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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
52/202

笑えば満開の桜の如く

龍文書―51


【夜】:物の怪が活発になる時間。夜に山へ行けば、たちまち彼らの餌食になってしまうだろう。

 ――――翌日、いつも通りの朝を過ごした私達は、再び天千陽から西ノ宮へと降り立った。

 父母には相変わらず“武鞭のため"と嘘をついているが、その嘘を吐き続ける私の精神はかなり参っている。


 西ノ宮に着いてすぐ、私たちがミカヅキ本陣に行くと、先鉾の翁と巨神が既に入っており、居間の囲炉裏でお茶を飲んでくつろいでいた。


「お早うございますッ!」


 朝からうるさい。と、顔の周りを飛ぶコバエの様な鬱陶しさを感じる私。

 これを毎朝聞いているアマハル様は、一体どんな気持ちなんだろ。


「おはようございます」


 眠い目をこすって挨拶を返す。

 だが昨夜は思ったほかすんなりと眠りに就けた。泣き疲れってやつなのだろうか、昨日の私はかなり疲れていたのだ。


「お早うございます。ソウ様。ユキメ殿」


 サカマキとは違ってしとやかに挨拶を返す翁カナビコ。年相応と言った余裕を感じる。


「ナナナキ殿の様子は、もうご覧になりましたか?」

「うん。すごい回復してて驚いちゃった」


 私が笑みを浮かべてそう言うと、カナビコはまだ何か、サプライズでもあるかのように笑顔を浮かべる。


「……え、なに? なんかあった?」


 十代さながらのにやけ顔に不気味さを感じつつも、聞いてほしくてたまらなそうな表情を作るカナビコに私は問う。


「ふふふ。聞いて驚くなかれ。実はナナナキ殿の容体が、昨晩で一気に回復したのじゃ」

「え。マジで?」

本気まじじゃ」


 まるで自分の娘の事を話すかのようなカナビコ。しかしそれに構うことなく、私は急いでナナナキヒメの部屋へと向かった。


 ――――そしてすこしガサついた襖を叩く。


「どうぞ」


 ハスキーで柔らかい声が扉の奥から聞こえてくる。

 そしてゆっくり、覗き見るかのように扉を開けると、満開の桜を思わせるような爽やかな香りが、風に乗って私の鼻を貫く。


「お早うございます」


 上体を起こし、縁側から入る風をその身に受けるナナナキヒメ。透き通るかのような肌は光を反射し、艶のある髪は風の中を泳いでいる。


「……マジじゃん」


 初めて会った時とは比べ物にならない程の美少女。片腕が無く、目には眼帯をしているが、それでも彼女の美しさが欠けることは無かった。

 ――――まるで醜い幼虫が、美しい蝶へと羽化した瞬間を見たような気分だ。


「天都の神々にはなんとお礼を申せばいいのか。本当に、ありがとうございます」


 彼女は深々と頭を下げる。

 最近、誰かに頭を下げられることが多くなった。果たして、素直に喜んで良い物なのだろうか。


「いいんだよそんなの。大したことはしてないし」


 彼女がここまで回復したのは、彼女自身の治癒力あってのものだ。私の願いがどれだけの助けになったかは分からないが、そこだけは違わない。


「…………ところで、ナナナキヒメをあんな姿にしたのは一体誰なの?」


 もっと喜んでいたいところだったが、未だ何一つ解決できず、ただただ積み重なる問題が私の心を焦らせた。


「その前に私、家族に会いたいな……」

「え?」

 彼女は自らの姿をまじまじと眺めながら笑う。

「だって、こんなにも綺麗になったんですもの。私の心配をしている家族に、早くこの姿を見せてあげたいわ」


 そんな彼女の気持ちは痛いくらい伝わって来た。

 毒に身体を蝕まれ、ヤヅノ蛇神に腕を食われ、今日まで寝たきりの生活だったのだ。そう言いだすのも不思議ではない。


「もちろん。早く安心させたいもんね」


 彼女の笑顔に見入ってしまうが、まだ影の残るその表情に私は少し違和感を覚えた。


「ええ。一体どんな顔をしてくれるか、今からでも楽しみだわ」

「でも、ナナナキヒメのご家族って、どこに暮らしているの?」


 会わせてあげたいのは山々だが、彼女は最初、その家族の居場所を教えてくれなかった。果たして心代わりしてくれたのだろうか……。


「アナタたちは悪い人じゃないし、特別に教えてあげるわ」

 ――――心配は無用だった。どうやら信用してくれたみたいだ。

「だから私が案内してあげるね」


 ということで、私は早速カナビコとサカマキに事情を説明した。“正義感の強い彼らの事だから、必ず承諾してくれる"と、強い自信を持って。



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