龍の如し力、神の如し精神
龍文書―54
【鎌】:草刈り、稲刈り、首刈り、何でも刈れる逸品。命を刈り獲る形をしt……
ユキメの背から降り、地に足を着ける。
目の前には一棟の平屋。市街地からそのまま持ってきたような不気味さを放っているが、それを照らすかのように太陽が輝く。
「こっ、これはこれは、天つ神様! 再び足を運んでくださって感謝の極みでございます!」
家の中から駆け出してきたオガ夫婦は、そう言って私達の前で胡麻を摺る。
「頭を下げよ! 天陽大神が見ておられる!」
巨神サカマキの変わらずの大声。しかし今はそれくらいが丁度いい。
「は、ははあ!」
しかし彼らは、不思議そうな顔であたりを見回す。
「お、恐れながら。天陽大神は何処に……?」
「大御神は、いつも天から見守っていますよ」
頭を下げ続けるオガ夫婦は、目の前に立つ私に“なんだこのガキは”とでも言いたそうな目を向ける。
そしてここで、満を持していたかのようにカナビコが口を開く。
「お主ら、この者に見覚えは無いか?」
翁はそう言って、風に変えていたナナナキヒメを元の姿へと戻す。しかし先程は殺したい等と叫んでいたナナナキヒメだったが、いざ彼らを前にしたとき、彼女は怯え、カナビコの後ろに隠れてしまった。
――――そして突如目の前に現れた彼女を見て、彼らは腰を抜かした。
「な、何で!」
「頭を下げよッ!」
サカマキのとてつもない轟音が山に響く。
「何で生きているんだって言いたいんですか?」
サカマキとは違い、私は静かに彼らに問う。
「そ、そそそ、そのような者は断じて知りませぬ!」
老婆がその言葉を放った時、ナナナキはカナビコの影から出てきた。その表情に強く怒りを浮かべながら。
「よくも、よくもそんな事が言えますね」
「……あ。っあああ」
彼女の言葉を聞き、オガ夫婦はもはや言い逃れが出来ずうろたえる。
しかしナナナキヒメは怒るどころか、意外にもその目をじんわりと潤わせ、紅色の口元を僅かに歪めた。
「あ、あなたたちに拾われた時、ナナナキは嬉しかった」
老夫婦を見た瞬間すぐにでも殺そうと飛び掛かると思ったが、否、彼女はその目に涙を浮かべたのだ。
「久比川を信仰していると言われた時、ナナナキは初めて誰かに愛されていると感じました。こんなにも小さな川だけれど、誰かに必要とされているのだと」
彼女は涙を拭いながら続ける。
「あなた方は確かに、私を川から引き離しました。それは許せません」
何かの糸が切れたように涙をこぼし、声を湿らせ、鼻をすする。
「それでも、この家で囲炉裏を囲んだ時、歪な形だけれど、私は家族というものを知りました」
頭を下げ、面を伏せた老夫婦。彼女の言葉を聞き、彼らは今どんな表情を浮かべているのだろう。
「このままこの家で過ごすのもいいかもしれないと思ってた。私は小さくて弱かったから、森の中で一人で過ごすよりもよっぽどいいかなって……」
ナナナキは、彼らとの思い出をすべて吐き出すかのように、唯一の目から涙を噴き出させる。
「あなた方と過ごした日々は、辛くて大変だったけど楽しかったっ」
止まぬ嗚咽。
「一人で村々を回り、足も痛かったけど、家に帰れば用意されているご飯が嬉しかったっ」
涙が落ちる。
「初めてっ……誰かと食べるご飯が、美味しかったのです」
そうしてナナナキヒメは頭を下げる。
「だから最後に、お礼を言わせてください」
地面に小さなシミ。それも一つや二つだけではない。彼女の思いの数だけ、その涙は乾いた地面を濡らした。
「ここまで育ててくださり、…………ありがとうございました」
太陽が輝き、家の日陰に被っていた彼女の影を、強く浮かび上がらせる。
復讐などと叫んではいたが、あの涙にも色々なものが詰まっていたのだ。
「ナナナキや」
オガの老爺が口を開く。
「………………くも」
しかし声が震えており、何を言っているのか聞き取れない。
「……よくもぉ、よくもわしらの邪魔をしてくれたなァッ!」
老爺は懐から鎌を取り出すと、彼らのために首を垂れ涙を流したナナナキに、無情にもそれを振り下ろした。
そして地面に真っ赤な血が滴る。
憂う少女の涙も乾かぬうちに、それを血で汚した老爺。その時、私の頭は真っ白になった。




