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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
54/202

怒れば龍の烈火の如く

龍文書―53


【大熊の肝】:苦みが強く、臭い。どんなに料理上手でもお手上げ。肝の酒漬けは、どんな酒豪もぶっ倒れるほど不味い。


「その贈り物って?」


 しかし私の言葉に反応せず、ナナナキヒメは周りの木より少し大きな大木の根元を掘り始めた。


「手伝おっか?」


 ――――無視。

 最早無駄だと思ったので、私は彼女が目当ての物を掘り起こすのを、ただただじっと眺めていた。…………すると。


「……ない」

 しばらく掘り進んだ後、彼女は肩を落として小さく呟いた。

「ないって、送り物が?」

「――そんな! ここに隠しておいた筈なのに!」


 血眼になって辺りも掘り始めるナナナキヒメ。かける言葉も見つからない。と言うより、言葉を掛けたくとも、彼女の形相がそれを止めさせるのだ。


「どこッ! どこに行ったのよッ、何で!」

「……ソウ様」


 ユキメが身体を寄せてくる。彼女もナナナキヒメの異常な行動に何かを感じたのだろう。


「……お主らか? お主らが奪ったのだなッ!?」

 遂に彼女は私たちにも怒りの矛先を向けた。しかしサカマキは動じない。

「えっ。私たちは何も……」

「返せッ! あれは私の物だぞ!」


 唯一の蒼眼を大きく見開くナナナキ。その瞳孔は糸のように細く、まるで龍人族のような目をしている。


「返さぬと言うのであればッ!」

「――――探し物はこれじゃろ?」


 一触即発。

 その言葉が頭を過った瞬間。ふと風のように翁カナビコが姿を現した。その手に小さな包を持って。


 それは土で汚れた小包。それを見た瞬間、ナナナキヒメは身構え、指の爪を尖らせながらカナビコに襲い掛かろうとした。


「動くでない」


 しかしカナビコはそれに動じず、どこからか拾ってきた木の枝を彼女に向けた。

 対するナナナキも、自身に向けられた枝先を警戒し、その身をたじろがせる。


「お聞き入れ感謝申す。……それと、コレは返そう」


 そう言ってカナビコは、小包みを彼女に手渡すが。しかし人の物を奪っておきながら何を言ってるんだ。と、状況に追いつけず混乱する私。


「中身を見て、しまわれたのですか?」


 赤い液体が滲む小包。それを大事そうに懐に入れて、彼女は小さく問いただす。


「うむ。大熊の肝じゃな」

「…………え?」


 その言葉に私は肝を抜かれる。

 ――大熊の肝? ヤヅノ蛇神の好物だ。何で 彼女はそんなものを。まさかクマの死体を盗んだ犯人って…………。


「ナナナキ比売ヒメよ。お主に問う。なに故うぬは大熊の肝なぞ隠しておったのじゃ?」


 カナビコが問うと、彼女は膝から崩れ落ち、細かった瞳孔を丸くして涙を浮かべる。

 そうして林に響き渡るのは、鳥のさえずりのような泣き声。その悲しげな哀哭。

 乾いた落ち葉が涙をすすり、その端端に至るまで潤いを取り戻した時、彼女はゆっくりと口を開く。


「…………私は、この黄美山の小さな川から生まれた神でした」


 涙を流すが、もはや光が宿っていない眼。そんな虚ろな表情を浮かべて、彼女は語り始める。


「信仰も少なく、力を保つのがやっとだった私は、ただただこの山を彷徨っていました」

 拭っても拭っても溢れる涙を滴らせながら、彼女は続ける。

「ある日、私の前に二柱の夫婦が現れてこう言いました。『私たちは貴女様を信仰する者です』と」


 ――――二柱の夫婦? いや、まさかな。


「あの時の私にとって、その言葉はとても嬉しい言葉でした。ですが、その嬉しさも束の間、彼らは私をさらい、川から遠く離れた場所に私を閉じ込めました」


 …………神を攫う夫婦。やはりユキメの言う通りだったって訳か。

 私たちの推測が、確信へと変わった瞬間だった。


「夫婦は私に言いました。『アナタは美しいから完璧な神様になりなさい、そうすれば家に帰してあげる』と。だから私は頑張りました。何里も離れた村々へ行き、信仰を集めました」


 とても嘘をついている様には見えない憂い表情。泣くのを我慢して必死に話す様を見て、私はとても耐えられそうになかった……。


「でも私は駄目でした。小さな川だから、誰も奉ってくれませんでした。そしたら、あのおばさんが怒って、『お前はもういらない』って」


 ――――私を包む腕に力が入る。そんなユキメの怒りが、私を冷静のままでいさせてくれた。


「それで、あの夫婦に出されたご飯を食べたら、身体が燃えるように熱くなって、息も出来なくなって、気付いたら私は食べられてて……」

「もうよい」


 カナビコは片膝を着き、項垂れる彼女の頭に手を置いた。

 相当悔しかったんだろうな。だから熊の肝を使って蛇神を呼び、オガ夫婦を襲わせようとしたのだろう。


「ねえ。ナナナキヒメの家族って?」


 今の話から何となく気付いていたが、それでも聞かずにはいられなかった。


「いない。私は自然から生まれた神だから」

「じゃあ、私達に案内しようとしてた場所って」


 私がそう聞くと、彼女は着物の袖を強く握りしめる。布のひしめき合う音が聞こえるくらいに。


「あの夫婦のところ……。私、あいつらが許せなくって。それで……。それで」


 目じりにシワが出来る程、彼女は強くまぶたを閉じる。それでも窮屈そうに溢れる涙は、彼女の感情を強く表していた。

 何も悪い事をしていないのに降りかかった不幸。故に彼女は…………。


「復讐しようとしたんだね」


 私がその言葉を出すと、彼女は堪えていた涙を噴き出させる。


「――――だってッ! 痛かったから! 悔しかったからぁッ!」

 精一杯口を開けて泣き叫ぶナナナキ。

「どうしてほしい?」


 ――――私は彼女の耳元でそう囁いた。


「殺してッ! 腕を千切って、目をくりぬいて、私に食べさせて」

 叫び、彼女はそのまま泣き伏せてしまった。

「なりませぬぞナナナキ殿。それではお主が荒ぶる神になってしまう」


 あくまでも公平な立場である天つ神カナビコは、彼女を言葉で止めた。

 しかし龍人わたしは、彼女の“願い”を確かに聞き入れた。


 アマハル様は幸せを願う神。他人を傷つけるような願いは決して聞かない。それじゃあ、こうして誰かから幸せを奪われた者は、一体誰に願えばいいのだろう。

 その考えがずっと心の中で引っかかっていた。歯に挟まった肉の繊維のように。初めて祝詞を奏上したあの時からずっと。


「……私が叶えればいいんだ」


 困った人を見過ごせないのは私も同じだ。でもアマハル様は、体裁を保つために不純な願いを聞くことは出来ない。


 だからあの時、彼女は私に言ったんだ。「私は()()の幸せを願う神」だと。


 私の性格を知っていたから、アマハル様は私を神使にしたのだ。彼女に出来ないことを、私にしてほしかったから。

 だったら最初からそう言ってよ。本当に、JKのような分かりづらい心の持ち主だ。


「ナナナキヒメ。お主の願い、確と聞き入れたぞ」


 私の言葉を聞いていたかは分からない。それでも私は、天を仰いで慟哭する彼女の耳元でそう囁いた。


「纏い…………?」


 静かに読み上げる祝詞。何をしようとしているか、ユキメには分かったのかもしれない。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」

 最後のことば。その瞬間、私の身体が神を纏う。

「日、陽。祈願、所願成就」


 私は願う。“善良なる人々を幸せにできる程の力を、どうか私にお与えください”


「誤るでないぞ。ひふみ」


 私とアマハル様だけの世界。そこで彼女は確かに、その言葉を私に言った。


「――――あぁ、大御神様」

「――――我が君ッ!」


 カナビコとサカマキが私にお辞儀をする。腰を曲げての最敬礼。そのお辞儀は確かに私へと向けられたもの。


「ソウ様……。なのですよね?」


 片膝を着き、見知らぬ誰かを見るような目を向けるユキメ。そんな彼女の頭に、私はそっと手を添える。


「私の龍よ、荒ぶる神の元へ、私を連れていきなさい」

「大神……様?」


 彼女の額に汗が伝う。

 ユキメが私に向ける目は、最早いつもの眼差しではない。それは私も分かっている。

 私が私じゃない感覚。私という存在を、背後から眺めて操っている様だ。


神憑かみつき…………?」


 カナビコの口から出てきた言葉、神憑。まさに自身の身体を神に捧げる術。しかし今の私は、確かに私自身であり、この体も確かに私の物だ。


「ユキメ、……大丈夫だよ」


 私が微笑むと、ユキメはいつもの表情に戻った。


「さあ、行こ」



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