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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
68/202

やっぱり実家は最高です2

「――――ソウ様? どうされましたか?」


 そうやってアマハル様との会話を思い出していた時、ユキメが心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでくる。


「ごめん、少し考え事してただけ」

「あまり緊張されずとも、玉迎ぎょくむかえの儀は禊祓みそぎはらえより穏やかなものですよ」


 母親の様な優しい笑み。私が唯一心の底から信用できるのは、多分ユキメだけだ。


「禊祓では死にそうになったからなあ」


 思い出すだけでも息が苦しくなる。あの儀式は本当に狂っていた。まだもう一回あると思うと、更に胸が苦しい。


「さあ、着きましたよ。龍神王桜天満宮です」


 棚田を超え、小さな竹林を抜けたところにそれはあった。


「でっかあ」


 目の前一杯に広がる広大な境内。――龍人用に造られたので当然、天の山腹より遥かに小さいが、それでもその辺の神社よりは甚大である。


「初めて一緒に、天の山腹へ参った時を思い出しますね」


 境内を練り歩くたくさんの人込み、その中でユキメが思い出に浸る。


「あの時は、ユキメが手水を頭から被ったからビックリしたよ」


 ――――などと思い出話に花を咲かせていると、どこからともなく現れた龍人親子が、どっしりと私の前に立ちはだかる。幾人もの使用人を連れながら。


「…………何か御用で?」


 高価そうな袴で身を包む親子に、ユキメは笑みを浮かべて問うた。すると男も笑みを返すが、その表情からは他意を感じる。


 ――――しかもその嫌な笑みは、私に向けられた。


「貴女様が、主宰神しゅさいしん天陽アマハル大神の神使にして、こたび晴れて龍神に神格化された蒼陽姫命ソウヨウヒメノミコトですね?」


 ユキメより遥かに背の高い龍人の男が、その影を私に被せる。――――それ故かは分からないが、ユキメの表情も自然と強張る。


「はい。そうですけど」


 ユキメの表情に濃い影が出来たので、不味いと思いながら私は咄嗟に言葉を返した。


 …………しかし、彼の言葉こそは敬うように聞こえたが、その口調や男の表情からして、恐らく私の事をよく思っていない様子だ。


「ふむ。想像していたより小さいのですな。大御神様が選ばれたのだから、どんな巫女かと思ったが」


 ――――男は小馬鹿にしたように鼻で笑う。加えて、彼の息子らしき龍人の子も、見下すように私を見下ろしている。この親にしてなんとやらだ。


「何かご不満でもおありか?」


 ユキメの“絶対殺すアイ”が炸裂する。しかしそれでも、男はそれに物怖じせず言葉を続ける。


「ふふ。いえ、とんでもない」


 先ほどの笑みとは違い、今度は別の意味を込めたような笑顔で答える男。その表情から読み取れるのは“呆れ”だ。


「しかし大神も耄碌もうろくされた。まさかこのような娘と契りを交わすとは」

「――ははっ。父上、そこまでにされたらどうですか? これ以上は可哀そうでなりませぬ」


 父に負けじと、私を煽るように笑うクソガキ。しかし私より身長が高く、とても同世代とは思えないような図体だ。まさにガキ大将という言葉が似合う。


「言いたいことは、それだけですか?」


 ユキメの目が紅く光っている。恐らくプッツン寸前だ。


「ユキメ! 早く行こ、こんなのは放っておいてさ」


 山の様に不動のユキメを引っ張る。今までもこのような状況はあったが、今回のユキメは更に頑固だ。


「ほおら! 早く行かないと!」


 ――――やっとの思いで彼女を動かすことに成功。少し危なかったが、トラブル回避だ。


「それにしてもヨウ家は、淫女を女官にするほど落ちぶれたのか?」

「あ?」


 ヤバイ! ユキメの感情がヤバい!

 …………しかしユキメの恐ろしさを知らないのか、男は嫌らしい笑みを浮かべたまま続ける。


「おっと、阿呆が拾った孤児の間違いだったな。失礼、どこぞの遊郭ゆうかくで買った淫女かと勘違いをしておった」

「……………………下がれユキメ」


 今まさに、奴を殺さんと伸びるユキメの爪を抑え、私は一歩前に出た。


「おいロン毛。お前、ガキもろとも黄泉に行く支度は済ませてるんだろうな?」


 ――――思わず口走った言葉。しかし今はこれくらいが丁度いい。いや、物足りないくらいだ。


「なんと汚らわしい言葉! 子は親を映す鏡とはよく言ったものだ。下品な父親によく似ておる」

「それは、貴方のボンクラ息子の事を指しているのですか?」


 見下しているガキに馬鹿にされたのだ、多分この男も熱くなる。


「父上。ここは俺に任せてください」


 おっと、お前が先にキレるか。そうだよな、親を馬鹿にされるのはムカつくもんな。だが生憎、それは私も同じだ。

 ――――殺伐とした空気が流れる。しかしその紙一重の所で、それを包み込むような声が飛んでくる。


「両者そこまでだ」


 神主の様な恰好をした男が、私とクソガキの間に入る。


「龍王の御前だ。無礼はよせ」


 またしても高身長の男が現れたかと思うと、クソガキの親が深々と頭を下げた。


 ――偉い人なのか?


「これはこれは、スオウ様。ご無沙汰しております」


 立派な召し物を纏った男に、ロン毛はひたすら媚びへつらう。どうやら相当地位の高い龍人らしい。


「トウリ。お主、“神院”の禰宜ねぎでありながら、境内で不祥を起こすとは何事だ」


 ――――説明しよう。神院とは、天つ神を奉る神社や宮の管理をしている組織であり、主に宮司ぐうじ権宮司ごんぐうじ、禰宜、権禰宜の順に階級が定められているのだ。


「滅相も無い! 私は蒼陽姫に挨拶をしていただけにございます」


 よくもまあつらつらと喋れるものだ。


「それは誠ですかな? 蒼陽様」


 スオウと呼ばれた男が、私の方に視線だけを移す。しかしこの男の眼も気持ちの良い物ではない。


「ええ。立派な心掛けに、感心しておった所です」


 ――ヒヒヒ。これは効くだろ。


 案の定、頭を下げ続けるロン毛と坊主頭のクソガキは、睨むような目をこちらに向ける。


「そうですか。ならばもう行って良いぞトウリ」

「…………は。行くぞ、ユン」


 そうして親子は、やりきれない感情を引っさげた様子で、ぞろぞろと使用人を引き連れてこの場を後にした。――――少し気分はいい。


「そして蒼陽姫。お主にも、天つ神としての自覚を持っていただきたく存じます」


 スオウは私にそう言い放つと、軽く頭を下げて颯爽と立ち去った。この男も私の事をよく思っていないようだ。


「ユキメ。アイツらは何だったの?」


 ――――ひと悶着を終え、心にたまるイライラを抑えながらユキメに問う。しかし彼女の様子から察するに、ユキメもどうやら同じ気持ちのようだ。


「あれはライカ家の龍人です。歴史ある名家なのですが、当主であるトウリはあの有様です」


 玉迎ぎょくむかえの儀に使用人を連れ、おまけにあの衣装だ。金持ちであることは分かっていたが、それ故に、私の様な成り上がりが気に食わないという感じか。


「ふーん。なーんか気分は良くないね」

「誠に遺憾でございます。コウ様だけでなくソウ様まで愚弄されたのです。腹の虫がおさまりませぬ」


 ――――これまでも、ヨウ家を馬鹿する者には容赦なく声を尖らせたユキメだったが、今回の様に、殺気をここまで露わにしたのは初めてだ。


「ま、今ではヨウ家の方が格上なんだし、芋がゴロゴロ言ってるだけだと思えばいいっしょ」


 ユキメよろしく、私も父上とユキメを馬鹿にされて気分は良くないが、弱い犬は良く吠えるという言葉もあるくらいだ。それだけ私の存在が大きいという事だろう。


「ソウ様はご立派になられました。ユキメは嬉しい限りです」


 私が笑うと、ユキメも少しだけだが笑みを返してくれた。風前のロウソクのような笑顔だが、今の私には、その笑顔ですら切ない物に見えた。


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