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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第二章 不死の呪いと死なずの少女
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0話 最強の神は誰だ! 1

 天界。それは、天の神々が住まう絶対安寧の世。春と秋のみが繰り返される世。


 しかし限りなく本来に近い生態系を持ち、それでも危険な存在は一切排除された安楽の世界。


 空では小鳥たちが楽し気に舞い、森では動物たちが枝を踏み、川では魚が水面を波立て、草むらでは虫が歌を歌う。


 そんな造られたジオラマの様な自然を見て、天つ神たちは一日一日を悠々自適に過ごしている。


 しかし自然豊かな天界にも都はあり、むしろその都がメインで、それを囲うように生い茂る草木はただの娯楽にすぎない。


 ――――天界の都、“天都あまつ”。天の神々が住まう大都であり、大小さまざまな建築物が気持ちよさそうに佇む広大な都。


 その中でも特別甚大な宮が、自身のとうとさを周囲にアピールするかのように、天都の真ん中に鎮座している。


「……おーい。誰かおらんかー」


 神宮内部。その中でも特に広い大広間。たくさんの書物が並び、何に使うのかも分からない神器が所狭しと棚の上で整列している。


 その程よく日差しの入る空間に響く声。


「おーい。誰かおらぬのかー」


 机に向かって、何やら書き物に夢中になっている天都の主宰神、天陽大神アマハルオオカミ


 そんな彼女の周りでは、淡い肌色をした幾枚もの和紙が宙に浮いており、さらにそれ以上の筆が和紙に向かって文字を書き込んでいる。その様はまさに魔法さながらである。


 ――――声を掛けても返事が返ってこない天陽は、静かにため息を吐いてコツンと硯に筆を置く。他の筆たちを依然として働かさせたまま。


「おーーーい! 誰か!」


 彼女が声を張ると、ドタドタと忙しない足音が床を軋ませながら近づいて来る。


「およいでひょうか!(お呼びでしょうか)」


 そう言って膝を着くのは、天陽に付き従う女官の一人“シン”である。


 髪は短く、着ている着物も落ち着いた色合いであり、まさに天陽の正反対の様な神。だがその口内は何かを含んでいるように膨らんでおり、おまけに頬には米粒が付いている。


「シンか。いま何時なんどきだ?」


 天陽は高く結った髪を解きながらシンに問う。だからシンも、ゴクリと食べ物を喉に通して口を開く。


「は。丁度、昼時にございます」


「早いなあ。今日も事務作業で一日が終わりそうじゃ」


「午後からは私も手伝います」


 頭を下げたままのシンは、その疲れ切ったような声にそう提言するが、天陽は煙を払うかのように手を振る。


「よいよい。お主はまだ自分の仕事が残っとるじゃろ。そっちを優先しろ」


「お心遣い、痛み入ります」


「ところで、先鉾さきほこの奴らはどこ行った?」


 黄金こがね色の髪をかし、今度は後ろで簡単に束ねる大神。それを見たシンは、直ぐさま彼女の後ろに回ると、天陽の手から髪の束を受け取る。


「サカマキは狩りに出かけており、クサバナは睦月むつき町へ機織りに行ってます」


「阿呆と馬鹿は?」


 アホと言うのはカナビコを指し、バカはオクダカを指しているのだが、シンはこれを瞬時に理解した。


「阿呆……。いえ、カナビコとオクダカは中つ国平定のため、葦原あしはらへ降っております」

 

(今アホって言ったな)

 ――――等と考えつつ、天陽は自身の背後で髪を結っているシンに構わず、声を漏らしながら大きく背伸びをした。


「何で余の護衛が一柱として余の傍におらぬのだ!」


 自由に転がり回るボールを拾う様に、シンは天陽の頭を両手で抑える。どうやら髪を結う事を優先したいようだ。


「それだけ、大神の治める天都が泰平という事ではございませぬか」


 ぷんすか息を荒げる天陽をなだめるように笑うシン。それでも髪を結う手は縫い物をするかのように洗練されている。


「お主は良い事を言うなあ。どこぞの四柱にも聞かせてやりたいわ」


「魚心あればなんとやらです。さあ、出来ましたよ」


 結った髪を手中で流しながら、シンは静かに手鏡を彼女に手渡す。


「言わぬが花という言葉もあるんじゃぞ」


 受け取った手鏡で自身の髪を見ながら、天陽は大きく頷く。


「うむ、よいではないか! お主は誠に器用じゃのう」


「三つ編みと言うものにございます」


「へー。ハイカラな結い髪だな」


 などと言って、二柱の神は静かに笑う。今現在、まさに阿呆と馬鹿が危機に面している等とは一切も知らずに。


***********************


 数刻前。


 下界、葦原あしはらの中国なかつくに。天界とは違い美しい四季が巡る雄大な国。


 しかし危険な“獣”や“物の怪”が跋扈ばっこし、悪しき心を持つ神もまた、葦原を支配せんと幅を利かせている。


 そんな中つ国を天界の如く安寧な世にせんと、今も二柱の神が空から地を見下ろしながら何やら吟味している。


「ふむ。しかし、何処から手をつけていいのか分からぬのう」


 ふさふさと蓄えた真っ白な髭を弄りながらカナビコは大地を見下ろす。


 見渡す限りの山々。しかし季節は春のため、山が自身の深緑を淡いピンクで染め直している様が見られる。


「まあ、西ノ宮を中心に、片っ端から国つ神を打倒してけば何とかなるだろ」


「オクダカ。武で伏せても、反発が大きくなるだけじゃぞ」


 空中で胡坐をかきながら欠伸をするオクダカ。やる気が無いように見えるが、彼は本当にやる気がなかった。


「大和、伊勢、紀伊の三国の神々はあっさりと従ってくれたが、まだまだ統一には程遠いのう……」


「でもまあ、この三大国を戦わずして平らげられたのはデカいだろ」


「うむ。これも我が君の偉大さに助けられた」


「大神の名前出しただけで平伏するんだもんな。笑えるぜ」


 そうは言うものの、オクダカは依然として腑抜けた表情のまま、遂には口をぽっかりと開けて身体を横にしてしまう。


「オクダカ、あまり気を抜くな」


 先ほどから目線を一定の方角へ向けているカナビコ。何かの気配を感じ取っているのか、あまり面白そうな表情をしていない。


「ひとまず、今日は天都に帰ろうぜー」


 それに構わず大きく背伸びをするオクダカ。彼は最早、家にいるかのように足を伸ばしている。


「オクダカ。お主はこの気配を感じぬか?」


 オクダカをチラリとも見ないが、カナビコのその緊張感のある声色から、必然とその方角に集中せざるを得ないオクダカ。


「さっきから嫌でも感じるが、かなり離れてるだろ?」


「うむ。しかし、これだけの神霊だ。よほど腕の立つ者と見る」


 その言葉にオクダカは上体を起こす。先ほどと取って代わり、まるで別人のような表情を浮かべながら。


「――――やんのか!」


 ご馳走にヨダレを垂らす獅子のように目を輝かせる剣神。


「ああ。この気配は放っておけん。いずれ我らの障壁になるやもしれぬ」


 対するカナビコは格式を高く保ったまま、しかし自身の内側にある“最強の神"としての自負をごうごうと燃え滾らせる。


「ハッハァ! いいねえ、そう来なくっちゃあな! 腑抜けた国つ神ばかりで飽き飽きしてたところだッ!」


「だが忘れるなオクダカ…………」


「――――大神には内緒だろ?」


 その言葉を聞いた二柱の神は、同じ意思を秘めた笑みを浮かべ、それを見せ合った。


 そうしてカナビコは風に変化し、オクダカは雷の如し凄まじいスピードで、糸を手繰り寄せるように禍禍しい気配の元へと飛ぶ。


 まさに瞬き程の一瞬で一国を横断するほどの速力。空は台風のように荒れ狂い、曇天のように一筋の閃光を空に残す。


 ――――しかしその飛翔は、突如目の前に現れた一柱によって止めざるを得なかった。


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