信仰を捧げ、涙をこぼし
龍文書―49
【神】:信仰を集めるは神の定め。ある神は貴く、無い神は卑しく。
救い、与えれば、自ずと人々は信じ尊ぶ。
「ああ、龍人様!」
一人の男白兎が私に気付き、野太い声を上げた。
「龍人様が来られたぞ」
「仇を……。仇を……」
そう言って鼻をすする者もいた。
そうして騒めきを作りながら、他の白兎たちも続々とこちらに目を向ける。そんな彼らは、私を通そうと、建物の中へと続く“道"を空けた。
だから私も、誘われるように足を進める。
――――長屋の中はしんと静まり返っているが、奥の一部屋だけ、障子から寂しげなオレンジ色の明かりが漏れているのが見える。
そしてその障子戸を開けると、目に入るは八畳ほどの部屋。真ん中にミカヅキが寝ており、それを囲うかのように数人の白兎族が座っている。
「ソウ様……」
ウヅキとユウヅキが涙を浮かべながら私を見上げる。
「うそ……。そんな」
私の姿を見るや、ユウヅキは私にしがみ付いてむせび泣く。しかし私も、目の前に広がる現実を、未だ信じられずにいた。
「ソウお姉ちゃんっ。おじい、おじいちゃんがっ……」
「………………うん」
もらい泣きしない様、必死に涙をこらえ、彼女の耳と耳の間を撫でる。
「ふぉっふぉ。いやはや、子供に泣かれてしまうとは、村長失格じゃなあ」
二の腕から下を噛み千切られたというのに。死に至るほどの出血をしていたというのに。村長ミカヅキは、その魂をしっかりと体に繋ぎ止めていた。
「ご無事でっ、何よりでした」
…………我慢していた涙が、ゆっくりと頬を伝う。
人前で泣いたことが無かった。だから私は、簡単に泣くような軽い女じゃないと自負していた。しかしこの世界に来てからの私は、どうにも涙もろい。
「よかった! 本当によかった……っ!」
私のお腹にしがみ付くユウヅキを、私は更に強く抱きしめる。
…………そういえば私、接触恐怖症じゃなかったっけ?
思い返せば、あの世界で生きていたころの私は、ずっと誰かに触れる事が出来なかった。同性異性関係なしに、気軽にハイタッチも出来なかった。
――そうか。そういえば私、この世界に産まれてからずっと、ずっと誰かに抱えられて生きてきたよな。
産まれた瞬間から父に掲げられ、母に抱かれ、ユキメに背負われ。今日に至るまでずっと、おんぶにだっこの連続だった。
そうか。だから私はこの世界で、こんなにも泣けるのか。
嗚咽、嗚咽、嗚咽、嗚咽、嗚咽。嗚咽を繰り返す。
ああ、私って。……こんなにも泣き虫だったんだなぁ。
鼻をすする。涙を拭く。袖を濡らす。どれも初めての事のようにぎこちない。でも仕様がないだろ。今のあたしは子供なんだから。
「あの時、ユキメ殿が止血をしてくれたおかげでっ。村長は一命を取り留めたそうですっ」
部屋にいた若い女白兎も、私たちにつられて泣いたのか、その涙を拭いながら切れ切れで言葉を発した。
「ふぉふぉ。本当に、ユキメ殿とソウ殿には感謝せねばなるまいな」
「いえっ。そんな……。私は何もしてません」
止まらない涙が、私の言葉の邪魔をする。
「否、お主が村の者たちを小鬼どもから救ってくれたおかげで、わしはまだ死ねぬと踏ん張れたのじゃ」
そうしてミカヅキと、彼を囲んでいた白兎の者達が、続々と私に頭を下げる。
「お主らに、心より感謝申し上げる」
「そんな。よしてください」
直ぐにでも頭を上げさせようと試みたが、それは叶わぬ願いだった。
それどころか、村長ミカヅキは頭を床に付けたまま大きく息を吸い、まるで神様に祈りを捧げるかのようにその口を開く。
「そして我々白兎族は、天陽大神とその御神使であるソウ様を、これより信仰する者として、崇め奉りますことをここに誓います」
私より幾つも歳の離れた大人たちが、床に手をついて首を垂れている。その光景は、今の私には似つかわしくないものだ。
それでも不思議と、心の何処かで高揚感を感じる私がいる事もまた事実だった。




