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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
69/202

やっぱり実家は最高です3

 前半は雰囲気重視です。


「行ってくるね」まで読み飛ばしても分かります。

 ――――そうして私たちは手水舎で身を清め、桜が舞い散る参道を踏みしめる。

 先ほどまでは胸糞悪い気分だったが、やはり神社と言うのは心までも清められる。


「あれが、龍王様のおわす本殿です」


 心なしか、ユキメの口調も子守唄の様な穏やかさを纏っている。


「おお。おっきーい」


 ウロコのように連なった瓦に、年季を感じさせるひび割れた柱。それに加え、大きく掘られた龍の彫刻がまた、龍王の偉大さを表しているようにも見えるから不思議だ。


「では、龍王の御前に列する前に、まずはお祓いを受けます」

「お祓いね!」


 ――――私たちが広間に入ると、神職らしき龍人が木の枝を持って現れた。

 初めての事だから何が何だか分からないが、私はユキメを見習い、立ったまま深く頭を下げる。


「よくぞ参られました。まずは穢れを払うため、修祓しゅはつを執り行います」


 そうして私たちの前で枝を扇ぐ神職。そこから来る微風は、扇風機の弱モードよりも弱い風だが、不思議と心地がいい。


「それでは各々がた、お上がりください」


 お祓いが終わると、私達は奥の間へと案内される。


 ――――畳敷きの空間。しかし真ん中にはステージの様なスペースがあり、その床はピカピカのフローリング材の様に輝いている。


 加えて、この広間の随所には、幾重にも折られた白い紙がぶら下がっており、何やら細い枝も飾られている。何の意味があるのかは分からんが貴い。


「次は献饌けんせんと言って、神様にお供え物をします」

「けんせん?」

「はい。私たちは見ているだけでいいので、気を楽にしてください」


 ユキメの言葉通り、四、五人の巫女が何やら踏み台の様なものを持って、静かに足袋を滑らせて現れる。――それに合わせ、端に座っていた男たちも笛を吹き始める。


 ――――まるで、敷かれたレールの上をなぞるように歩き回る巫女たち。何度も礼をするキビキビとした動きはとても美しい。


「祝詞の奏上です。正座したままでいいので、お辞儀をします」

「おっけい」


 声を押し殺して淡々と説明してくれるユキメ。最早あたしのガイド役だ。


 そして位の高そうな神職がしずしずと神前に座る。手には大きな和紙。どうやら祝詞が書かれているようだ。


 ――奏上が終わると、再びユキメが私に耳打ちをする。


「巫女が舞います。ここまで来れば、後は見てるだけですよ」

「まだあるの? 長くない?」


 罰当たりな事を言ってしまったかと思ったが、存外、ユキメも眉根を吊り上げ、足を苦しそうにしている。


 ――――そうして先ほどの巫女らしき四人が、今度はなにやら木の枝を持って現れる。どうやら神様は木の枝がお好きなようだ。


 そうして、笛やことなどの和楽器に合わせて舞う巫女たち。それは金魚のように優雅だが、そのピタリと揃った舞は、どこか幾何学的な美しさを感じさせる。


「あと二曲ほど舞を行います。これも圧巻ですよ」

「もうお腹いっぱいなんだけど」


 しかしそれからの舞も、巫女たちの綺麗な舞とは違い、武舞の様な力強さがあって、これも見入ってしまった。


「……それでは、玉迎ぎょくむかえの儀を行います。皆さま、順番に神前へとお越しください」


 先ほど祝詞を唱えていた神職が、私達を含めた十人ほどの前でそう言った。――しかし龍王様は何処だ?


「さあ、玉迎です。並び的にソウ様は三番目なので、準備しておいてください」

「二礼二拍一礼だよね。了解」


 まるで卒業証書を受け取るときの様な緊張感だ。これはいつまで経っても慣れないものだな。

 ――――そうして一人、また一人と神前へ歩いてゆき、三番目の私も、あっという間に出番が来た。


「行ってくるね」


 そうユキメに呟くと、彼女は私に笑みを見せて頷く。


 ――和楽器の旋律に包まれながら、巫女たちが踊っていた舞台に足袋を滑らせる。木製の床ゆえに滑らかに進んでいくが、心がその速さに追いついていない。


 そうして流れるように、お供え物と小さな水晶玉が並ぶ机の前で、私は二拝二拍手一拝を行う。……しかし次に何をすればいいのか私は知らない。


 “龍王に御手をかざし給う"


 ――――その瞬間、心臓がドクンと脈を打つ。たった一回の不整脈。私はそれに導かれるように、無色透明な水晶玉に手を置いた。


 その直後、私は水晶玉に吸い込まれるように落ちる。まるで一人分のスペースしか無い、窮屈なトンネルを這っている感覚だ。



「あれ、ここって精神世界?」


 ――――気が付くと、私は真っ新なキャンバスの様な世界にいた。

 白よりも白く、しかし透明ではない空間。どこまで続いているのかも分からない異次元。


「よく参られた。龍人の子よ」


 目の前に浮かぶ一人の龍人。女のように髪が長いが、その艶やかさは女性をも上回るほどだ。――――肌は雪のように白く滑らかで、その瞳はオレンジ色の混ざった紅色である。


「は、初めまして」


 不覚にも私は、その龍人をユキメより美しいと感じた。それだけ、美しき龍人の基準を満たしているのだ。

 しかし尻尾が生えているのは何故だ?


「紹介が遅れ申し訳ない。我が名は“ダカク"。そなたら龍人の祖である」


 言葉こそは偉そうであるが、その声はとても柔らかく。まるで耳元で囁かれているように心地がいい。

 ――――この人が、龍王様?


「そっ、ソウ・ヨウと申します。この度は龍玉を貰い受けに馳せ参じました」


 私がそこまで言うと、身体が自然と腰を曲げた。これは龍人の本能がそうさせているのかもしれない。


「ふむ。お主の話は我が耳にまで届いておる。龍人の祖として、とても誇らしく思うぞ」


 龍王ダカクはそう言って口角を吊り上げると、あろうことか私に向かって深々と頭を下げた。


「そんな! どうか頭をお上げください。まだまだ未熟者なので、そこまでの価値は私にはありません」

「ほほほ。やはり、天陽大神が見込まれた事だけはある」


 男とは思えない上品な笑い方。まるで非の打ち所がない。……別に粗探しをしているわけではないが。


「――――さて、それでは玉迎ぎょくげいの儀式を行うが、その前に、ある一つの試練をこなしてもらう」

「ある試練?」

「左様。お主には今から、私と一戦を交えてもらうぞ」


 龍王ダカクは、真っ直ぐ私を見据えながらその言葉を口にした。しかしこれでは最悪、禊祓の時よりキツイ思いをしそうだ。


「わ、わかりました」


 思わず返事をしてしまったが、私の脳はしっかりと理解していた。私がどうあがいても、この男神には敵わないという事実を。


 ――だが、そんな私の心を知ってか知らずか、龍王はある言葉を私に添える。


「ちなみに、今回この果し合いをした者の中で、一秒と持った者はおらなんだぞ」


 おいおいおい、何だよそれ。私の心が燃えちまうじゃないの!


「ち、ちなみに、過去最高記録は何秒ですか?」


 聞かずにはいられない。


「うーむ。八秒だったか……。あの娘も、誠美しい龍人の子であった」


 龍王はアゴに手を添えながら、あやふやな答えを返してきた。恐らくかなり昔の話だという事が分かる。しかし……。

 ――――美しい龍人の娘か。っふふ、ならばその代名詞であるこの私が、サクサクっと塗り替えてくれるわ!


「ほほほ。お主はまた、違った可愛げがあるな」


 そう言って龍王は、羽織の袂から小さな花を取り出した。――――私にくれるのだろうか?


「コレは羽花うかと言って、しばらく体温を与えた後、空に放り投げると燃えてしまう、まこと美しい花でな…………」


 なんだ? 今しないといけない話か?


「この羽花が燃えた瞬間を、果し合いの始めとす」


 ――――そういって龍王は、おもむろに花を放り上げた。

 しかし龍王と視線を合わせる。その美しい顔立ちに気が散ってしまうが、視界の端ではしっかりと花を捉えている。


 来る。来る。来る!


 ひらりと花びらが舞い、焔が灯った。


天羽羽斬アメノハバキリッ!」


 速度は十分! 全力で造れば、こんなのは一秒とかからない!


 ――――しかし気付けば、龍王は私の背後からその甚大なる気配を放つ。


 上段! 来る!


 すぐさま頭を下げ、彼の手刀をすんでのところで躱す。そして私はすぐさま距離をとった。


「恐ろしく速い手刀、私じゃなき…………」


 しかし喋らせてはくれない! 一瞬よりも遥かに短い一瞬、龍王は再びあたし目掛けて、その尖らせた手先を放つ!


「……っくッ…………そおッ」


 ――右ッ! 今のは危なかったッ!


「乱切りッ!」


 しかし反応しない血刀。気づけば迫る龍王の攻撃に、龍血のコントロールが追い付かないのだ。まるでマウサーだ。


 次はどっちだ! 右か、左か!? いや後ろもあるぞッ! 気を付けろ。気を付けろあたし!


 ――――刹那、私の視界にキラリと光る一筋の閃光。


天羽羽矢アメノハバヤ


 血一矢チカズヤとは比べ物にならない隼さで、私の耳を掠っていく血矢。


 本当にたまたまだ! 万が一の確率だった。肌で感じる、あの光が見えなかったら、確実に私は終わっていたッ。


「いい反応だな」


 ――――――――しまッ。


 私は気を取られていた。しかしほんの一瞬だけだ。耳に走る痛みに一瞬、時間にもならない小数点以下。たったそれだけに気を取られていたがために、私は負けた。


「……ッハァ! はあッ…………はあッ」


 全く意味が分からなかった。本当に戦ったのかすらも怪しい。あの数秒が、まさに夢だったような感覚だ。


「ふむ! 上出来だぞソウ・ヨウ!」


 しかし龍王様は私を褒めてくれた。先ほど私に向けていたその手で、パチパチと拍手をしながら。


「……ッじ、時間は、何秒ですか?」


 龍王様は満面の笑みで、息を絶え絶えにする私に手を差し伸べる。あれだけ恐ろしかった手が、今あたしの小さな手を包み込んだ。


「六秒だ。誠、大儀であったぞ」


 六秒か……。あと二秒及ばなかった。やるな、美しい娘。


「さあ、時間も時間だ。これより玉迎の儀式を行う」


 ――――私を立たせ、この頭にそっと手を置く龍王。その暖かい温もりは、じんわりと体の隅々にまで伝わって来る。


「……龍人の子、ソウヨウ。お主はこの龍玉を我が子のように想い、この先永劫に、これを手放さないと誓うか?」


 優しい声。森林に流れる小川のせせらぎを聞いているようだ。心の隅々まで洗い流される。


「誓います」


 私がそう言うと、龍王はニッコリと笑った。


「うむ。これからも、よろしく頼むぞ」


 その瞬間、私の身体は突き落とされるように下方へ引き寄せられる。真っ白な空間をただひたすら真っ直ぐに。


 視線を上げると、龍王様が笑顔で私に手を振っている。しかし、彼の姿はあっという間に、ゴマ粒ほどの大きさになって消えてしまった。


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