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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
72/202

噂の新入生 1

 駕籠かごの中には既に数人の龍人の子がいた。当り前だが皆あたしと同じくらいの歳だ。人間で言えば大体八歳くらいである。


蒼陽ソウヨウ姫ですよね!」


 その中の一人が私の元に寄って来た。目を丸く輝かせ、頭にはまだ角が残っている。


「うん。あなたは?」


 私よりも少し背の低い女の子。明るい色の袴に身を包み、私より長い髪を後ろでお団子にしている。


「わえはユハンって言います!」


 一人称が“わえ”だと!? ――ああ、ダメダメ可愛すぎます!


 ハキハキと答えてくれる彼女。しかしユハンもずっと泣いていたのか、目元を赤く腫らしている。


「ユハン、よろしくね! 敬語は使わなくてもいいよ」

「ほ、本当ですか? わえなんかが、ソウヨウ姫にため口でいいのですか?」


 両手を胸の前でグーにしながら、海原のようにキラキラと目を輝かせるユハン。


「うん。大丈夫だよ」

「ふえぇ。やっぱりソウヨウ姫はいい人だあ」


 今度は感心したように目を輝かせる。初対面なのにぐいぐい来る辺りは子供らしい。コミュ力が鬼だ。


「ねえねえ、もしやその背中の刀が、噂の天叢雲斬アメノムラクモなの?」

「ぁああ、そうだよ。よく知ってるね」


 私の周りをくるくる回りながら珍しそうに刀を見るユハン。正直私はすこし動揺している。


「す、少し触ってもいいかな?」

「大丈夫だよ」


 オドオドと、しかし好奇心に勝てず、ユハンは恐る恐る人差し指で天叢雲斬に触れる。


「すっごいヒンヤリしてるぅ」


 ――――なんて健気でいい子なんだあ。癒されるうぅ。


「ねえねえ、ちょっと持ってみてもいい?」


 まるで馬鹿になった蛇口のように、彼女からみるみる感情が溢れてくる。しかしそのリクエストには応えられない。


「ごめんね。この刀、私以外の人が持つと凄く重くなるんだ」


 別に持たせたくないから、意地悪しているわけではない。これは紛れもない事実である。現にアマハル様も、その側近の先鉾たちも、この刀をマトモに持つことは終ぞ敵わなかった。


「ふぇええ。どんなおまじないが掛かってるの?」


 お呪い。確かにコレは、ヤヅノ蛇神の呪いなのかもしれないな。


「さあ、私もよく分かってないんだ……」

「――――っははは! 馬鹿馬鹿しいっ。ただの刀じゃねえか!」


 駕籠の一番真ん中。床から一段、大きく盛り上がった座敷に、偉そうに足を組みながら腰かけている男児が声を張り上げる。


 ――あの時、玉迎の儀で私に絡んで来たクソガキ坊主だ。こいつは私が駕籠に乗った時点から、ずっとガンを飛ばしていた。

 名前は確か“ユン”。


「お前さあ、その刀を自分だけの物にしたいから嘘ついてんだろ?」

「……ねえ。この駕籠って後どれくらいで到着するの?」


 私は無視を決め込んでいた。この駕籠に乗った時からずっとだ。理由は簡単。面倒くさいから。


「ええぇ。どうだろ。四半刻くらいじゃないかなあ」


 ユハンは困惑した様子で、私とクソガキを交互に見ながらも質問に答えてくれた。

 ――まあぶっちゃけ、時間なんてどうだっていいんだけど。


「おいッ! 無視すんなよな!」


 ああ。どうしてコイツはこうも偉そうなんだ?


 そうしてその言葉さえも無視していると、遂にユンは立ち上がり、ドシドシという音が似合いそうな足取りで私との距離を詰める。


「なあ。お前に言ってるんだぜ? ソウ」


 ――――デカい。私より頭二つ分ほど高い背丈。同い年なのに、大したものだと感心する。


「……はあっ、いいよ」


 大きくため息。


「ああ?」

「この刀、持ってみたいんでしょ?」


 そう言って私が背中の太刀を降ろすと、ユンはニヤリと上の歯だけを見せて笑う。無駄に白いのがムカつく。


「っへっへ。やっぱウソなんじゃねえか」


 私は天叢雲斬を、枝のように細い片腕で持ったままユンに付きだす。それだけこの刀は軽いのだ。…………私が持てばの話だが。


「っうええい! この刀もーらいッ」


 ――――ドン!


 馬鹿みたいにはしゃぎながら太刀を奪ったユン。しかしその瞬間、彼は落とし穴に落ちる芸人のように消えた。


「いいいっ、痛い! 痛いよお!」


 先ほどとは一変。まだ声変わりもしてないので、元々トーンは高かったが、今はもっと情けない声で喚いている。


「手が抜けない! 取れ、これ取って!」

「大丈夫!? ユン!」


 取り巻きらしき三人の龍人が、力を合わせて刀を持ち上げようとする。しかし太刀はビクともしない。


「あっはははは! 愉快だなあ。あぁ、……ははは」


 少し大人げないが、今の私はこいつらと同い年。罰は当たらんだろ。


「おい! これ取れよ!」


 一人の短髪の龍人が私に言いよる。


「――――なんて?」

「この刀取れって言ってるんだよ! ユンが痛がってるだろ!?」


 情けない声を出し続けるユン。正直、その無様な姿をもう少し見ておきたかったが、流石に可愛そうなので、私は刀を退けてあげる。


「ぅぅぅう。痛ってぇえ」

「…………大丈夫かよユン」

 

 心配そうにユンの肩を持つ三人。その頑張っている姿は母性本能をくすぐらせる。憎たらしいが。


「これで分かった? この刀は私にしか持てないって」

「何のまじないだてめえ」


 あれだけ痛い思いをしたのに、それでもなお、目つきを尖らせるのは流石だが、これはいわゆる負け恥じ隠しってやつだろう。


「……これはね、触ったら死んじゃうのろいだよ」


 私が耳元でそう囁いてあげると、ユンは真っ青な顔をして床に腰を落とした。


「おい、どうしたんだよユン」


 カチカチと、歯と歯を小刻みに小突き合わせるガキ大将。


「な、なんでもねえよ」


 そう言ってユンは立ち上がり、依然として血の気の無い表情で、再び座敷に戻っていった。


「――――はええぇ。本当にソウ姫以外は持てないんだねぇ」


 おぞましい! と言った感じで刀をまじまじと眺めるユハン。この子は素直なまま、大人になって欲しい物だ。


「そうだよ。危ないから、決して持っちゃだめだよ?」


 怪我をさせたくないから、私は人差し指を立てて強く言い聞かせる。するとユハンは、その太眉に力を入れて、大きく頷くと……。


「分かった!」と返事をした。


 ――可愛いぃぃぃぃぃぃぃ。ユウヅキに似た可愛さがあるなあ。

 この感情はいわゆる、守護本能という奴だろうか。まるで妹みたいだ。


 そうしてしばらく、妹、ではなくユハンと話をしながら時間を潰していると、駕籠の中が小さく揺れた。


「着いたみたいだね」

「ふええぇ。ドキドキしてきたよぉ」


 握りこぶしを胸の前で強く握りしめるユハン。その様子はさながら小動物。とても龍人とは思えない程の尊さだ。


「――――どけ!」

「っあ!」


 ユンが我先にと、ユハンを押し退けて駕籠の外へ出る。それに続く取り巻き連中も、鋭い眼差しを私に向けながらドカドカと外へ出て行った。


「大丈夫?」

「…………うん。わえ邪魔だったかな」


 眉根を吊り上げ視線を落とすユハン。その様子を見て、私のボルテージは限界を突破した。


「おいッ!」


 そう言って、私も駕籠の外へと足を踏み出した時、ずっと室内にいたせいか、眩い日差しが突き刺さり、染みるような痛みが目を走る。


 ――――そうして両目が日差しに順応すると、まるで、夢でも見ているかのような壮大な景色が、間髪入れずこの眼に飛び込んで来た


「うっそ。なにこれ」

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