山奥に暮らす老夫婦は、かわいい姫君と一緒
龍文書―43
【建築物】:危険のない天都では建物も開放的だが、獣や物の怪、盗賊などの脅威が残る中つ国では、壁の多い建物が主流。
笹の葉に隠れてしばらく様子を見ていると、障子戸を開けて出てくる一人の少女が目に入る。
上品な着物を身に着けている少女。手には三本の薪を抱えており、しずしずとそれを建物の裏にまで持って行った。
「なんか、普通の家だな」
「…………うですね」
隣からサカマキの息のような声が聞こえる。流石に大声は出さないが、今度は小さすぎて聞こえない。
「ん、なんて?」
「そのようですね」
耳をすませてようやく聞こえた言葉。恐らく彼は、声の音量調節がめちゃくちゃ下手くそだ。
「行ってみますか?」
「待ってユキメ。カナビコを待とう」
見た感じは、普通の人が住む家にも見えるが、その見えない脅威を警戒をするに越したことは無い。
「――――呼びましたかな?」
しかしカナビコは既に後ろにいた。
「いつの間に……」
「ふぉふぉ。今着いたとこですじゃ」
一体どこにいたのか、彼は息切れ一つせず冷静に家を眺めている。
「ふむ。ここにいても仕方ありますまい。早速尋ねてみましょう」
羊毛のように真っ白な髭をいじりながら、カナビコは私とユキメを見る。なにか思考している感じだ。
「ふむ。サカマキはここで待機しておれ。龍人とわしの三柱で行く」
「…………った」
多分サカマキは「分かった」と言った。
そして私たちはサカマキを茂みに残し、堂々かつ、ゆっくりと家の玄関まで歩く。ここまで静かだと逆に不気味だ。
しかし平屋の端の部分に差し掛かると、わずかだが中から声が聞こえてきた。男と女の声だ。
「残すはあと一本じゃが、はてどうしたものか」
しゃがれた男の声。続いて女の声も聞こえてくる。
「しかしヤチオは完璧な子じゃ。代わりはあの娘に決まりじゃろう」
どうやら中の男女は何か議論をしている様だ。別に盗み聞きをするつもりはなかったが、私たちは息を殺して会話の続きに耳を立てる。
「じゃああと一人か。この年になると少ししんどいのう」
「何を言うか。あのお方の為じゃ。ここが踏ん張り時じゃろうて」
私たちは顔を見合わせる。しかしその表情は三人とも同じ。“一体何の話だ?”と言わんばかりのしかめっ面だ。
「――――どちら様ですか?」
突然うしろから声を掛けられ、私は肩をすくめる。振り向くとそこには、先ほど薪を運んでいた少女が立っていた。
「これはこれは、失礼つかまつった」
カナビコが咄嗟に笑顔を見せる。すごい怪しい雰囲気が出てしまっているが、実際そうなので、この際どう思われても仕方ない。
「うちに何か御用ですか?」
怪しんだ目をこちらに向ける可憐な少女。髪を後ろで結っており、その白くて綺麗なうなじが息をのませる。
「これは失礼いたした。我らは此度の中つ国平定の為に、天都から送られた使者にございます」
「天都の神々ですか?」
「左様にございます」
これまで出会った者は、天界から来たと言えば驚いた表情をした。しかし彼女からそういった様子は伺えない。
「ヤチオや。どうかしたか?」
玄関の戸をからからと開け、一人の老婆が顔を覗かせる。さきほど中で話していた内の一人だろう。物腰の柔らかそうな感じだ。
「お母さま。天都から使者が参りましたよ」
か細い声。鳥のさえずりのような美しい声だ。老婆のがらがら声と並ぶと、それは一層際立って聞こえる。
「天つ神じゃとッ?」
顔面シワだらけの老婆は、そのシワが伸びきってしまいそうなほど驚く。ここまで驚かれたのも初めてだ。
そうして老婆は私たち一人一人に目を向けると、そのまま家の中へと戻ってしまった。
「お邪魔したみたいですね」
ユキメは不可解な目を玄関に向けたまま呟く。だが確かに、私たちを歓迎している様子ではない。
「あの、葦原が平定されたら、国つ神はどうなるのでしょうか?」
ぼんやりとした表情のまま少女が問う。
「案ずることはありませぬぞ。我が君、天陽大御神が統治されるだけであって、今の生活は何も変わりませぬから」
「しかし、それに反抗する神もおります。そのような神々はどうされるおつもりですか?」
「これは恐れ入りましたな。まだ若いのに、いろいろと考え深いのですな」
カナビコはそう言って、枯れた笑い声に虚勢を乗せた。どうやら、今回の“川ノ神討伐"の話はしないつもりのようだ。
「――――ところで、あなた名前はなんていうの?」
ここで私が、最早笑うことしか出来ないカナビコのフォローに入る。
「私? 私は耶千尾姫女と申します。可愛い子、貴女は何と申すのですか?」
どこか陰のある少女は、ふと優しく微笑んで見せる。つい見とれてしまうほどの可憐さがある。
「あたしはソウ・ヨウだよ。龍人族で、神ではないけど、天つ神の手伝いをしてるんだ。それで、こっちが付き人のユキメ・エト」
ユキメは深く最敬礼をする。神様特有の長たらしい名前からして、どうやらこの少女も国つ神の様だ。
「わしは天奏比古命と申す」
何度聞いても大層な名前だ。絶対名前でマウント取ってるだろ。
そうしてお互いの自己紹介が済んだタイミングで、再び玄関の扉が開き、中から老夫婦が慌しく駆け出してくる。
「こちらですよ爺さん!」
まず先ほどの老婆が出てきて…………。
「こりゃあたまげた」
次に、婆さんにも劣らないシワシワ爺さんが飛び出してきた。
「まさか、こんな山奥に天都の神様が参られるとは、夢にも思ってませんでしたわい」
まあまあ訛りの強い言葉。私の耳に間違いが無ければ、確かに先ほど中から聞こえた声だが、あの声は訛っていなかったぞ。
「ようこそおいで下さいました。さあさあこちらへ」
やはり家の中から聞こえた声とは、比べ物にならない程の爽やかさを感じる。人の前に出ただけでこうも変わるのか。なんとも癖の強い爺さんだ。
「いえいえ、我々はこの山の物見に来ただけですので、どうぞお構いなく」
カナビコは爺さんの歓迎を断ろうとする。しかしナイスだ。私としても、こんな山奥に建つ不気味な家には上がりたくない。
「いえいえ。天つ神がいらっしゃったんだ。茶も出さず返すわけにはいきませぬ」
「……あのよかったら、これ食べてくださいな」
爺さんが駄目ならと、今度は婆さんが家の中から和菓子を持って出てきた。忙しない夫婦だ。
「いっただっきまぁ……」
「ソウ様。食べてはなりませぬよ」
盆に乗った和菓子に手をつけようとしたとき、ユキメが咄嗟にその手を止めた。見知らぬ人から食べ物を貰うなって言いたいのか?
だが食べ物に目が無いユキメがそう言うのだ。これはただ事ではないぞ。
ユキメは孤児だった。
故に幼少期は内側にこもる事が多く、それはヨウ家に引き取られた後も変わらなかった。
コウ「ほうら。今日は俺が作った真鯛の煮つけだぞお」
ユキメ「…………」
リン「本当に料理が上手ね。アナタは」
コウ「リンは身重だからな。こういう時の為に練習しといたんだ」
ユキメ「…………」
コウ「どうしたユキメ。魚は嫌いか?」
ユキメ「……いえ」
コウ「食べないなら俺が貰っちゃうぞー」
そう言ってユキメの前から皿を取り上げる。
ユキメ「……っあ」
コウ「はっはっは! 冗談さ」
リン「アナタ……」
呆れた顔で睨むリン。
コウ「ユキメ、お主はもう俺たちの子だ。遠慮なんかするな」
ここからコウはユキメに熱く語った。ご飯には一切手をつけずに。
コウ「……という訳で、俺たちはユキメを家族だと思っている。だからユキメにも、ここを我が家だと思って過ごしてほしい」
ユキメ「…………なんとお礼をすればいいか」
リン「ほおら。遠慮はしない」
お椀によそった白米を差し出すリン。
ユキメ「い、いただきます!」
目を輝かせて食べ始めるユキメ。コウとリンも、満足そうにお互いの顔を見合わせた。
~数十分後~
ユキメ「あの、おかわり。……を」
コウ「もちろんだ!」
~更に数十分後~
ユキメ「すいません。…………その、おかわりを、いただけますか?」
リン「ええ。もちろんよ」
~更にそれから数分後~
ユキメ「あの、その。おかわりを…………」
リン「ええ、もちろんよ! じゃんじゃん食べてちょうだい!」
コウ(――――この子凄い食べる子だッ!!!)
しかし、まだ子供がいなかった2人にとって、美味しそうにご飯を食べるユキメは、とてつもなく可愛かった。




