やっぱり実家は最高です2
「――――ソウ様? どうされましたか?」
そうやってアマハル様との会話を思い出していた時、ユキメが心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでくる。
「ごめん、少し考え事してただけ」
「あまり緊張されずとも、玉迎の儀は禊祓より穏やかなものですよ」
母親の様な優しい笑み。私が唯一心の底から信用できるのは、多分ユキメだけだ。
「禊祓では死にそうになったからなあ」
思い出すだけでも息が苦しくなる。あの儀式は本当に狂っていた。まだもう一回あると思うと、更に胸が苦しい。
「さあ、着きましたよ。龍神王桜天満宮です」
棚田を超え、小さな竹林を抜けたところにそれはあった。
「でっかあ」
目の前一杯に広がる広大な境内。――龍人用に造られたので当然、天の山腹より遥かに小さいが、それでもその辺の神社よりは甚大である。
「初めて一緒に、天の山腹へ参った時を思い出しますね」
境内を練り歩くたくさんの人込み、その中でユキメが思い出に浸る。
「あの時は、ユキメが手水を頭から被ったからビックリしたよ」
――――などと思い出話に花を咲かせていると、どこからともなく現れた龍人親子が、どっしりと私の前に立ちはだかる。幾人もの使用人を連れながら。
「…………何か御用で?」
高価そうな袴で身を包む親子に、ユキメは笑みを浮かべて問うた。すると男も笑みを返すが、その表情からは他意を感じる。
――――しかもその嫌な笑みは、私に向けられた。
「貴女様が、主宰神、天陽大神の神使にして、こたび晴れて龍神に神格化された蒼陽姫命ですね?」
ユキメより遥かに背の高い龍人の男が、その影を私に被せる。――――それ故かは分からないが、ユキメの表情も自然と強張る。
「はい。そうですけど」
ユキメの表情に濃い影が出来たので、不味いと思いながら私は咄嗟に言葉を返した。
…………しかし、彼の言葉こそは敬うように聞こえたが、その口調や男の表情からして、恐らく私の事をよく思っていない様子だ。
「ふむ。想像していたより小さいのですな。大御神様が選ばれたのだから、どんな巫女かと思ったが」
――――男は小馬鹿にしたように鼻で笑う。加えて、彼の息子らしき龍人の子も、見下すように私を見下ろしている。この親にしてなんとやらだ。
「何かご不満でもおありか?」
ユキメの“絶対殺すアイ”が炸裂する。しかしそれでも、男はそれに物怖じせず言葉を続ける。
「ふふ。いえ、とんでもない」
先ほどの笑みとは違い、今度は別の意味を込めたような笑顔で答える男。その表情から読み取れるのは“呆れ”だ。
「しかし大神も耄碌された。まさかこのような娘と契りを交わすとは」
「――ははっ。父上、そこまでにされたらどうですか? これ以上は可哀そうでなりませぬ」
父に負けじと、私を煽るように笑うクソガキ。しかし私より身長が高く、とても同世代とは思えないような図体だ。まさにガキ大将という言葉が似合う。
「言いたいことは、それだけですか?」
ユキメの目が紅く光っている。恐らくプッツン寸前だ。
「ユキメ! 早く行こ、こんなのは放っておいてさ」
山の様に不動のユキメを引っ張る。今までもこのような状況はあったが、今回のユキメは更に頑固だ。
「ほおら! 早く行かないと!」
――――やっとの思いで彼女を動かすことに成功。少し危なかったが、トラブル回避だ。
「それにしてもヨウ家は、淫女を女官にするほど落ちぶれたのか?」
「あ?」
ヤバイ! ユキメの感情がヤバい!
…………しかしユキメの恐ろしさを知らないのか、男は嫌らしい笑みを浮かべたまま続ける。
「おっと、阿呆が拾った孤児の間違いだったな。失礼、どこぞの遊郭で買った淫女かと勘違いをしておった」
「……………………下がれユキメ」
今まさに、奴を殺さんと伸びるユキメの爪を抑え、私は一歩前に出た。
「おいロン毛。お前、ガキもろとも黄泉に行く支度は済ませてるんだろうな?」
――――思わず口走った言葉。しかし今はこれくらいが丁度いい。いや、物足りないくらいだ。
「なんと汚らわしい言葉! 子は親を映す鏡とはよく言ったものだ。下品な父親によく似ておる」
「それは、貴方のボンクラ息子の事を指しているのですか?」
見下しているガキに馬鹿にされたのだ、多分この男も熱くなる。
「父上。ここは俺に任せてください」
おっと、お前が先にキレるか。そうだよな、親を馬鹿にされるのはムカつくもんな。だが生憎、それは私も同じだ。
――――殺伐とした空気が流れる。しかしその紙一重の所で、それを包み込むような声が飛んでくる。
「両者そこまでだ」
神主の様な恰好をした男が、私とクソガキの間に入る。
「龍王の御前だ。無礼はよせ」
またしても高身長の男が現れたかと思うと、クソガキの親が深々と頭を下げた。
――偉い人なのか?
「これはこれは、スオウ様。ご無沙汰しております」
立派な召し物を纏った男に、ロン毛はひたすら媚びへつらう。どうやら相当地位の高い龍人らしい。
「トウリ。お主、“神院”の禰宜でありながら、境内で不祥を起こすとは何事だ」
――――説明しよう。神院とは、天つ神を奉る神社や宮の管理をしている組織であり、主に宮司、権宮司、禰宜、権禰宜の順に階級が定められているのだ。
「滅相も無い! 私は蒼陽姫に挨拶をしていただけにございます」
よくもまあつらつらと喋れるものだ。
「それは誠ですかな? 蒼陽様」
スオウと呼ばれた男が、私の方に視線だけを移す。しかしこの男の眼も気持ちの良い物ではない。
「ええ。立派な心掛けに、感心しておった所です」
――ヒヒヒ。これは効くだろ。
案の定、頭を下げ続けるロン毛と坊主頭のクソガキは、睨むような目をこちらに向ける。
「そうですか。ならばもう行って良いぞトウリ」
「…………は。行くぞ、ユン」
そうして親子は、やりきれない感情を引っさげた様子で、ぞろぞろと使用人を引き連れてこの場を後にした。――――少し気分はいい。
「そして蒼陽姫。お主にも、天つ神としての自覚を持っていただきたく存じます」
スオウは私にそう言い放つと、軽く頭を下げて颯爽と立ち去った。この男も私の事をよく思っていないようだ。
「ユキメ。アイツらは何だったの?」
――――ひと悶着を終え、心にたまるイライラを抑えながらユキメに問う。しかし彼女の様子から察するに、ユキメもどうやら同じ気持ちのようだ。
「あれはライカ家の龍人です。歴史ある名家なのですが、当主であるトウリはあの有様です」
玉迎の儀に使用人を連れ、おまけにあの衣装だ。金持ちであることは分かっていたが、それ故に、私の様な成り上がりが気に食わないという感じか。
「ふーん。なーんか気分は良くないね」
「誠に遺憾でございます。コウ様だけでなくソウ様まで愚弄されたのです。腹の虫がおさまりませぬ」
――――これまでも、ヨウ家を馬鹿する者には容赦なく声を尖らせたユキメだったが、今回の様に、殺気をここまで露わにしたのは初めてだ。
「ま、今ではヨウ家の方が格上なんだし、芋がゴロゴロ言ってるだけだと思えばいいっしょ」
ユキメよろしく、私も父上とユキメを馬鹿にされて気分は良くないが、弱い犬は良く吠えるという言葉もあるくらいだ。それだけ私の存在が大きいという事だろう。
「ソウ様はご立派になられました。ユキメは嬉しい限りです」
私が笑うと、ユキメも少しだけだが笑みを返してくれた。風前のロウソクのような笑顔だが、今の私には、その笑顔ですら切ない物に見えた。




