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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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やっぱり実家は最高です4

「――――ッは!」


 気づけば私は天満宮の本殿にいた。この手を水晶の上に置きながら。


「あれ、なんか、誰かと会った気がする」


 もう片方の手に当たる感触。小さな鋼球を握っているように堅いが、しかしそれは、陽だまりに手を置いたように暖かい。


 おもむろに手を広げると、オレンジ色の混ざった、美しい紅色の宝玉が小さく輝いていた。――どこかで見たような気がしたが、はて、一体どこだったか。


「よろしくね」


 何故だか龍玉にそう呟いてしまった。返ってくる筈がないのにだ。

 ――――そうして私は、私の龍玉を強く握りしめたままユキメの元へと戻る。


「どうですか、自分の龍玉は?」


 彼女の隣で正座をすると、ユキメは若干口元を緩めながら私に問うた。


「なんか、凄い頼もしい感じがする」

「ふふ、そうですか。決して手放してはなりませんよ」

「大丈夫。心に誓ったから」


 私は確かに誓った。見知らぬ誰かに、それでいて、どこか懐かしい誰かにそう誓った気もするが、間違いなく私は、この龍玉に誓いを立てたのだ。


 ――――それから玉迎ぎょくむかえの儀式は滞りなく終わり、目的を果たした私たちは、ワラジを履いて本殿へ一礼をした。


「ソウ様、お神酒みきを配っていますよ」


 しばらく歩くと、ユキメが何やら嬉しそうに声を上げる。


「ほんとだ」


 彼女が嬉しそうに指さす先には、白と赤の装束を着た巫女が、金色のジョウロの様なものを持って、お神酒を注いでいる様子が見られた。


「私たちも頂きましょう」


 私の手を引っ張って目を輝かせるユキメ。彼女は食べ物が大変好きではあるが、それに負けないくらい酒も好きである。


「あたし未成年だよ?」

「大丈夫です。おちょこに口を付けるだけでもいいのですよ」


 そう言う物なのかと思いながらも、私は受け皿を受け取り、巫女からのお酌を受ける。

 ちなみにお神酒は、神事を行った後に飲むといいと言われている。


「お神酒をいただくときは、親指を上にします」


 ユキメは自身の皿に酒が注がれる様子を、まるで宝石でも見るかのように目を輝かせながら眺めている。


「ありがとうございます」


 巫女さんに会釈をし、私はおちょこを口元に持っていく。すると仄かな甘い匂いが私の嗅覚を刺激する。


 思わず私はお神酒を口に含んでしまった。記念すべき私の初飲酒だ。


 お神酒は真水のようにスッと入ってくるが、それでも少しの重みのある液体。口内がじんわりと暖かくなり、お米の様な甘さが鼻を抜ける。


「ゲホッ、ゲホッ」


 喉に通した瞬間、染みるような熱さに食道が縮んでしまい、思わずむせてしまった。


「少しだけなら、神様も怒りませんよ」


 その様子を見ていたユキメは静かに目を細めるが、その頬は若干ピンク色に染まっている。


「うぇえ。私にはまだ早いかなあ」

「うふふ。私もソウ様と同じでした」


 まさかユキメとお酒を飲む日が、こんなにも早く来るとは思わなかった。しかしつまらない物ではない。


「では、帰りましょうか」

「そうだね」


 これで終わってしまうのか、ユキメとの最後の武鞭が。……思えば三十年。長いようで短かった。しかし本当に楽しい三十年だった。


 ――――異世界に来てから六十年。もう現世にいた時より長い時を過ごした。それでも、この世界での六十年は、現世で生きた十六年より短く感じる。それだけに本当に寂しい。



「さあ、ソウが官学に入学するまであと一週間だ! 今日は祝うぞ!」


 入学まで残すとこ数日。父は夕食の席でそう言ったが、私がここに居られる時間は残り一週間もない。


 学校へ行くと思うと胸が弾むが、しかし暫く帰ってこられないと思うと、どうしようもないくらい切ないものだ。


榮鳳えいほう官学にはフウもいるから、何かあった時はお兄ちゃんを頼るのよ?」


 母はいつも以上の困り顔を私に見せる。相も変わらず心配性だ。


「大丈夫ですよ母上。私は天才ですから」


 そうだ。私は天才なのだ。だから胸を張って、父と母を安心させなければならない。


「それに、天陽アマハル大神もついております」


 いつもならここでユキメの名前が出て、母が心の底から安心するというパターンが出来ていたのだが、今回ばかりはそうも行かない。


「そうね。大御神様がついておられるのなら、私たちも安心だわ」


 ――――しかし母の表情は依然変わりない。


「どうしたユキメ。食欲がないのか?」


 箸を持ったまま、放心状態のユキメを心配をする父。あれだけ食べ物には目が無いのに、今夜のユキメはずっと俯いている。


「いえ。ただどうしても、少し寂しくって」

「ユキメ」


 しょんぼりと、ご馳走に視線を落としたまま、ユキメは少し涙を浮かべる。だから私は彼女に言ってやる。前向きな一言を…………。


「――――私も寂しいよ」


 そうじゃないだろ。もっと気の利いたことを言えただろ。こんな時に正直になってどうするんだよ。


「っソウッ。…………ソウ様っ」


 這うように私の膝元に寄ってくるユキメ。そうして彼女は、そのまま私の着物を涙で濡らす。


「はっはっは! まさか、ユキメがここまで泣き虫だったとはな!」


 デリカシーを忘れたのか、声を大にして笑う父の肩を、母が割と強めに叩いた。


「なっ、なんだリン。……今のは痛かったぞ」


 母の顔が怖くて見れない。いつも困ったような儚い表情ばかりの母だが、今は結構凄い形相なのだと感じる。子犬のように怯える父を見れば瞭然だ。


「ユキメ、ソウ」


 母の優しい声色。まるで、2人を同時に包み込むような羽毛の様な声。


「この三十年、まこと大儀でありました。貴女たち二人は、いつまでも私たちの誇りですよ」


 神様の様な抱擁感。その言葉に、私の涙腺は我慢の限界を超えた。


「…………お母さまッ」


 それから少しの間だけ、私とユキメはむせび泣いた。もはや人前で泣くことに微塵も抵抗はない。


「さて! それじゃあ今日は、ずっと忙しくて出来なかった、ソウの神格化と入学祝いだ!」

「さあ、あなた達も席にお着きになって」


 そう言って父が切り替え、母がお手伝いさん達を呼んだ。よくよく思えば、お手伝いさんらとご飯を食べるのは初めてだ…………。


「――――ええッ? トモエ、ここに来てまだ十年なの?」


 会食が始まって数十分、場の雰囲気もなかなかに盛り上がって来た。


「そうですよ? しかし、ソウ様の寝起きの悪さにはお手上げでございました」

「アッハハハ! トモエにはいつも助けて貰ったよぉ」


 結構大きな居間だが、全員合わせて十人程。流石に少し手狭に感じる。


「ユキメ! ちょっと飲みすぎよ!」

「いいじゃないですかあ官長。今日はソウ様のお祝いなんれすよ?」

「まあ! なんてはしたない子でしょう。もう!」


 侍女、侍従の統括である“マキ”。彼女はこの家の一番の古株で、父も母も頭が上がらないらしい。とても忙しい人なので、私はあまり喋ったことが無い。


「まあまあ、いいではありませんか官長。ユキメ殿も、長らく付き従ったソウ様と離れるので寂しいのですよ」


 侍従であるカツナ。たまに見かけるが、ほとんど父と一緒に行動している。


「そうだぞマキ! それに、俺も張り合える相手がいないと寂しいのだ」


 父は顔を真っ赤にしている。少し飲みすぎだぞ。


「コウ! あなたも飲みすぎです!」


 母も少し頬が赤いが、それでもまだしっかりとしている。私も早くみんなと一緒にお酒を飲みたいものだ。


「…………すまん」


 しょげ返る父。家長ではあるが母には敵わない。そう思うと、一番の権力者は母なのではないだろうかと思ってしまう。


「ソウ様! 神様になったご気分はどんな感じなのですか!?」


 若いお手伝いさんたちが私を囲い、みんな目を輝かせながら耳を立てている。


「えっと、まだ神社が無いから、いわゆる休業中なんだ。だからまだなんとも」


 期待を裏切るようで悪いが、私はまだ神様としての仕事を一切していないのだ。


「私! ソウ様の神社が出来たらお参りに行きますね!」

「あはは。ありがとう」


 ――――楽しい。現代では決して味わう事の出来なかった空気。願う事なら、いつまでもこの雰囲気に包まれていたいものだ。


 そうして夜も更け、ほとんどの者が酒に潰れるなか、マキが母上と私に一言謝る。


「申し訳ありません、リン様、ソウ様せっかくのお祝いの場を」


 官長であるマキは、ばつの悪そうな顔で、床に横たわるお手伝いさん達や私の父へと目を向ける。


「いえいえ。私もこんなに楽しい食事は久しぶりだったわ。ふふふ」


 母のリンが袖で口元を隠しながら笑う。お酒が入っているのか、いつもより少しのびのびとした表情だ。


「はい。ソウも楽しゅうございました」


 もちろん私はお酒を飲んでいないので、正直まだまだ元気だ。彼女らの質問攻めには疲れたが。

 ――――そうしてマキも、火照った顔を抑えながら笑みを浮かべる。


「こうして使用人と酒を酌み交わす家など、正直聞いたことがありませんでした」


 少し呂律が回っていないようだが、それでも彼女はゆっくりと母に感謝を述べる。


「私は、このヨウ家に仕えることが出来て、大変幸せ者にございます」

「いいのよ。マキにはいつもお世話になってますし、貴女が居たからこそ、フウもソウも無事産めたのです。感謝しかありませんわ」


 それを聞いたマキは、顔のシワをさらに深いものにさせ、両手を床について深々と頭を下げる。


「恐れながらこのマキ、この子たちを代表して、お礼を述べさせていただきます」


 私はただ見ていることしか出来ない。それほどまでに、ヨウ家とマキ。その他のお手伝いさん達の絆は深いのだ。


「そしてソウ様。わたくし、取り上げたヨウ家の御子が、ここまでご立派になられたことを心より嬉しく思います」


 廊下ですれ違う程度だったマキ。挨拶くらいしか言葉を交わしたことの無いマキ。しかし、彼女を見ない日は一日としてなかった。それ故に、こうして彼女に褒められると、正直かなり嬉しい。


「暫く会えなくなってしまいますが、どうか頑張ってくださいね」

「うん、ありがとう」


 そうして私たちは、酔いつぶれたお手伝いさんと父を運び、それからは三人で仲良く片づけをした。


 マキともたくさん話した。この六十年間を振り返るかのようにゆっくりと。雲に隠れた満月が、再び顔を覗かせるように。


 ――――そうして楽しい夜も更け、外はカエルの鳴き声が聞こえる花冷えの空。夜桜が舞い、月明かりが優しく窓から入り込む寝室で、私は静かに一日を終わらせる。

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