噂の新入生 4
「あそこにしよ!」
「そうね! 丁度良さそうだわ!」
私達は一年ゾーンの丁度真ん中あたりの座布団に、お互い机を挟むように座る。
「なんかワクワクするね、ソウ」
足を組んで座る私とは裏腹に、ヒスイは綺麗な正座をして、辺りを見回しながら言う。果たして、どれだけの時間を正座で耐えられるか見ものだ。
「――――そうだね」
ヒスイは窓際で、私はその反対に座り、お互い鼓動を激しくさせる。
「あ、ユハン! こっちこっち!」
ここで私は、ぞろぞろと入室する新入生の中からユハンを見つけると、手を上げて彼女を呼んだ。
「はえぇ。山の中にこんな広い空間があるなんて驚きだよ」
ユハンは座布団に座るや否や、声を震わせながらそう言った。しかしそれでも、彼女の表情は遊園地にでも来たかのようにワクワクしている。
「私は国羊族のヒスイよ。よろしくね」
後から入って来たユハンも、私たち同様きょろきょろと視線をあちこちに移している。そしてそんな彼女にヒスイは握手を求めた。
「わ、わえは龍人族のユハンと言います。よろしく」
小学生くらいの小さな子供たちが、笑顔で握手を交わしている。控えめに言って尊い。
「ねえねえ、ユハンとソウは同じ場所から来たの?」
大広間の空気に慣れ、少し落ち着きを取り戻した辺りでヒスイは私たちに聞く。
「そうだよ。ユハンとはさっき会ったばかりなんだ」
「うんうん。わえらは天千陽から来たんだよ」
その言葉を聞いて、ヒスイは再び目を大きく開いた。
「天千陽かあ。ほとんど天界だって聞いたけど、きっと綺麗な所なんだろうなあ」
「はえぇ。そんなことないよ。何もない田舎だし。ね、ソウちゃん」
これはユハンの謙遜でも何でもない。ただの事実である。
「そうそう。西ノ宮に比べたら小さい田舎だよ」
などと、私たち三人は机を挟んで女子トークに花を咲かせる。他の子どもたちも数人でグループを作って談笑しており、まるでパーティでもしているような賑やかさだ。
「おい! 白兎族はこっち来るなよな!」
そんな穏やかな空気の中、一つの尖った声が私の耳に飛び込んで来た。
「貧乏がこっちにまで移っちまうぜ」
声の方へ目を向けると、一人のうさ耳女子がおろおろと立ちすくむ姿が目に付いた。
「種族とか別に関係ないのに。男の子って本当に子どもだよね」
生真面目なヒスイは、少し眉をひそめながらつぶやく。隣に座るユハンも共感しているように頷いている。
「そこの白兎族さん! こっち空いてるよ!」
だから私は、うさ耳女子に助け船を出すように声を上げた。すると数人の生徒が驚いたようにこちらを見るが、別にそんなのは関係ない。
「こっちだよー」
ユハンも小さく手を振りながら白兎の彼女に言葉をかける。大変いい子である。
「あ、ありがとう」
白いうさ耳の子は俯きながらこちらへ来ると、そう言いながら静かに席に着いた。しかしこの子、どこかで見たことがある。
「あれ、もしかしてソウ様?」
やはり私は彼に見覚えがあった。
「え、ウヅキ!?」
なんということか、私が白兎族の女子だと思っていたのは、紛れもない私の友達のウヅキだった。
「久しぶりウヅキ! あなたも榮鳳官学に来たんだ!」
「うん! でもまさかこんな所で会うなんてね」
全くその通りだ。榮鳳官学は難関。武鞭を行った龍人ですら門の前で蹴られることがある。それなのに、ウヅキは自力でここに入学したのだろうか。
「あなたたち知り合いなの?」
いつぶりかも分からない私たちの再会。これを邪魔しないタイミングでヒスイが口を開いた。
「うん。彼は白兎族のウヅキって言うんだ」
「え、男の子!?」
ヒスイとユハンはかなり驚いた表情で声を張る。しかしそう思うのも不思議ではない。白銀のおかっぱヘアに、このうさ耳。それに加え、声はまだまだ甲高い。
「そ、そうだよ。よろしくね」
しかしウヅキも身長が伸びた。それでもかなり小さいが。
「わえはユハンだよ。ソウちゃんと同じ龍人族なんだ!」
そう言って二人は握手を交わす。
「わ、私は国羊族のヒスイよ。よろしく」
しかしヒスイの挨拶はどこか少しぎこちない。差し出した手も少し震えているように見える。
「よろしくね」
そうしてヒスイとウヅキも握手を交わした。白い手と浅黒い手。こうして見ると二人の肌色の違いが結構目立つ。
「はいはーい! 皆さんお静かに!」
先ほどの紅羽織の上級生が手を叩く。しかし新入生たちはワイワイと自由気ままに談笑。
「はー―――――い! お静かにぃッ!」
――――その一声に、朝方の小鳥の様にうるさかった声が一瞬にして静まり返る。
まるで拡声器でも使ったかのようなシロギの声。よく見るとその手には、一枚の葉っぱが乗っていた。
「ゴホン! えー、皆さん。初めての学院生活でお喋りしたくなる気持ちは分かります」
少し気まずそうに咳払いをしたシロギは、羽織の袂に葉っぱをしまい込んで言葉を続ける。
「ですが君たちはもう、この栄えある榮鳳官学の生徒なのです。くれぐれもその事を忘れないように」
シロギはそれだけ言うと、しんとした広間に満足げな表情を浮かべ、その場を後にした。
「ねえ。このままここにいればいいのかな?」
ユハンが呟くように私たちに問う。
「いいんじゃない? 何も言われなかったし」
私がそう返すと、ユハンは「そっか」と言わんばかりの表情で頷く。
「他の上級生は来ていないみたいだけど」
会場を満たす騒めきに乗じて、ヒスイもヒソヒソと口を開く。この悪い事をしているような感じが少し楽しい。
「そうだよね。なんか…………」
――――と、ここで私の言葉を遮るように、入り口の大扉が重苦しい悲鳴を上げながら開き始める。
「二年生! 入館!」
一番先頭にいた男子生徒が声を張り上げる。するとその後ろから続々と私たちの方へ歩いて来る生徒たち。明るい紺色の羽織に身を包んでおり、その規律ある動きには迫力を感じる。
そうして二年生は、一言も言葉を発さずに、私たちと同じ列に各々座り始める。
「三年生! 入館!」
再び扉のほうから女子生徒の声が響いて来る。今度は淡い黄色の羽織を着た生徒たちだ。どうやら学年で色分けされているらしい。
そうして四年生、五年生、六年生と入館を果たし、おおよそ六百人。恐らくこれで、官学の全生徒が一堂に会した。
「先生方が入られます! 一同起立!」
シロギの言葉に一斉に立ち上がる生徒たち。私達一年生も少しおぼつかないが全員が腰を上げた。
そうして全校生徒が中央の通路の方へ体を向ける。恐らく教師が入ってくるのだろうが、まるで結婚式の様だ。
「な、なんか、ドキドキするね」
ウヅキは苦い物でも食べたような顔で私を見上げる。確かにコレは少し緊張感がある。
――――そうして入館する黒羽織の教師たち。その威風堂々たる様は、まさに教師の風格を強く表している。
「一同、着座!」
再び号令がかかり、全員は座布団の上に正座をした。
一年生以外は慣れた様子で全てをこなすが、やはり私たちはどこかぎこちない。それはそれで可愛いのだが。
――――そうして教師たちは、最前列に位置する一段上がったステージのような場所に座ると、一人の女老教師が周りの先生に会釈をしながら立ち上がった。
「えー。皆さん、足を楽にしてください」
老人独特の柔らかい声。真っ黒な羽織に身を包んだ、彼女のその言葉を聞き、足を崩す者と依然として正座を保ったまま二者に別れる。
「えー。この度は、新たな風をこの官学に迎え入れ、その強き風に浮かれる者もおおございましょう」
静かな声。しかし隅々にまで澄み渡るような通る声。獅子の様な威厳もあるが、鷹のような聡明さも孕んでいる。
「ですが新入生も含め、皆さんはこの榮鳳官学の顔でもあります。それを各自胸に込め、凛とした姿で学校生活を楽しんでくださいね」
キツそうな言葉に聞こえるが、顔のシワを深くさせる微笑みは、まさに聖母と言ったイメージが近しい。
「まあ長話も何ですから、先ずは先生方の紹介を致しましょう」
――おお。大体こういう話は長くなるが、かなりコンパクトにまとめたな。
「その前に、先ずは私の紹介が先ですね」
年は七十手前くらいの女老教師。まさに皆のお母さんの様な優しい出で立ちの彼女は、静かにお辞儀をすると言葉を始めた。




