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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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転生2

龍文書―五


ユキメ:ヨウ家に仕える女房。私のお目付け役に両親から選ばれる。嫉妬するほどかなり美人。


 長かった。まさか獣神がここまで長寿だとは思わなかった。


 これは家の文献で調べた事なのだが、この世界には百を超える“獣神族”と“物の怪”。さらに万を超える“八百万の神”が存在する。そしてどうやら、この世界に人間はいないらしい。――いや、もしかしたらいるかもしれないが、短命の人間はもはや相手にもされていないのかもしれない。

 さらに獣神族には“十二神族”と呼ばれる、いわゆる神の使いとしての役割を担う獣神がいる。そのなかでも龍人族は、最強の獣神として世から恐れられているのだ。うふふ。


「はーいソウ。三十歳の誕生日おめでとう」

 齢三十ではあるが、私はまだ蝋燭の火を全て消せない程度の肺活量でいる。


 ――――ある日、父が寝る前に教えてくれた。


「ソウ。我々龍人族は、龍と神様が結婚したから生まれた高潔な種族だ。決して、その事を忘れるでないぞ」


 龍人族。神と龍のハーフ。普段は神の姿をしているが、頭の角を見るに龍の遺伝子もしっかりと受け継いでいる。だが角は年を取るほど引っ込んでしまうらしい。


 そして龍人族は、この国で一番の高さを誇る山、天千陽あまのちはるの頂の。その遥か昔に、ご先祖さまが作った龍の里に私たちは住んでいるのだ。


「分かりました。お父様」


 お父様と呼ぶのも様になってきた。それもそうだ。私は、この世界に産まれてもう三十年なのだから。しかし身体はまだ、五、六歳児と同等だ。

 

 しかし、それでも人というのは慣れる生き物。今の私にとっての一年とは、もはや二か月くらいの長さにしか感じない。JKの頃が懐かしく感じる。


「――――ケーキが食べたい」


 馬鹿みたいに積み上げられた和菓子を見て私は呟く。別に和菓子が嫌いなわけではない。それでも、誕生日には洋菓子と相場が決まっているのだ。


「けえき? 何だそれは」

「いえ! なんでもございません。こんなに和菓子を食べられて、ソウは幸せです」


 独り言を聞き逃さなかった父に対し、私は子供らしく笑って返した。

 ていうか、誕生日って毎年祝うのか。人間の頃は長く感じたけど、龍人だとまぁまぁなスパンでやるな。


「ところでソウよ。お前も今日で三十歳。明日からはユキメと2人で、龍人の何たるかを学ぶのだが、大丈夫か?」

 皿に盛られた和菓子を頬張っていると、父が私にそう問うた。


 龍人の里では、三十になった子供に勉学や武術の基本を教え、六十歳を迎えた子供を、学校へ行かせる仕来りがある。


「はい。余裕のよっちゃんです」


 最初は、何を言っているのか分からぬという顔をされたが、三十年も言い続ければ、現世でのギャグも世界になじむ。


「そうかそうか。流石は我が娘だ!」

「ソウ、本当に大丈夫?」

 

 声高らかに笑う父とは反対に、母は心配そうな顔で私を見る。しかしこれもいつもの事。母は極度の心配症で、この眉毛を吊り上げた困り顔も、毎度のことなのである。


「大丈夫ですよ母上。私天才ですから」


 そう。私だってこの三十年間、別にゴロゴロしていたわけではない。――いや最初こそはそうだったが、一人で外を歩くことも出来ないので、暇に耐えかねた私は、ずっと家の書物を読み漁っていた。


 故に、今の私の頭の中には、恐らくその辺の大人と同じくらいの教養は身についている。この齢にしてこの知識量。今からでも笑いが止まらない。早く学校行ってどや顔したいものだ。


「――――無理はしないでね」


 芸能人も顔負けのルックスを持つというのに、母には自信というものがまるでない。だからこそ、私は母を安心させてあげたいのだ。それにこの二人は、初めて父母と呼べる存在。頑張らずにはいられない。


「それじゃあ、ソウは明日に備えてもう寝ます! おやすみなさい。母上父上」

「うむ。ゆっくり休むのだぞ!」

「おやすみ。ソウ」


 親から返事をもらう。なんて幸せなのだろう。今まで味わったことの無い高揚感! これが家族かあ。早く大人になって恩返ししてぇ。


 そう。現世では敵わなかった、“家族で大きな食卓を囲う"という幸せ。これが私の日常となっていた。

 

 ――――しかし私は兄に会ったことがない。龍人の子は六十歳から百歳までの間、学校の寮に泊まり込みで通い、それが終わってようやく家からの通学が許されるのだ。

 ちなみ兄の“フウ”は今年一年生、私が入学する頃には九十歳になり、学年は四年生だ。早く会ってみたいものだ。


 などと、私は布団の中にもぐり、そうやって物思いに更ける。それでもやはり体は子供だ。布団に入ると、すぐ脳が休みたいと目に訴えかけてくる。

 ああ、スマホとテレビゲームが恋しい…………。


 ――――ふと気が付くと、窓からは気持ちの良いそよ風が入り込み、私の髪の毛を軽く持ち上げる。加えて清々しいほどの朝日が、木の葉の隙間を縫って私の顔を照らし、まだ眠っている脳に光を差し込む。


「朝だ!」


 私は飛び起きた。今日は待ちに待ったユキメとの武鞭ぶべんの日。“武術ではたき、教鞭でたたく”と言う言葉から来ているらしい。


 そして布団を払い除け、用意された赤と白の道衣袴を急いで着こむ。

 時間に余裕はあるが、はやる心を抑えられない。――それもそうだ。今日はこの三十年間で起きた初めてのイベントなのだから。


「おはようございますっ!」


 居間へ行くと、父と母が既に朝支度をしていた。ふかふかの白米に味噌汁。それに丸々と身の付いた鮭。他にも小鉢がたくさん置いてあり、まるでバイキングの様だ。


「おう、おはよう、ソウ」

「あら、随分と早いのね」


 父が朝から元気なのはいつもの事。母は相変わらずの困り顔。今日もいい日になる気がする。


 そうして私は座布団に座り、目の前に広がった色とりどりの朝食を口の中に運んでいく。

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