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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
48/202

国つ神 ナナナキヒメは笑う

龍文書―47


【大熊】:普通の熊とは比べ物にならない程の大きさ。しかし数が少ないため、遭遇することは滅多にない。


「な、なるほどのう。では、それが仮に大熊の骨だと仮定すると、あの夫婦の家にそれがあるのは妙な話じゃ」


 確かにそうだ。あの夫婦の願いは“娘を食べた蛇神が許せないから殺してほしい”という事。大熊の肝を使っておびき寄せても、彼らにどうこう出来るようには見えなかった。


 だが、“攫った女神を生贄に捧げていた”と言うのが事実であれば、つじつまも合う。

 家の裏に焦げた大熊の骨があったのも、恐らくヤヅノ蛇神に捧げる“肝の酒漬け”を作っていたからだろう。

 ただ一つ分からないのが……。


「しかしユキメ殿の言い分が正しければ、なにゆえオガ夫婦は、ヤヅノ蛇神に生贄なんぞを捧げておるのじゃ」

 そう。それが分からないのだ。

「確かに気性が荒い神じゃが、贄を捧げねば鎮まぬほどの荒さでもない」


 カナビコは腕を組み、更にヒゲを弄って考え込む。いつものヒゲ弄りに腕組が加わったのだ、おそらく本気で思考している。


 ……ぽくぽくと木魚を叩く音が脳内で聞こえてくる。しかし何時まで経っても、おりんの甲高い音が聞こえてこない。


「分からぬなあ」


 ――――大きくなため息を吐いてしまいそうだったが、私は逆に大きく吸い込んだ。ため息は幸せが逃げるのだ。


「皆さま、陽が暮れてきたので、今回はここで中断しましょう」


 気づけば太陽は西の方へと傾いていた。恐らく十六時と言ったところだろう。だからユキメは冷静に判断をした。


「そうじゃな。夜の山は物の怪が増えて危険じゃ。ここで解散とし、本陣で合流しようぞ」

「カナビコは帰らないの?」


 彼の言い方が気になってしまい、私は心配の声も含めて彼にそう聞いた。


「うむ。まだ色々と調べたくてのう。故にわしはもう少し山におりまする」

「そっか。気を付けてね」

「心配には及びませぬ。サカマキもおりますので」

「――――え! 私もか!?」


 帰って休みたいのだろうが、しかしそうさせてもらえず、私は少し可哀そうだなと思った。…………他人事だが。


「それじゃあ、私共はこれで」

「道中、気を付けるのじゃぞ」


 ユキメが深くお辞儀をすると、彼らも同様にお辞儀を返してくれた。最初は少し威圧感があって取っ付きにくかったけど、いい関係を築けている様で安心だ。


「ではソウ様。翔びますので背中におつかまり下さい」

「ありがと」


 …………そういえば、最近ユキメと二人きりになれていない気がするな。

 彼女の背中に乗った時、私の頭の中でふとそんな考えが頭を過った。本当の事を言えば、もっと二人きりで武鞭をしたい。


「ねえユキメ。今回の件が終わったらさ、また龍血の武鞭やってほしいな」

「ふぇっ」


 西ノ宮に帰る途中、空中で彼女にそう言ったら、ユキメは一瞬だけ体制を崩した。

 ――――少しびっくりしたが、それは彼女も同じかもしれない。


「も、もちろんでございます! このユキメ、喜んでご指導いたします!」


 背中からだと彼女の顔は見れないが、それでも赤くなった耳がその感情を物語っていた。本当に分かりやすい耳だ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 西ノ宮の外れ、白兎族の集落。私たちが本陣にしているミカヅキの家に帰ると、ウヅキが囲炉裏の傍で眠りこけていた。


「起こさないようにね」


 ユキメの背中からそう囁くと、彼女も黙ったまま頷く。

 そうして抜き足差し足で、私たちはナナナキヒメの様子を見に行くことにした。


 ――――ノックを三回。


「どうぞ」


 と、少しハスキーな声が返ってくる。そっと扉を開けると、座布団の上で正座をしながら、ぼんやりと外を眺める彼女が目に入った。

 ここで私は気付く。“あの臭いが薄くなってる?”と。


「体の具合はどう?」


 私が声をかけると、ナナナキヒメはゆっくりとと私たちの方へと振り返る。


「はい。ウヅキ様がずっと付きっきりで看病してくださったので、かなり良くなりました」


 ――――臭いでも驚いたが、私は彼女の顔を見て更に目を白黒させた。

 出来物だらけで凹凸だった肌は、完全とは言えずとも落ち着きを取り戻しており。土色だった肌も、しっかりとした肌色へと戻っていたのだ。


「凄い! だいぶ良くなってるじゃん!」


 その様を見て喜ばずにはいられなかった。なにせ災難続きで身も心もすり減らしていたのだ。今の私からしたら、宝くじでも当たったかのような高揚感だ。


「はい。これも全部、ウヅキ様や天つ神の皆様のおかげです!」

「うんうん。本当に良かった」


 思わず目に涙が浮かぶ。それほどまでにこの状況が嬉しいのだ。


「――――お帰りなさい! ソウ様、ユキメ様」


 ウヅキが起きてきた。今日一日彼女の看病で疲れているだろうに、それでも彼は私たちを笑顔で迎えてくれた。


「呼び捨てでいいのに。……ただいま、ウヅキ」

「誠、大儀でございました。ウヅキ殿」


 ユキメも笑っている。

 山の中ではずっと警戒していたためか、少し表情が強張っていた。故に、久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がして、私は少しほっとした。





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