蒼い天に、太陽は昇る 2
「ソウ……様」
「ユキメ。……あたし、綺麗にされちゃった」
ふと写し鏡を見る。するとそこに写っていたのは、まるで私ではない別人が、こちらを覗いているかのようだった。
「うそ。これ私?」
クシを入れられ、何か油のような物を塗られて艶々と輝く黒髪。
ファンデーションっぽい粉をまぶされ、滑らかな絹のように白い肌。
そして、燃えるように紅い口紅を塗られ、私の顔は最早別人となっていた。
他にも、目元に紅い化粧を施されたり、結われた髪に刺さる簪がキラキラと光ったり、細かい部分にまでこだわってメイクされている。
「ウソ。私の肌、綺麗すぎ?」
両手でほっぺたを抑える。
「麗しゅうございますソウ様ッ!」
ヨウ家の敷地の、その隅々にまで響き渡りそうな声。私は驚き、咄嗟にユキメに目を移す。
「素晴らしいです! お綺麗でございます! 食べてしまいたいです!」
――――――――お前をな。
私は、まるで一本の薔薇を見るかのような気分になる。
いつもは束ねているだけだが、今のユキメは後ろで高く結っており、その大福の様な真っ白なうなじに、ついついかじりつきたくなる。
――黒髪は夜空の様に美しく、肌は陶器のように滑らか。そして相も変わらず、心の奥底まで覗かれるような紅い瞳に、私は思わず息をのんだ。
「完敗だよッ!」
気づけば私は叫んでいた。やはりユキメ、彼女は超絶美人だ。
「――――では、籠が参っております。こちらへどうぞ」
先ほどのキャッキャウフフしてた女神たちとは違い、いかにも上品と言った女神が頭を下げる。
そうして私は彼女に連れられ、ヨウ家の門に待機していた籠まで行く。しかし籠を担ぐ人は何処にも見当たらない。
「籠なんて初めてだなあ」
「では、お乗りください」
ツンとした雰囲気の女神は、私の言葉にうんともすんとも言わず、ただただ乗車を促した。
「お付きの方もお乗りください」
待て。流石にこの大きさに二人は入らないだろ。
「流石にキツいのでは?」
ユキメは尻尾を振る犬のように目を輝かせているが、さすがにこの中で密になるのは窮屈すぎるだろ。
「大丈夫です。お乗りください」
女神は淡々と言葉を返す。
お前はこの中でぎゅうぎゅうになれって言いたいのか! ユキメと私が、こんな狭い籠の中で身を寄せ合って…………。
――――いや、ありっちゃ、ありだな。
「よし、じゃあ乗ろっか。ユキメ」
「はい!」
私は、籠にかかる日除けのすだれを、スカートのようにめくる。
しかし目に飛び込んで来たのは、とても外観からは想像もつかない程の広さはある個室だった。
「うそ。どうなってるの?」
この気持ちを表すなら、浅瀬だと思って足を入れたら、実は深かった。そんな気分だ。
しかしユキメは感動すらせず、ひたすら茶菓子を頬張っている。
「空間を司る神が作った籠です」
知らぬ間に部屋の中に入って来たツンツン女神。
彼女が言うにはそういう事らしいが、さすがに無理があるのではなかろうか。
――――籠が動いても中は揺れが無く、眠れそうなほど快適な空間である。だから私たちも適当に腰を落ち着けた。
「あの、貴女は?」
いつまでもツンツン女神とは言えないので、私は恐る恐る名前を聞く。
「申し遅れました。私は天陽大神の付き人で、名をシンと申します。主に大神の身の回りの世話をしております」
背丈はユキメより小さく、髪形はさっぱりとしたお団子ヘア。髪色は、天つ神らしい明るさだ。
「へー。アマハル様にも付き人っているんだね」
シンはキビキビとした動作で私たちにお辞儀をすると、私の質問に答えてくれる。
「はい。大神は忙しい方ですので、誰かが付いていないと食事も摂らないのです」
そんな身を削るほど忙しいのか。最高神って。
「ところで今回の式典って、一体何するの?」
「論功行賞です。ソウ様の功績に見合った報酬を、大神様が直々にくださるそうです」
シンは台本を読んでいるかのように話す。少し棒読み気質なところがあるが、そこがいい。
「やはり、流石はヨウ家の長女でございます」
ぶっきらぼうなシンとは違い、ユキメは優しく微笑んでくれる。いつもより更に綺麗な笑顔を見てしまうと、私の顔は意図せず熱くなる。
「あ、ありがとう。これもユキメのおかげだよ」
「いえ。私は少しお手伝いをしたまででございますから」
「またまたあ」
等と会話をしながら盛り上がっていると、籠はどうやら目的地に着いたらしく、着地の衝撃で室内が小さく揺れた。
「着いたようです」
シンが出口のすだれを上げながら外を眺める。
「天都に?」
「はい」
すだれの隙間から桜の花びらが舞い込んでくる。そうして薫は柔らかい花の香り。
外からは種々雑多な和楽器の音色が聞こえ、まるでコンサートでもやっているのかと思うほど賑やかだ。
「さあ、ソウ様。ここから先は天都。普段であれば、天つ神以外は立ち入れぬ場所です」
「う、うん」
ユキメが私の背から優しく言ってくれる。まるで躊躇っている私の背を押してくれるかのように。
「お二方、お早くお願いします」
まるで血が通っていないかのようなドライっぷり。
しかし、あまりかしこまった態度を取られても困るから、これくらいが丁度いいのかもしれない。
「大丈夫ですよ。ユキメが付いております」
私の手を握ってくれるユキメ。
「うん。ありがとう」
私は彼女に笑顔を返し、いざ、籠の外へと足を踏み出す。
――――そうして目に飛び込んでくるは、眩いばかりの日差し。ずっと室内にいたせいだろう。まだ目が慣れていない。
しかしそれはすぐに順応し、目の前に広がる光景を、私の脳に強く焼き付けた。
天まで届くかのような高さの神殿。そこに続く階段。しかしそのどれもが桁違いの大きさを誇っている。
笛太鼓の音色に乗せられた桜の花びらが、まるで初雪のように降り積もる。
そして私達がこれから歩くのは、まるでハリウッドスターが歩くレッドカーペットの様な石畳の道。
更にその道を挟むように、幾百もの神々が立ち並び、私たちにその視線を向ける。好奇な目を向ける者。指をさして何やら話し合う者達。果ては頬を赤く染める者もいた。
――――まあ、私とユキメの美貌にかかれば、ここにいる神なんてイチコロよ。
などと考え、すごく頑張って冷静を保とうとする。しかし足の震えを止められず、私は一歩も前に踏み出せずにいる。




