちながら、ユキメは団子を頬張る。頬が落ちなよう抑える様はまるで少女。
「ふうん。女房なんだから、私の家で寝泊りすればいいのに」
「そんな、私めなどが御家族と同じ家で寝泊るなど、とても恐れ多いことです」
あり得ない。といった表情で彼女は笑う。そして気付けば、彼女の串からは団子が消えていた。
「へい! 草団子お待ち」
店の主人が団子を持ってくる。――――私が頼んだものではない。
「大丈夫だって。ユキメは父上も母上も信用している。もちろん私もね」
何気なく言った言葉だったが、なぜかユキメの目から涙が零れる。そして仕舞には、通りすがった龍人からも変な目で見られる始末。
「なんと、なんと貴きお言葉! このユキメ、ソウ様をかしづくことが出来て光栄でございます」
「いや、そんなに泣かんでも……」
涙が流れるも、団子を食べる手は決して止めない。
それにしても一体、我が家とユキメはどんな関係なのだろうか? ただの主従関係とは思えない深さがある。
「へい! 五平餅お待ち!」
また主人が来て皿を置いてゆく。私はようやく二本目を平らげたばかりだ。
「…………あの、よかったら私が、父上に頼んでおこうか?」
彼女は涙を指で拭い、小さく鼻をすすっては、来たばかりの五平餅を口に入れる。
「何をですか?」
「そのさ、ユキメが私の家に住めるように」
案の定、ユキメの目からは滝のように涙があふれる。あれだけ美しく輝いていた紅緋色の瞳も、おかげで海に沈む夕焼けの如く紅く映える。
「へい! 磯部焼きお待ち!」
いや食べすぎじゃない!?
心の中でそう叫ぶと共に、私の中でのユキメのイメージが音を立てて崩れ始めた。
ーーーー結局、私はお腹に余裕がなく最後の一本を残してしまったが、ユキメが食べてくれたので問題ない。そして、ユキメが大食いキャラだという事実に驚きを隠せないまま、私たちはその甘味処を後にした。
「ねぇねぇ。ユキメの好きな食べ物ってなあに?」
山間に設置された馬鹿みたいに長い階段。花柳町から徒歩二十分ほど離れた所にそれはある。
マナーの悪いJKでも窮屈しない広い階段。その石造りの階段はしっかりと手入れされており、しばしば苔も生えているが、それがまた美しさを作っている。
「んー。美味しい物は、全部好きですよ?」
一定の間隔で置かれた赤い灯篭は、真昼だというのに、中でぼんやりと火を灯している。
そして極めつけは、狂った様に咲き誇る、天女の如し美しい桜だ。この世界もなかなか悪くない。
「いや。もっと具体的にさ」
ちなみにこの龍人の里は、下界と天界の丁度狭間。というよりも、天界よりの天界のため、春と秋が入り混じっている。
…………書物で呼んだのだが、神様は夏と冬が苦手らしい。全く贅沢なものだ。
そうしてユキメは、軽い足取りですたすたと階段を登りながら、好きな食べ物を考える。対する私の息はぜえぜえだ。
「アユの甘露煮でしょうか」
「…………鮎の甘露煮」
渋い。見た目は二〇前後なのに、チョイスが渋いんじゃ。でもまあ、この世界には和食しかないから、無理もないか?
「ソウ様のお好きな食べ物は何ですか?」
嬉しそうに人差し指を立てながらユキメは私に聞く。甘味処を出てから、彼女と距離が近くなった気がする。少し嬉しい。
「私? 私は…………」
あれ、何だろ。チーズバーガーにチーズカレー。あとはイチゴパフェかなあ。 って。全部洋食じゃん。これはこれで辛みが深い。
「――――私は、おはぎかなあ」
ぱっと思い浮かんだものを口に出した。あとは抹茶という選択肢もあったが、抹茶は抹茶でも抹茶スイーツの事だ。
「ふむ。粒あんですか? こしあんですか?」
「断然こしあん。粒あんはあの舌触りが許せん」
そう言えば、赤福餅も大好きだな。あれは何箱でも食べられる。
「あの粒々、歯に挟まるから私も苦手でございます」
などと、おはぎトークに花を咲かせていたら、私たちはあの長い石段を登り終えていた。時間にしておよそ一時間弱。しんどい!
――――そして、それと同時に目に飛び込んできたのは、山の様に聳え立つ鳥居と、海の様に広い敷地を持つ巨大な神宮だった。