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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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ずっと傍に居て。

龍文書


【龍文書】:私のメモ帳。


 ――――西ノ宮に戻ると、ウヅキとユウヅキ、そして他の白兎族が迎えてくれた。しかしミカヅキの姿は無い。恐らくまだ動けないのだろう。


「お帰りなさい! ソウ様!」

「お姉ちゃん!」


 真っ先に走って来たのはウヅキとユウヅキだった。私は2人と抱き合い、歓喜する。


「みんなの仇を、取ってくれたんだね」

「まあね」


 彼らは知らない。一本足のオガ夫婦の事も、毒を盛られて弱っていた蛇神の事も。しかしそれでいいのだ。


 多分彼らは、この先産まれる子供たちに、私達が暴神を討ちとったと言い伝えるだろう。そうしてそれからも姿を変え続け、物語は永遠に生き続ける。


 そうすることで、子供たちに恐怖心を与え、警戒心を持たせ、その命を少しでも永らえさせるのだ。


「ヤチオヒメとナナナキヒメは?」

 私は二柱の姫君について聞く。

「ヤチオヒメはまだ治療中だよ。毒はすぐに吐き出させたから、すぐに良くなると思う」


 その言葉に、私の緊張感が一気に口から抜けていく。

 そしてウヅキは更に目に水を張って、それを川の様に輝かせる。


「ナナナキヒメは、もう完全に毒が抜けたよ。本当にすごいよ」


 ――――泣き崩れるウヅキ。

 仲間の仇が討たれ、ナナナキヒメも完治した。故に、雪の様に積もり続けていた彼の想いが浄化され、ようやく一息つけるいった感じだろう。


「本当に、本当に、ありがとうございました」


 彼はずっと頭を下げていた。妹が攫われ、仲間が喰われ、村長が危篤になり、ナナナキヒメを看病しつづけ……。

 だから彼の視線はずっと下に向いていた。


「いいんだよウヅキ。もう、頭を上げても」


 彼の視線が私に向く。

 そうして彼はひたすら泣いた。村が襲われても、ミカヅキが息を吹き返しても泣かなかったウヅキがだ。


「本当に、よく頑張ったね」


 そう言って私は、彼の白銀に輝く頭を撫でた。時々耳が手に当たるが、それがまた心地いい。


「――――ソウ様!」


 騒ぎを聞きつけたナナナキヒメが、その顔に笑みを浮かべてミカヅキの家から飛び出してくる。


「無事だったんだね!」


 こちらに走って来るやいなや、彼女は膝を着いて私に抱き着いてきた。やはりどうにも私は、この世界に来てから美女に囲まれている。


「ナナナキヒメは、もう大丈夫?」

「うん! ナナナキはもう大丈夫だよ」

 彼女もまた、私の袴を涙で濡らす。

「ごめんね。……ごめんね。あんな嫌な思いさせて」


 オガ夫婦を斬らせたことに、彼女は詫びているのだろう。しかし、彼女の涙と笑顔を見れば、そんな事はもうどうでもよかった。


「いいんだよ。私は大丈夫」


 そう言って私は、抱き着く彼女をそっと遠ざけ、涙の浮かぶ蒼色の目に笑顔を映させる。


「それとさナナナキヒメ、一つお願いがあるんだけど」

「……お願い?」


 ――――私はそれから、事細かく彼女に事情を説明した。

 朱迎大川が主を失った事。そのおかげで川が荒れ、民が苦しんでいる事。そして天つ神が代わりの神を探している事。


「それでね。ナナナキヒメに朱迎大川を治めてほしいんだけど……」

 私がその言葉を口にすると、彼女の目からは涙が零れ始める。

「私が、あの大川たいせんの神に……?」

「それがいいよっ。ナナナキヒメなら適任だよ!」


 それまで静かに聞いていたウヅキが声を張る。なぜウヅキが、ここまでナナナキヒメに肩入れするかは何となく分かっていた。


 彼女は久比川の半蛇神。誰からも見向きもされない久比川は、いずれ枯れ果ててしまう。そうすれば、ナナナキヒメもこの世から消えてしまうからだ。


「いいでしょ?」


 ウヅキの言葉に驚いた様子のナナナキ。だから再び、彼女の顔を私に向けさせる。


「あなたなら、大丈夫」

「…………そ、そんな。わた、私がぁ」


 涙を流すナナナキヒメ。彼女の頬から滴り落ちるその涙は、これまで流れることの無かった、美しい喜びの涙だ。


「――――私が、うぐっ。こんなに幸せで、っひぐ……。よいのでしょうか?」


 途端に私の視界が歪む。世界が歪んだのじゃない。これは、紛うことなき、私の涙だ。


「……いっ。いい。いいんだよ! もうあなたはッ。十分苦しんだからッ!」


 それからは、目玉が壊れたのかと思うくらい泣いた。

 私が、ナナナキヒメの願いを叶えられたのかは分からない。

 しかしナナナキヒメには、十分幸せになる資格がある。小川の神として生まれ、たった一人で森を彷徨い、妖に攫われ、ここまで一人で必死に戦ってきた。


 これだけの事実を見れば、彼女の願いは、叶えるだけの価値があったのだ。


 その涙を見て、彼女と共に泣き合う私を考えると、少なくとも、私達の願いは叶えられているのだと感じる。



 ――――それから私とユキメは、一度天千陽に帰ることにした。もちろんすぐに西ノ宮に戻るつもりだ。なにせ、まだ宴が終わっていないのだから。

 それに、泥だらけの体のままでは、心の底から楽しめないしね。


「あら、ソウ様にユキメ。随分早かったのね」

「疲れたあ。ただいまぁ」


 家に帰ると、まだ昼時なので中には侍女しかいなかった。私は両親に会いたかったが、仕事中ならば致し方ない。


「少し休みましょう」


 ユキメが私にそう言ってくれた。

 確かに私の姿は、とても人様に見せられるものではなかった。袴は泥や血で汚れ、髪の毛には砂が絡んで荒々しくなっている。


「じゃあ私、お風呂入ってくるね」

「かしこまりました」

 しかしユキメも、私と同じくらい汚れている。……仕方ない。

「一緒に入る?」


 その言葉に、ユキメはみるみる表情を明るくさせた。

 ――――袴を脱がしてもらい、髪を洗ってもらい、背中を流してもらい。私とユキメの時間は、ただただ足早に過ぎて行ってしまった。


 当たり前のように用意されている着替え。当り前のように感じる人の温もり。当り前のように傍に居てくれる人。


 どれもこれも、私がどれだけ手を伸ばしても届かなかったもの。それが今、私の手の中に帰って来たのだ。


「…………幸せだ」


「何か、おっしゃいましたか?」


「ううん。なにも」


「そうですか。ユキメはソウ様の女官です。何事も遠慮なく言ってくださいね」


「分かってるよ。頼りにしてる」


「…………あっ。ありがたきお言葉っ」


「もう、そのすぐ泣くクセ治したら?」


「うぐ。申し訳ありません」


「………………ねえユキメ」


「……何でしょう?」



 この物語は、私の物語だ。

 家族がいて、友がいて、頼れる人がいて。

 誰かとご飯を食べて、誰かと一緒に笑って、誰かと一緒に泣いて。誰かと一緒に戦って。

 この物語は確かに、かげないのない、私のもう一つの人生だ。


「これからもずっと、私のそばにいてね」


 ここまでのご愛読、誠にありがとうございます。


物語はこのままエピローグに入ります。もう少しだけお付き合いくださいませ。

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