笑えば満開の桜の如く
龍文書―51
【夜】:物の怪が活発になる時間。夜に山へ行けば、たちまち彼らの餌食になってしまうだろう。
――――翌日、いつも通りの朝を過ごした私達は、再び天千陽から西ノ宮へと降り立った。
父母には相変わらず“武鞭のため"と嘘をついているが、その嘘を吐き続ける私の精神はかなり参っている。
西ノ宮に着いてすぐ、私たちがミカヅキ本陣に行くと、先鉾の翁と巨神が既に入っており、居間の囲炉裏でお茶を飲んでくつろいでいた。
「お早うございますッ!」
朝からうるさい。と、顔の周りを飛ぶコバエの様な鬱陶しさを感じる私。
これを毎朝聞いているアマハル様は、一体どんな気持ちなんだろ。
「おはようございます」
眠い目をこすって挨拶を返す。
だが昨夜は思ったほかすんなりと眠りに就けた。泣き疲れってやつなのだろうか、昨日の私はかなり疲れていたのだ。
「お早うございます。ソウ様。ユキメ殿」
サカマキとは違ってしとやかに挨拶を返す翁カナビコ。年相応と言った余裕を感じる。
「ナナナキ殿の様子は、もうご覧になりましたか?」
「うん。すごい回復してて驚いちゃった」
私が笑みを浮かべてそう言うと、カナビコはまだ何か、サプライズでもあるかのように笑顔を浮かべる。
「……え、なに? なんかあった?」
十代さながらのにやけ顔に不気味さを感じつつも、聞いてほしくてたまらなそうな表情を作るカナビコに私は問う。
「ふふふ。聞いて驚くなかれ。実はナナナキ殿の容体が、昨晩で一気に回復したのじゃ」
「え。マジで?」
「本気じゃ」
まるで自分の娘の事を話すかのようなカナビコ。しかしそれに構うことなく、私は急いでナナナキヒメの部屋へと向かった。
――――そしてすこしガサついた襖を叩く。
「どうぞ」
ハスキーで柔らかい声が扉の奥から聞こえてくる。
そしてゆっくり、覗き見るかのように扉を開けると、満開の桜を思わせるような爽やかな香りが、風に乗って私の鼻を貫く。
「お早うございます」
上体を起こし、縁側から入る風をその身に受けるナナナキヒメ。透き通るかのような肌は光を反射し、艶のある髪は風の中を泳いでいる。
「……マジじゃん」
初めて会った時とは比べ物にならない程の美少女。片腕が無く、目には眼帯をしているが、それでも彼女の美しさが欠けることは無かった。
――――まるで醜い幼虫が、美しい蝶へと羽化した瞬間を見たような気分だ。
「天都の神々にはなんとお礼を申せばいいのか。本当に、ありがとうございます」
彼女は深々と頭を下げる。
最近、誰かに頭を下げられることが多くなった。果たして、素直に喜んで良い物なのだろうか。
「いいんだよそんなの。大したことはしてないし」
彼女がここまで回復したのは、彼女自身の治癒力あってのものだ。私の願いがどれだけの助けになったかは分からないが、そこだけは違わない。
「…………ところで、ナナナキヒメをあんな姿にしたのは一体誰なの?」
もっと喜んでいたいところだったが、未だ何一つ解決できず、ただただ積み重なる問題が私の心を焦らせた。
「その前に私、家族に会いたいな……」
「え?」
彼女は自らの姿をまじまじと眺めながら笑う。
「だって、こんなにも綺麗になったんですもの。私の心配をしている家族に、早くこの姿を見せてあげたいわ」
そんな彼女の気持ちは痛いくらい伝わって来た。
毒に身体を蝕まれ、ヤヅノ蛇神に腕を食われ、今日まで寝たきりの生活だったのだ。そう言いだすのも不思議ではない。
「もちろん。早く安心させたいもんね」
彼女の笑顔に見入ってしまうが、まだ影の残るその表情に私は少し違和感を覚えた。
「ええ。一体どんな顔をしてくれるか、今からでも楽しみだわ」
「でも、ナナナキヒメのご家族って、どこに暮らしているの?」
会わせてあげたいのは山々だが、彼女は最初、その家族の居場所を教えてくれなかった。果たして心代わりしてくれたのだろうか……。
「アナタたちは悪い人じゃないし、特別に教えてあげるわ」
――――心配は無用だった。どうやら信用してくれたみたいだ。
「だから私が案内してあげるね」
ということで、私は早速カナビコとサカマキに事情を説明した。“正義感の強い彼らの事だから、必ず承諾してくれる"と、強い自信を持って。




