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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
55/202

龍の如し力、神の如し精神

龍文書―54


【鎌】:草刈り、稲刈り、首刈り、何でも刈れる逸品。命を刈り獲る形をしt……


 ユキメの背から降り、地に足を着ける。


 目の前には一棟の平屋。市街地からそのまま持ってきたような不気味さを放っているが、それを照らすかのように太陽が輝く。


「こっ、これはこれは、天つ神様! 再び足を運んでくださって感謝の極みでございます!」

 家の中から駆け出してきたオガ夫婦は、そう言って私達の前で胡麻を摺る。

「頭を下げよ! 天陽大神が見ておられる!」

 巨神サカマキの変わらずの大声。しかし今はそれくらいが丁度いい。

「は、ははあ!」


 しかし彼らは、不思議そうな顔であたりを見回す。


「お、恐れながら。天陽大神は何処に……?」

「大御神は、いつも天から見守っていますよ」


 頭を下げ続けるオガ夫婦は、目の前に立つ私に“なんだこのガキは”とでも言いたそうな目を向ける。

 そしてここで、満を持していたかのようにカナビコが口を開く。


「お主ら、この者に見覚えは無いか?」


 翁はそう言って、風に変えていたナナナキヒメを元の姿へと戻す。しかし先程は殺したい等と叫んでいたナナナキヒメだったが、いざ彼らを前にしたとき、彼女は怯え、カナビコの後ろに隠れてしまった。

 ――――そして突如目の前に現れた彼女を見て、彼らは腰を抜かした。


「な、何で!」

「頭を下げよッ!」


 サカマキのとてつもない轟音が山に響く。


「何で生きているんだって言いたいんですか?」


 サカマキとは違い、私は静かに彼らに問う。


「そ、そそそ、そのような者は断じて知りませぬ!」

 

 老婆がその言葉を放った時、ナナナキはカナビコの影から出てきた。その表情に強く怒りを浮かべながら。


「よくも、よくもそんな事が言えますね」

「……あ。っあああ」


 彼女の言葉を聞き、オガ夫婦はもはや言い逃れが出来ずうろたえる。

 しかしナナナキヒメは怒るどころか、意外にもその目をじんわりと潤わせ、紅色の口元を僅かに歪めた。


「あ、あなたたちに拾われた時、ナナナキは嬉しかった」


 老夫婦を見た瞬間すぐにでも殺そうと飛び掛かると思ったが、否、彼女はその目に涙を浮かべたのだ。


久比くび川を信仰していると言われた時、ナナナキは初めて誰かに愛されていると感じました。こんなにも小さな川だけれど、誰かに必要とされているのだと」


 彼女は涙を拭いながら続ける。


「あなた方は確かに、私を川から引き離しました。それは許せません」


 何かの糸が切れたように涙をこぼし、声を湿らせ、鼻をすする。


「それでも、この家で囲炉裏を囲んだ時、歪な形だけれど、私は家族というものを知りました」


 頭を下げ、面を伏せた老夫婦。彼女の言葉を聞き、彼らは今どんな表情を浮かべているのだろう。


「このままこの家で過ごすのもいいかもしれないと思ってた。私は小さくて弱かったから、森の中で一人で過ごすよりもよっぽどいいかなって……」


 ナナナキは、彼らとの思い出をすべて吐き出すかのように、唯一の目から涙を噴き出させる。


「あなた方と過ごした日々は、辛くて大変だったけど楽しかったっ」

 止まぬ嗚咽。

「一人で村々を回り、足も痛かったけど、家に帰れば用意されているご飯が嬉しかったっ」

 涙が落ちる。

「初めてっ……誰かと食べるご飯が、美味しかったのです」

 

 そうしてナナナキヒメは頭を下げる。


「だから最後に、お礼を言わせてください」


 地面に小さなシミ。それも一つや二つだけではない。彼女の思いの数だけ、その涙は乾いた地面を濡らした。


「ここまで育ててくださり、…………ありがとうございました」


 太陽が輝き、家の日陰に被っていた彼女の影を、強く浮かび上がらせる。

 復讐などと叫んではいたが、あの涙にも色々なものが詰まっていたのだ。


「ナナナキや」

 オガの老爺が口を開く。

「………………くも」


 しかし声が震えており、何を言っているのか聞き取れない。


「……よくもぉ、よくもわしらの邪魔をしてくれたなァッ!」


 老爺は懐から鎌を取り出すと、彼らのために首を垂れ涙を流したナナナキに、無情にもそれを振り下ろした。


 そして地面に真っ赤な血が滴る。

 憂う少女の涙も乾かぬうちに、それを血で汚した老爺。その時、私の頭は真っ白になった。


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