蒼い天に、太陽は昇る 3
「怖がらないで。私はいつでもお傍におります」
「あ、あああ、ありがとうユキメ」
立ちすくむ私の耳元でささやくユキメ。その言葉に、私はどれだけ勇気をもらった事だろう。
気づけば私は、すたすたと道の真ん中を歩いており、神殿へと続く階段を目の前にしていた。
「あれが龍人族か。初めて見るな」
「あの小童がヤヅノ蛇神を誅伐したそうだ」
「あの背中の刀、蛇神から授かった物だそうだぞ」
「しかし、隣の龍人は美人だな」
「まだほんの子供ではないか」
などなど、まるでキリがない言葉の数々。しかしそのすべてが、中央を歩く私たちに向けられたものだ。
――――階段を登る。背の小さい私でも難なく登れる優しい設計だ。しかし幅は広く、全校のJKを集めて横に並べても余るくらいの広さだ。
「辛くはありませんか?」
「天の山腹に比べれば余裕だよ」
「懐かしいですね。あれから一週間ほどしか経っていないのに、まるで遠い昔の事の様です」
そうか。そう言えばそうだな。そう思うと、長い一週間だった。
「本当だね。山腹の神たち、今の私を見たらどう思うかな」
いや、多分どこかで見ているだろう。下にこれだけの神々がいるのだ。吠え面かいて見ているに違いない。
――――そうして階段を登り終えると、そこには一人の少女が笑顔で、吹き抜けた神殿の中に座っていた。
太陽のように明るい笑顔。整った目鼻立ちは、その身に纏う豪華絢爛な着物や装飾。果てはこの甚大な神殿にすらも負けていない。
その御姿を見て、ユキメは咄嗟に頭を下げる。
「お疲れサン」
透き通る声。久しぶりに聞くはずなのに、私はその声を毎日聞いている気がする。
「“サン”と“さん”を掛けたんですか?」
「そうだよ。余は太陽神だからね」
相変わらず阿保らしいと呆れてしまうが、今思えば、彼女と直接会うのは禊以来だ。
「こっちの世界はもう慣れた?」
そっか。そういえば、私が転生者だって知ってるのは、アマハル様だけだもんな。
「まあまあ、って言った所でしょうか」
「あっはは! 誠、正直じゃなあ」
アマハル様がそう言って笑うと、私もつられて笑ってしまった。
「――――さて、ひふみよ。今回のお主の働きは誠大儀であった」
友達同士のような会話から一変。アマハル様は声に威厳を持たせて、その言葉から始めた。
「ヤヅノ蛇神を討伐し、更に二柱の国つ神を助け、お主が宛がったナナナキヒメは、今も朱迎大川をよくまとめている。その功績はどれも目に留まるものばかりじゃった」
その言葉の一つ一つが、まるで私の心を綺麗に洗い流してくれるような、そんな清らかさが感じられる。
「そこで、その功績に見合う物を考えた結果……」
来た! 報酬きた! レアアイテム来い! レアアイテム!
「余はお主に、名前を与えようと思う」
――――名前、だと? 物じゃないのか?
「喜べ、今日からお主は、“天つ神"になる」
いやそう言うのじゃないのよ。私はもっとお金とか、レアアイテムとかが欲…………。まて、今なんて言った?
「今、なんと?」
私が聞き返すと、アマハル様は手元に用意していた白紙に、何やら書き込む。
「まずお主には、“天”の属性を与え」
神通力かは分からないが、彼女は紙と筆を浮遊させながら腕を組む。何か考えている様だ。
「次に“姫命”の神号を与え…………」
どうやら、さきほどから悩んでいたのは、今現在の部分の様だ。
そうしてしばらく悩んだのち、食べたいスイーツが決まったかのように、アマハル様は紙に筆を走らせる。
「決まったぞ!」
そう言って彼女は正座を解いてゾウリを履くと、ゆっくりと階段の方まで歩いてゆき、私を見ては、ちょいちょいと手招く。
だから呼ばれるがままに彼女の元へ歩いていくと、下の広場を埋め尽くすほどの天つ神たちが目に入った。これは圧巻だ。
そうしてアマハル様は大きく息を貯め込むと、手に持っていた一枚の紙を空へ放ち、声を張る。
「皆の者! 注目せよッ!」
――――静寂。それは西ノ宮の時と同様、一切の騒めきも許さない完璧な無。
先ほど放った紙が寂しく風に乗る。
「今現在を持ってッ、ここにいる龍人族の子を! 龍神として神格化することをここに宣言する!」
その瞬間、アマハル様が放った一枚の紙が、幾千もの束になって、桜と共に神々の頭上に降り注いだ。
そうして、その紙を手にした天つ神たちは、何やら驚いた様子で私を見上げる。
「その御名をッ! 龍神、天蒼陽姫命であるッ!!」
待って、状況が追い付かないんですけど。
案の定、私を見上げる天つ神たちから声が上がる。しかもそのほとんどが、どうやら私の事を歓迎していない言葉のようだ。
「大神様ッ!」
――――カナビコが風から姿を現す。その表情から察するに、彼も納得がいっていないようだ。
「なんじゃ」
「コレは決してなりませぬぞ!」
必死の形相で、アマハル様の目の前に紙を突きつけるカナビコ。
「天陽大神と同じ、陽の名を授けるなど!」
その時初めて私は、自分に付けられた名前に“陽"の文字が入っていたことに気付く。
「えええええええええええ!」
思わず声をあげてしまう。
「アマハル様! それは幾らなんでもやりすぎですよ!」
「なんじゃひふみまで」
それもそうだ。陽は最高神に与えられた名前。それをぽっと出の私が語ってしまったら、絶対に炎上する。
「コレは不味いっすよ! 絶対怒られますって!」
「大丈夫、大丈夫。心配しすぎだって!」
ケラケラと笑うアマハル様。本当に適当な神様だ。
だからと言って、これはあまりにも…………。
「それに、もう書いちゃったしね」
カナビコも、最早言葉が出ぬと言った様子だ。どうやらあの紙には、何か特別な力があるらしい。
「皆の者! 知っての通り、蒼陽は余の神使! これまで一度として契りを交わさなかった、余の最初にして最後の眷属である!」
雲を貫く陽射しのように通る声。先ほどまでの騒めきも、一瞬にして黙り込んでしまう程の声だ。
「そのことを各々心に留めッ! みな節度ある行動を務めよ!」
その言葉に、神々はお互いの顔を見合う。どうやら納得する者も出てきたようだ。ただし、仕方なしと言った感じだが。
「それじゃあ、ひふみ、何か一言」
「…………え!」
ここで一言!?
「大丈夫。声は大きくなってるはずだから」
そういう問題じゃない。こんな大勢の前で挨拶なんて、出来るわけがない。
「え……。えーと」
何百もの眼が私を見ている。私の言葉を待っている。今か今かと待ちわびている。
私はおもむろに背中の刀を抜き、それを龍血の力で浮かせて、天高く掲げる。
「た、太陽は登ったッ! 風も私たちの背から吹いておるッ! 雷光は天で渦を巻き、草木は楽し気に踊り、何物も飲み込む大炎の中に、今龍が目覚めたッ!」
もはや何を言っているのか私でも分からなかった。だが今は、ただただ勢いに任せるのが正解な気がする。
「皆の者、不平は許さぬ! この事実を受け入れよッ!」
何かヤバそうだよ。 ヤバイどうしよう!
「私こそがッ! 主宰神より拝命仕った龍神、天蒼陽姫命であるッ!」
これは不味いと思い、あたしは恐る恐る神々の方へ目を向ける。
――――しかしそこに広がっていたのは、誰一人として頭を上げず、全員が私に対して最敬礼をしている光景だった。
正直言って、気持ちがいい!!!!!
――――――と、ここまでが私の転生物語三十年分のお話。
現在の私、名前はソウ、苗字はヨウ。またの名を、天蒼陽姫命。
私は晴れて六十を迎え、神使たちが行くとされる大学に入学した。
大学と言っても高等教育機関ではない。ここは、神使の何たるかと言うのを基本的なところから学んでいく学び舎だ。




