ここ掘れワンワン?
龍文書―52
【風の神】:風を司る神。一吹きすれば木は倒れ、諸手で扇げば山が飛ぶ。その身を風に変化させ、疾風の如く駆ける。
「ふむ。ナナナキ殿のご家族ですか……」
いつものおおらかな感じとは違う表情で彼は唸る。持ち前の判断力はどうした。
「よいではないかカナビコ! 私はソウ様に賛成だぞ!」
「そうか。サカマキがそう言うのであれば、どうやら多数決は儂の負けの様じゃのう」
皿を割ってしまったような暗い表情。
なんだ? なんでこんなに渋るんだ?
「なんか引っかかる事でもあるの?」
「いえいえ。このカナビコ、人助けは望むところですぞ」
私がそう言って疑問をぶつけると、カナビコは直ぐに笑顔を作って出発の準備をした。何か嫌な予感がする。
「――――では、わしは先に山に入って調査の続きをする。サカマキ、女神たちはお主に任せたぞ」
「分かった! お主も気をつけろよ!」
ミカヅキ本陣を出て、気持ちの良い朝日を浴びながら支度を済ませていると、彼は私たちの前でそう言った。
「……え、付いてこないの?」
お得意の不安顔を彼に向ける。だが別に彼が来ないから不安という訳ではない。私は彼にどことなく不信感をもっているのだ。
「はっはっは。ソウ様は心配性ですなあ」
声高らかに笑う。私がそれに少し腹立たしさを感じていると、彼はこう続ける。
「わしのことは心配に及びませぬ。それに、またすぐに会う事になりましょうぞ」
思った通りだ。やはり彼は昨日から私たちに隠し事をしている。それはサカマキも例外ではない。
「カナビコ達さ、昨日山で調べたいことがあるって言ってたけど、本当は山で何してたの?」
私は声を強張らせた。しかし彼は絶えず微笑んだまま、私に深々とお辞儀をした。
「ソウ様。どうかわしらを信用してください」
「カナビコ様、ソウ様が聞いておられるのです。どうか答えてはくれませぬか」
私を背負いながらユキメも声をとがらせる。誰にも負けたことの無いユキメの目力。しかしカナビコには通用しなかった。
「ユキメ殿。お主は良い付き人じゃ。決してソウ様を離すでないぞ」
「言われずとも……」
「――――さあ、太陽も登りました。風もわしらの背から吹いておる」
ユキメの反論を遮り、カナビコは何かいい事を言おうとしている。
「故に、何も心配はいりませぬぞ!」
そう言ってカナビコは姿を消した。言葉通り、本当に目の前から消えたのだ。
「え。消えた?」
「カナビコは風の神です! 故に姿を空に変える事も出来るのです!」
サカマキのその言葉を聞いた刹那、ユキメの表情が今まで見たこともないくらい硬くなる。
「風の神……」
「何か知ってるの?」
「はい。風の神は、この世に数柱といない神です。非常に強力な力を持つため、神使と契約することを禁止さされるほどです」
おいおい。あの爺さん、そんな凄い神だったのかよ。
そんなロマンあふれる事実を知るまで、私は正直カナビコの事を舐めていた。だが改めて、アマハル様の側近の凄まじさを思い知ったのだ。
「じゃあ。サカマキは何の神なの?」
ガチャを引くような感覚。私は興味本位で聞いてみる。
「私は! 草の神です!」
「草」
スラングではない。私は別の意味で驚きを隠せなかった。
「それではそろそろ、私たちも参りましょう」
草という、なんとも言えない感情を持たせてくるサカマキに少し肩の力が抜けた私だったが、ユキメの手を叩く音でなんとか気持ちを切り替えた。
そうしてユキメが私を背負い、サカマキはナナナキヒメを背負って、いざ黄美山の中へと足を踏み入れた。
――――ナナナキヒメの案内の元、私達はどんどん山奥へと突き進んでゆく。そしてもはや龍脚のスピードにも慣れてしまい、私は少しばかり落胆。
「ねえユキメ。草の神って実際どうなの? 強いの?」
道中、私は我慢できず、つい草の神についてユキメに聞いてしまう。
「私もよくは知りません。草ゆえに柱数は多いのですが、謎の多い神であることに違いはありません」
私の質問に答えてくれるが、ユキメはしっかりと前だけを見て走る。
「そうなんだ。……なんか、あんまり凄そうな神様じゃないね」
「はい。ただ、草の神はみな矮小な姿をしています。ですから、サカマキ様の巨体はどう考えても不自然なのです」
神様についての知識は深くないが、彼女がそう言うのだから、サカマキにはまだまだ隠された力があるという訳だ。
そう思うと、少しロマンがある。
「ちなみになんだけど、草の神と契約している神使っているの?」
「星の数ほどいますよ」
「あらそう」
前言撤回だ。私の中にあった少しのロマンは、早くも星の塵と化した。
――――するとここで、前方を走っていたサカマキがスピードを落とした。
「どうされましたか?」
速度を緩め、ユキメはサカマキの横に並んで問う。
「ナナナキ殿が! この辺りに少し寄りたかったと言うので!」
私とユキメは、高難度のクイズを出されたかのように眉をひそめる。ただ、サカマキからはそう言った様子は伺えない。まるで、ここに来ることを分かっていたようだ。
しかしこんな所に何の用だ?
「このような所に何かあるのですか?」
「分かりませぬ! それはナナナキ殿にしか!」
ユキメの言う通り、私達が立ち止まった場所は何の変哲もない場所だった。
見渡す限り木々で囲まれており、当然家などの人工物はない。そこは鳥の泣き声だけが寂しく木霊するだけで、私達が求めるような物は何もないへんぴな場所だ。
「ここに何があるの?」
私はユキメの背中から飛び降り、何かを探すようにきょろきょろと見回すナナナキヒメに問う。
「この辺の木の根元にね、家族へ渡すために隠しておいた贈り物があるんだ」
「贈り物?」
――――こんな場所にか?
そうして彼女は探し物を見つけたのか、目を丸くして少し大きな木の根元へ駆け寄った。




