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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
51/202

伸ばした腕は何も掴めず

龍文書―50


【ミカヅキ】:白兎族の村長。背が小さく、全体的に丸っこい。

 ――――しかし、まだ完全に回復したわけではないミカヅキは、腕の傷口を抑えながら苦しそうに唸る。

 巻かれた包帯に血がにじむ。それは虫食いのようにどんどん広がっていった。


「おじいちゃん!」

「村長!」

 ユウヅキとウヅキ。更に他の白兎族も心配そうにミカヅキの身を案じる。

「大丈夫じゃ。……ウヅキ。すまんが、ユウヅキを連れて外に出ておれ」


 呼吸のような掠れた声。彼は今、想像も絶するほどの痛みと戦っているのだろう。

 それでも、自身が苦しむ姿を見せたくないのか、ミカヅキは気丈に振舞いながら、微笑んでウヅキにそう言った。


「うん。分かった」

「いやだ! ユウヅキはおじいちゃんといる!」

「駄目だよユウヅキ。村長は疲れてるんだ」

 しかし、ウヅキもまだ彼の傍に居たいといった様子だった。

「……いやだよお」

「ほら。行くよ」


 ――それでも妹想いゆえに、彼はすぐにユウヅキを引き連れてすぐさま部屋を後にした。


「ふぉふぉ。子供らの前では強がっていたが、やはりしんどいのう」


 それもそうだ。腕が無くなり、血も足りていないのだから無理もない。しかし彼もウヅキ同様、家族に心配かけまいと平気を装っていたのだ。


「……大丈夫なんですか?」


 まだまだ不安が拭い切れない。まるでいつ消えてもおかしくない蝋燭を見ている様だ。


「ええ。ご心配なさらずとも、わしはまだまだ生きて見せますぞ」


 そう言ってミカヅキは、無い方の腕を空に掲げる。定かではないが、私にはそれが、力こぶを作っているようにも見えた。


「…………それで。村には今、誰がおらぬのじゃ?」


 優しさに溢れた表情から一変。村長は、眉間のシワをさらに深くさせ、険しい顔つきで白兎の男に問うた。

 そして村長の隣に座っていた男は、一気に視線を落として、ふた呼吸ほどの間を置いた後に、ゆっくりとその口を開く。


「…………ハナツキ」

 重たそうな口をこじ開け、彼はその名前から始めた。

「キヅキ。ヤマツキ。モウヅキ。ハヅキ……」


 男の口から次々と名前が出てくる。

 止むことの無い名前の羅列は、激しく、そして休むことなくミカヅキの感情を足元から崩していく。


「オオツキ。ナツキ。ワヅキ。トウツキ。カワヅキ。ミナツキ……。」


 涙が落ち、着物には小さなシミが幾つも出来ている。――――そしてミカヅキは空気を握りしめた。


「なんということじゃ……。まだ年端も行かぬ幼子までもが。何という事じゃ……。何という事じゃ」

 玉のように小さな村長は、布団の上で更にうずくまる。

「かの神には、御慈悲と言うものが無いのか……ッ!」


 叫んだ衝動で痛みが走り、無い腕を抑えて唸るミカヅキ。そんな“痛み”に耐えるその姿は、とてもウヅキたちに見せられるものではなかった。


「村長ミカヅキ。ヤヅノ蛇神は、私が必ず仕留めます……」


 うずくまり、小刻みに震える小さな肩。それは私の手が大きく見える程の小ささだ。

 荒ぶる神は、彼の腕を奪うどころか、逝ってしまった者達に手を合わせる事さえ許さなかった。


「ですからどうか、それまでは祈ってください。私が荒ぶる神に、十分な苦しみを与えられるように」


 もはや何も考えてはいなかった。ただ一つのこと以外は何も。だから私はその言葉を吐いてミカヅキに誓った。



 ――――そうして西ノ宮を出てミカヅキ本陣へ戻ると、ユキメが心配そうに私の元へと駆け寄って来た。


「ソウ様。大丈夫ですか?」

「うん」


 彼女は私の顔を見て、その眉根を吊り上げる。一体私は、どんな顔をしているのだろうか。


「…………どうか、されたのですか?」

「ちょっとね」


 とてもユキメには話せない。誰かの苦しみを私が切に願っているなんてことは、絶対に言えない。


「そう、ですか……」

 

 切なげな表情で視線を落とすユキメ。私に隠し事をされたのがショックなのだろう。


「……ねぇ。今日はもう遅いし、家に帰ろ?」


 その頬に手を添えて、下に向いた彼女の視線を私へと向けさせる。

 目を細めて悲し気な表情を浮かべるユキメ。それでも、あんな私を知ったら彼女はもっと悲しんでしまうだろう。


「はい」


 ユキメとの間にしばし生れた沈黙は、パチパチと鳴る囲炉裏の音をやけに五月蠅く感じさせた。

 いくら言い辛かったと言えど、ユキメを悲しませてしまったという事実は、潰れそうだった私の心にさらに重くのしかかってきた。

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