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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
67/202

やっぱり実家は最高です1


「ソウ様、ソウ様。」


 ――――声。


 うららかな歌詠鳥うぐいすが鳴きしきる、天つ日が眩しい朝まだき。


 円状にぽっかりと開いた和窓から、蝶蝶のような桜の花弁が、ひらひらと私の部屋へと静かに舞い込む。


 優しい陽が差し、柔らかい風がそっと髪の毛を持ち上げる。それらは起きろと訴えかけるが、しかし暖かい布団が私を離さない。


「――――ソウ様ッ!」


 優しい声が一変、剣先の様に尖った大声が私の鼓膜を突き破る。


「なにー? 武鞭は昨日で終わったはずだよ」


 ソウ。その名前は私の名前。――またの名を天蒼陽姫命アメノソウヨウヒメノミコトは、昨日で六十歳を迎え、龍人の子が遂げるべき武鞭ぶべんをすべて終わらせた。


 そして今日は久しぶりの一日オフ。昼まで眠りこけるつもりだったのに、ユキメが何度も私の名を呼ぶ。

 今日って何かイベントあったっけ?


「今日は“龍玉”をもらい受ける日にございますよ!」

「えッ! 今日だっけ!?」

 

 ――――思わず飛び起きる。遅刻だから焦ったのではない。むしろ逸る心を抑えられずに飛び起きたのだ。


 私たち龍人族は齢六十を迎えると、すべての武鞭を修了した証に、龍王様に預けていた龍玉を再び迎えに行くのだ。


 龍人はこれを“玉迎ぎょくむかえの儀”と呼んでいる。


「ソウ様、一刻の猶予もございません! 手早く支度してくださいませ!」


 朝っぱらから侍女たちがやけに騒がしいと思っていたが、そういう事だったのか。


「今行く!」


 ――――今の私は六十歳だ。三十年前に比べて身長もかなり伸び、人間で例えたら大体八歳くらいと同等である。しかし、まだまだ女の子らしい体にはならない。鬱だ。


 これは暇なときにざっくり計算してみたのだが、この世界の年齢を十で割り、そこに二を足した数が大体人間の年齢になる。本当にざっくりだが。


「袴も様になって来たなぁ」


 一二〇程の身長にもなれば、自ずと袴も私の身体に似合ってくる。自分で言うのも何だが、本当に末恐ろしい娘だ。


「お早うございますソウ様」


 襖を開けると、相も変わらず綺麗な笑顔でユキメが私を迎える。


 前までは、彼女が膝を着けば目線が合ったが、今ではもう、私がユキメを見下ろす程になっている。――――これはこれで少し寂しい。


「お早う。今日でユキメと何かするのも最後だね」


 そう。武鞭が終わってしまえば、私とユキメの関係は、ただの主と使用人になってしまう。それに加え、来年からは私も寮生。暫くここには帰ってこられない。


「そんな事は言わないでくださいまし。私はいつまでも、ソウ様のお傍におりますよ」

「だね。ユキメは私のお姉ちゃんだもんね」


 彼女は私の両親に育てられたので、その言葉もあながち間違いではない。


「おっ。お姉様ですか? 私は、ソウ様のお姉さまになるのですか!?」


 ギシギシと心地のいい音を奏でる廊下。私たちが玄関に向かって歩いていると、そう言ってユキメは崩れ落ちた。


「はいはい、そうだよ。早く行こ」


 相変わらず、すぐに泣く癖は治らない。涙もろいわけではない。彼女はヨウ家の一族に弱いのだ。言わば彼女はヨウ家推しである。


「すいません」


 涙を羽織の袖で拭いながらユキメは謝る。この光景が見られるのも後少しだと思うと胸が締め付けられる。


「あら、お早うソウにユキメ」


 居間を通りかかると、母が侍女たちと朝ごはんの支度をしていた。父は恐らくまだ寝ている。それだけ私が早起きしたという事だろう。


「お早うございます母上」

「――リン様! わたくしがやりますので、どうかお座りになってください」


 そう言ってユキメが羽織を脱ぐと、母は眉根を吊り上げ、いつも通りの困り顔を見せて断った。これを見せられると、誰もが弱気になってしまう。


 ――――父上はこの顔で言い寄られ、遂に落とされたと聞く。


「そう言えば、今日は玉迎の日だったかしら?」

「はい! ついにソウも立派な龍人にございます」

「…………ふふふ。かわいい子。()()()()が誇らしいわ」


 嬉しい。幾つになっても、母に褒められるのは嬉しくてたまらない。頑張って来た甲斐があったといい物だ。


 しかし母は確かに貴女たちと言った。母からすれば、やはりユキメも我が子同然なのだろう。


「母上、私たちは玉迎の儀を終わらせてから朝食を食べますね!」


 激情の余り、ユキメは遂に袖で顔を隠してしまった。だからという訳ではないが、代わりに私が母上にそう伝える。


「そう、分かったわ。気を付けて行ってらっしゃいね」

「はい! ほら、行くよユキメ」


 地に根を張っているかのように立ちすくむユキメを、私は半ば強引に引きずりながら母上に手を振った。


「……もう、その涙はいつになったら枯れるの?」


 ようやくユキメが一人で歩き始めたころ、私は少し声を尖らせる。苛立ちや怒りなんて感情ではない。これは殆どが呆れだ。


「申し訳ありません。どうしても感情が抑えられぬのです」

「…………あはは。まあ、ユキメらしくて良いんだけどね」


 彼女は鼻をすすりながら、またしてもその目にじんわりと涙を浮かばせた。


 ――――そうしてヨウ家の門を抜け、朝方の落ち着いた花柳町かりゅうまちを歩いていると、他にもチラホラと私と同じように歩く子供達を見つけた。


「あの子たちも全員、玉迎の儀式に出るのかな?」


 ユキメの手を握りながら、私はその子供たちに目を向ける。


「ええ。ソウ様と同じですよ」


 子供たちは皆、希望に満ちたような笑顔で、母親ないし父親と思しき人と共に歩いている。――その光景を見ると、何故だか私までワクワクしてしまう。


「ユキメも嬉しかった?」


 どこか柔らかい眼差しで子供たちを眺めるユキメに、私はそう聞かずにはいられなかった。


「それはもう誠嬉しゅうございました。私もヨウ家の女房と共に参りましたが、あの日の嬉しさは今でも覚えています」

「そっかあ。それじゃあこれも、私のいい思い出になるのかなあ」

「ええ。きっとなりますよ」


 私を見下ろしながら笑顔を見せてくれるユキメ。背が伸びたことにより、彼女との距離も近くなった。それ故に目立つは彼女のご尊顔。


 私の顔にはまだまだ幼さが残っている。ユキメを見ると、早く大人になりたいものだと気持ちが逸る。


 ――――そうして花柳町を抜け、そのまま暫く歩いていると、私の目に一つの景色が飛び込んできた。


「ここは龍の胸椎きょうついと呼ばれる名所です」


 目の前に広がるのは、青々とした新緑が美しい棚田だった。その薄く水が張られた田んぼには、まだ幼い苗が等間隔で植えられている。


「すご。初めて見た」


 龍神の里に産まれて六十年。実のところ、私はここに来るのが初めてだった。


「玉迎の日にこれを見せたかったので、今まで私は、ソウ様をここへはお連れしませんでした」


 武鞭ぶべんの大半は下界で行なったのだが、龍神の里での武鞭は座学ばかりだった。故に私はこの景色を知らずにいた。


「なるほど。ユキメが私に見せる、最後の景色って訳だね」


 ――――彼女にはこれまで様々なところに連れて行ってもらった。


 下界からの侵入を防ぐ為に天千陽あまのちはるに建てられた砦や、神を目指す者が修行をする頂上の社などなど。……でもまさか。


「まさか、こんな近くに、こんな綺麗な場所があったなんて」

「ええ。これが最後の、私からの武鞭でございます」


 雲の海から登る太陽。それを身に受け、まるで湖の様に輝く田園。その階段の様に重なった棚田は、これまで見たどの景色よりも息を呑ませる。


「私も初めてこの景色を見た時は、幼いながらに感動いたしました」


 彼女はそう言うが、現に私も目から涙をこぼす程だった。今まで見たどの景色よりも美しいし、そう思わせるのはこれまでの六十年間があったからこそだ。


「そうしてここを抜ければ、龍神王桜天満宮です」


 ――――名前が厳つい。思わず笑ってしまうほどの厳めしさだ。


「名前長いねえ」


 名残惜しさを感じながら、翆色の海原を横目に歩く。学校へ行く前に、もう一度ここへ来ようと、そう心に誓って。


「そうですね。龍王様の偉大さが伝わって来るほどの名前です」

「ねえ。龍王様ってどんな神様なの?」


 ユキメは腕を組んで考える。それだけ言葉では言い表しがたい神様なのだろう。


「うーん、そうですね。私たちの祖龍であり、すべての龍の神と言った感じでしょうか」


 なるほど。やはり言葉では説明がし辛いようだ。だが、その龍王様にこれからお会いするのだ。言葉はいらないのかもしれない。


「ふーん。凄いって事だけは伝わって来るね」


 私の言葉にユキメは笑う。


「ふふ。私も最初は肩の力が抜けませんでした」


 家を出てからずっと緊張していた私を、ユキメはしっかりと見抜いていた。流石に六十年一緒にいただけはある。


「しかし、ソウ様も今では天つ神です。いずれ龍王様の様に崇められる日が来ると思いますよ」

「そうかなあ。神様になってから、特に神様らしい事してないけどなあ」


 ……そう。私は天つ神となった。しかし、八百万の神前で叫んだあの日から、私はビックリするほど何もしていない。


「神格化されて三十年です。まだソウ様の()()も出来ていないのですから、今は気を楽にしていても良いのでは?」

「そうか。確かにそうかもね」



 ――――今から約二〇年前のある日、私はアマハル様に聞いたことがある。


「神様になったのに、未だに何の仕事も無いのは何でですか?」


 何気ない一言だった。神格化されて日が経つというのに、私はただひたすら武鞭をしていた日々に疑問を持っていた。


「うーん。まだ神社の設計もしておらぬからなあ」


 祝詞のりとを唱えた際に引き込まれる精神世界。私はそこで、アマハル様とたまにだが話をしていた。本当にごく稀にだが。


「――――神社!?」


 何だ神社って。いや神社は知ってるけど。何だ神社って!


「……神社って、私の神社ですか?」


 アマハル様は不思議そうな顔で私を見る。まるで一足す一を解けない高校生を見るような目だ。


「え、そうだけど」

「私の神社ですか!?」


 思わず私はアマハル様の肩を掴んでしまった。掴んだだけならまだいい。あろうことか私は、その肩を思いっきり揺さぶってしまった。…………罰が当たりそうと感じながらも。


「ひふみはっ、神なんだからっ、社いるでしょ?」


 私が揺さぶるたびに彼女の声も揺れる。止めようとも思ったが、身体が勝手に揺らすのだ。


「私の神社ですよ!? 人間の私に神社なんていらんでしょうが」


 アマハル様は私の手を振り払い、着崩れた着物をゆっくりと直す。その様はすこしセクシーだ。


「ひふみはもう龍神だし、もう神様だから社がいるのだ!」


 百メートルを走り抜いた様な息遣いで、彼女は声を尖らせた。それどころか、目つきもやや鋭い。やはり不味かったか。


「でも社って必要なんですか?」

「神社は民からの信仰を集めるために造るのだ。これが無い神は歩いて信仰を集める事になるのだ」


 動揺しているのか、彼女の語尾が“のだ”になりかけている。


「それじゃあ、神社が出来てようやく神様になるんですか?」

「そういう事。それまでお主は、いわゆる休業状態じゃ」


 言葉が出なかった。人間の頃もそうだったが、この世界に産まれてからも、神社は何か特別な施設だと思っていた。それなのに、私は今まさに自分の神社を持とうとしている。


「――だからそれまでは、しっかり勉学に励んで、神使しんしとして腕を磨いておいてね」


 崩れた着物を直し、乱れた髪を整え、ようやく彼女は一息ついた。


「神様になったのに、神使の学校に行かないといけないんですか?」

「そりゃそうじゃ……」


 あ、今のオーキド博士みたいだな。


「――――ひふみは余の神使だからな。それに、ひふみは生まれながらの神じゃないから、まずは神使として器量を備えねばならぬ」


 アマハル様は私を警戒しているのか、少し離れたところで話を続ける。


「神と神使の両立ですか?」

「簡単に言えばそうだな」

「……面倒増えただけじゃないっすか」


 直後、彼女の顔には小さな汗が流れた。何かとても、不味そうな顔をしながら。


「そっ。そんなことは無いぞ。お主は人々の幸せを願う神だ。故に神使として世にはばかれば、次第にお主の信仰も増えようて」

「…………本当ですか?」

「本当だって! 最高神を疑うでない!」


 彼女が何か企んでいることは一目瞭然だった。大方、アマハル様の仕事を手伝わされることになるのだろう。多分、中つ国平定の手伝いだ。


「わかりました。それじゃあ、でっかい神社作ってくださいね」


 ――――そう言って私は、自ら精神世界を出た。恐らく、私が先に抜けたのはこれが初めてだった。



今日から少しずつ投稿していきます。


 第二章はかなりの文字数になってしまったので、お時間のある時に、のーんびりと読んで頂けると幸いです。

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