表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
60/202

蒼い天に、太陽は昇る 1


 ヤヅノ蛇神討伐から三日後。いつものように家で朝食を食べていると、その通達は来た。


「ソウ様。なにやら天都から使いの者が来ております」

 早朝の静けさに包丁を入れるかのように、我が家の侍女が頭を下げてそう言った。

「天都からだと?」


 真っ先に反応したのは父だった。亀の様にノロい咀嚼を止め、まったく箸が進んでおらぬというのに、父は口を開く。


「はい。なんでも、此度の中つ国の一件の事でお話があるのだそうです」

「なんだろう」


 茶碗に米を少し残したまま、私は席を立つ。


「こちらです」


 そうして侍女に連れられたまま。私は家の縁側を歩く。

 ――――それにしても、今日はいつになくいい天気だ。乾いた秋空は雲が高く、中庭の紅葉は相変わらずの美しさを纏っている。


「あちらにございます」

 侍女は門の方に頭を下げながら、手のひらを空に向けて天都の使者に向ける。

「あれ、カナビコ! お早うございます」


 家の中から侍女たちがこちらを覗き見ている。そのヒソヒソと話している様を見るに、どうやら彼女らの興味は天つ神にあるようだ。


「ソウ様。お早うございます」

 私とカナビコは軽く会釈を交わす。

「どうしたの? 天都から使者が来てるって言うから驚いたけど」


 いや、カナビコは天陽大神の直属の部下。これ以上の神が来ることはほぼあり得ないのだが、それでも私の肩は少しリラックスした。


「うむ。此度のソウ殿の功績が、どれも素晴らしいものばかりでしたので、天都から褒美が出るそうですぞ」

「天都から……。褒美、だと」


 私の心は期待に満ち溢れる。

 何だ褒美って! お金!? お金なのか!?


「ま、まあ? 当然のことをしたまでなんだけどなあ」


 あくまでも私は平常心を装う。子供らしく燥ぎたいところだが、他人の目もある。ここは恰好を付けねばなるまい。


「はっはっは! 流石は大神の御神使。なんと心の広い」


 お世辞はいいからさっさと本題に入れ! こちとら褒美の内容が気になって仕方ないんだよ!

 等と考えるも、それを口に出すことは出来ず。


「あっはっは! そうでなければ、アマハル様の神使は務まりませんもの」


 普段使わないような言葉遣い。しかし侍女たちはキャーキャー黄色い声をあげている。


「いかにも。流石は我が君。見る目がありまする。はっはっは!」

 はっはっははもういいから! 早く本題に入れっつの!!

「ゴホン! それでカナビコ殿。その褒美の件ですが……」


 侍女の目が気になって仕方ない。本当はもっと喜んで走り回りたいのに。本当はもっとラフに話したいのに……。

 するとここで、父上が少し遅れて登場する。


「これはこれは、カナビコノミコト様。こんな所までご足労有難うございます」

 父上が笑いながら頭を下げる。

「コウか。久しいのう」


 カナビコは白いひげをモフモフしながら父の名を呼ぶ。すると、父も頭をあげて髭を弄り出す。天界で流行っているのだろうか。

 ていうか、何だ? この二人知り合いか?


「誠、久しゅうございます」

「うむ。お主が禊祓に来たのが、つい昨日の事の様じゃ」


 待て待て待て。お前幾つだよ! 少なくとも、父上は四百を超えてるんだぞ?


「ええ。あの時は私も、まだまだ小便臭い童でしたからな」


 あああ。どんどん本題から遠ざかっていく。この年寄りたちの会話、これは長引くぞ……。

 そして案の定、二人の思い出話は花を咲かせ、それが枯れ果てるまで続いた。


「…………ねえ、カナビコ。それで要件って?」

 しびれを切らしてカナビコに声を尖らせる。

「これは失礼! 懐かしい顔につい……」

「す、すまぬなソウ」


 二人は叱られた子犬の様に項垂れる。

 ――――そうして、カナビコは大きく咳ばらいをすると、やっとこさ話を本題に移す。


「此度のソウ殿のご活躍が天都の神々に認められ、この度、ソウ殿には天都への招集がかりました」

「天都に?」


 何か少し面倒臭そうだ。と溜め息を吐いていると、隣でそれを聞いていた父上が、まるで鉄球にぶつかった様に腰を抜かす。


「そ、ソソソソソ。ソウが天都にッ?」

 なんだ? なんでそんなに驚いてるんだ?

「ソウ! お主、中つ国で武鞭ぶべんやっていたのじゃなかったのか!?」

 不味い。ここ最近ずっと武鞭だと嘘ついていたから、これがバレるのは不味いぞ。

「はっはっは! 武鞭じゃと? ソウ様はな、西ノ宮の女英雄じゃぞ?」


 ――――英雄ッ? 私いつの間にそんなポジションについちゃったんですか!?


「ソウが……。西ノ宮の英雄?」

 父は泡を吹いて倒れてしまった。

「ちょっと! 父上!?」


 父上が倒れてしまったので、侍女たちがすかさず救援に駆け寄る。流石はプロだ。よく教育されている。

 そうして父が運ばれ、侍女たちも家の奥へ消えてゆき、私とカナビコは二人きりになった。


「ちょっと。英雄って何よ!」


 完全に、今の私には釣り合わない称号に怖気づいてしまう。しかしカナビコは笑う。


「はっはっは! 荒ぶる神を鎮め、ナナナキ殿を新たに川神とし、長らく問題視された漁猟問題も解決。これが英雄じゃなければ、なんと言いましょう。はっはっは!」


 ――――そうか。よくよく考えればそうかもしれないな。……あれ? 今のあたしって、もしかして超人気な感じ?


「それで、今回のソウ様や、他の神の英雄的行動を称え、神々がお主を天都に召喚したのじゃ」

「な、なるほどお」


 正直まだ何も分かっていないが、私はとりあえずそれだけ言葉を返した。


「それで、それはいつなの?」

「今日ですぞ」

「……今日?」


 もっと早く言えッ!


「なんでそんな大事な事、今になって言うのかな?」


 精一杯、この眉間にシワをよせて影を作る。そしてそれが効いたのか、カナビコは眉根を吊り上げ、口元を引きつらせる。


「申し訳ありませぬ。我が君が今日やると仰ったので……」

 ああ。それなら少し納得してしまう。適当そうだからなあ。

「それでは、用件は伝えましたぞ」

「え、これから私は何すればいいの?」


 風の様に颯爽と立ち去ろうとするカナビコを止める。すると彼は、ニヤリと不敵そうな笑みを浮かべ、両手のひらを激しく打ち付けた。


「ご心配なさらずとも、すべてこちらで手配済みでございます!」

 その言葉と同時に、カナビコノ後ろから幾柱もの神々が現れる。

「織物の神に、御髪の神。更に肌の神に、装飾の神たち! これでソウ様を精一杯おめかしさせて頂きます!」


 つらつらと名を述べるが、どれも長すぎるため覚えられない。

 神々は皆女性だが、若い女から年老いた女まで幅広く肩を並べている。


「本日はソウ様のお化粧を担当させていただくアメノミヤヒメと申します」

「よろしくお願いします」


 ふむ。ショートヘアの可愛らしい少女だ。


「ふぉふぉふぉ。ソウ様の御髪を担当します。アメノハザヒメノミコトと申します」

「どうも。よろしくお願いします」


 大丈夫か? と心配になるほどの老婆だ。


「ご機嫌うるわしゅう。私は召し物の神、アメオキノミコトですわ」

「うん。お願いします」


 優雅な着物に身を包んだマダムだ。派手にならなければいいが。

 ――――ふと私は気付く。なんと、マダムの後ろにはまだまだ、私に挨拶しようと並ぶ女神たちが、なんとも楽しそうにお喋りをしながら待っているのだ。


 ――多すぎッ! これ全部挨拶しないといけないのか!?


 案の定、私は数柱の神々に身体を弄くりまわされながら、他の神々に挨拶を返すという作業をこなさなければならなかった。


「ソウ様ッ!!」

 もっと面倒な事になりそうだと、心の中で思う。

「お早うユキメ。今朝はよく眠れた?」


 そう言って声の方へ顔を向けるが、私を囲む女神たちのおかげで、ユキメの姿は毛先程も見つからない。


「お主ら! ソウ様が苦しがっておるだろ!」

 やはり彼女は、天つ神に臆することなく声を荒げた。ここまでくると流石だ。

「あらまあ。こちらの姫君もお美しいわ!」


 一柱の神がユキメに纏わりつく。その瞬間、私の心はぎゅうっと握られるような感覚に陥る。


「あら本当! それなら私はこちらのお方を担当します!」


 この感じだとユキメも囲まれる。助けなきゃッ。

 しかし時すでに遅し、既にユキメの周りには、ドクターフィッシュの様に女神たちが囲んでいた。


「いや、あたしは。…………結構です。……から! うわ!」


 ユキメェェェェェェェェェェエ!


 ――――そうして私たちは無事、彼女たちの激しいメイクアップに飲み込まれ、心身ともに疲れ切ってしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ