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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
44/202

山奥に暮らす老夫婦は、かわいい姫君と一緒

龍文書―43


【建築物】:危険のない天都では建物も開放的だが、獣や物の怪、盗賊などの脅威が残る中つ国では、壁の多い建物が主流。

 笹の葉に隠れてしばらく様子を見ていると、障子戸を開けて出てくる一人の少女が目に入る。

 上品な着物を身に着けている少女。手には三本の薪を抱えており、しずしずとそれを建物の裏にまで持って行った。


「なんか、普通の家だな」

「…………うですね」


 隣からサカマキの息のような声が聞こえる。流石に大声は出さないが、今度は小さすぎて聞こえない。


「ん、なんて?」

「そのようですね」


 耳をすませてようやく聞こえた言葉。恐らく彼は、声の音量調節がめちゃくちゃ下手くそだ。


「行ってみますか?」

「待ってユキメ。カナビコを待とう」


 見た感じは、普通の人が住む家にも見えるが、その見えない脅威を警戒をするに越したことは無い。


「――――呼びましたかな?」

 しかしカナビコは既に後ろにいた。

「いつの間に……」

「ふぉふぉ。今着いたとこですじゃ」

 一体どこにいたのか、彼は息切れ一つせず冷静に家を眺めている。

「ふむ。ここにいても仕方ありますまい。早速尋ねてみましょう」


 羊毛のように真っ白な髭をいじりながら、カナビコは私とユキメを見る。なにか思考している感じだ。


「ふむ。サカマキはここで待機しておれ。龍人とわしの三柱で行く」

「…………った」

 多分サカマキは「分かった」と言った。


 そして私たちはサカマキを茂みに残し、堂々かつ、ゆっくりと家の玄関まで歩く。ここまで静かだと逆に不気味だ。


 しかし平屋の端の部分に差し掛かると、わずかだが中から声が聞こえてきた。男と女の声だ。


「残すはあと一本じゃが、はてどうしたものか」

 しゃがれた男の声。続いて女の声も聞こえてくる。

「しかしヤチオは完璧な子じゃ。代わりはあの娘に決まりじゃろう」


 どうやら中の男女は何か議論をしている様だ。別に盗み聞きをするつもりはなかったが、私たちは息を殺して会話の続きに耳を立てる。


「じゃああと一人か。この年になると少ししんどいのう」

「何を言うか。あのお方の為じゃ。ここが踏ん張り時じゃろうて」


 私たちは顔を見合わせる。しかしその表情は三人とも同じ。“一体何の話だ?”と言わんばかりのしかめっ面だ。


「――――どちら様ですか?」


 突然うしろから声を掛けられ、私は肩をすくめる。振り向くとそこには、先ほど薪を運んでいた少女が立っていた。


「これはこれは、失礼つかまつった」


 カナビコが咄嗟に笑顔を見せる。すごい怪しい雰囲気が出てしまっているが、実際そうなので、この際どう思われても仕方ない。


「うちに何か御用ですか?」


 怪しんだ目をこちらに向ける可憐な少女。髪を後ろで結っており、その白くて綺麗なうなじが息をのませる。


「これは失礼いたした。我らは此度の中つ国平定の為に、天都から送られた使者にございます」

「天都の神々ですか?」

「左様にございます」


 これまで出会った者は、天界から来たと言えば驚いた表情をした。しかし彼女からそういった様子は伺えない。


「ヤチオや。どうかしたか?」


 玄関の戸をからからと開け、一人の老婆が顔を覗かせる。さきほど中で話していた内の一人だろう。物腰の柔らかそうな感じだ。


「お母さま。天都から使者が参りましたよ」


 か細い声。鳥のさえずりのような美しい声だ。老婆のがらがら声と並ぶと、それは一層際立って聞こえる。


「天つ神じゃとッ?」


 顔面シワだらけの老婆は、そのシワが伸びきってしまいそうなほど驚く。ここまで驚かれたのも初めてだ。

 そうして老婆は私たち一人一人に目を向けると、そのまま家の中へと戻ってしまった。


「お邪魔したみたいですね」


 ユキメは不可解な目を玄関に向けたまま呟く。だが確かに、私たちを歓迎している様子ではない。


「あの、葦原あしはらが平定されたら、国つ神はどうなるのでしょうか?」

 ぼんやりとした表情のまま少女が問う。

「案ずることはありませぬぞ。我が君、天陽大御神が統治されるだけであって、今の生活は何も変わりませぬから」

「しかし、それに反抗する神もおります。そのような神々はどうされるおつもりですか?」

「これは恐れ入りましたな。まだ若いのに、いろいろと考え深いのですな」


 カナビコはそう言って、枯れた笑い声に虚勢を乗せた。どうやら、今回の“川ノ神討伐"の話はしないつもりのようだ。


「――――ところで、あなた名前はなんていうの?」

 ここで私が、最早笑うことしか出来ないカナビコのフォローに入る。

「私? 私は耶千尾姫女ヤチオヒメと申します。可愛い子、貴女は何と申すのですか?」


 どこか陰のある少女は、ふと優しく微笑んで見せる。つい見とれてしまうほどの可憐さがある。


「あたしはソウ・ヨウだよ。龍人族で、神ではないけど、天つ神の手伝いをしてるんだ。それで、こっちが付き人のユキメ・エト」


 ユキメは深く最敬礼をする。神様特有の長たらしい名前からして、どうやらこの少女も国つ神の様だ。


「わしは天奏比古命アメノカナビコノミコトと申す」


 何度聞いても大層な名前だ。絶対名前でマウント取ってるだろ。

 そうしてお互いの自己紹介が済んだタイミングで、再び玄関の扉が開き、中から老夫婦が慌しく駆け出してくる。


「こちらですよ爺さん!」

 まず先ほどの老婆が出てきて…………。

「こりゃあたまげた」

 次に、婆さんにも劣らないシワシワ爺さんが飛び出してきた。

「まさか、こんな山奥に天都の神様が参られるとは、夢にも思ってませんでしたわい」


 まあまあ訛りの強い言葉。私の耳に間違いが無ければ、確かに先ほど中から聞こえた声だが、あの声は訛っていなかったぞ。


「ようこそおいで下さいました。さあさあこちらへ」


 やはり家の中から聞こえた声とは、比べ物にならない程の爽やかさを感じる。人の前に出ただけでこうも変わるのか。なんとも癖の強い爺さんだ。


「いえいえ、我々はこの山の物見に来ただけですので、どうぞお構いなく」


 カナビコは爺さんの歓迎を断ろうとする。しかしナイスだ。私としても、こんな山奥に建つ不気味な家には上がりたくない。


「いえいえ。天つ神がいらっしゃったんだ。茶も出さず返すわけにはいきませぬ」

「……あのよかったら、これ食べてくださいな」


 爺さんが駄目ならと、今度は婆さんが家の中から和菓子を持って出てきた。忙しない夫婦だ。


「いっただっきまぁ……」

「ソウ様。食べてはなりませぬよ」


 盆に乗った和菓子に手をつけようとしたとき、ユキメが咄嗟にその手を止めた。見知らぬ人から食べ物を貰うなって言いたいのか?

 だが食べ物に目が無いユキメがそう言うのだ。これはただ事ではないぞ。


 ユキメは孤児だった。

 故に幼少期は内側にこもる事が多く、それはヨウ家に引き取られた後も変わらなかった。


コウ「ほうら。今日は俺が作った真鯛の煮つけだぞお」

ユキメ「…………」

リン「本当に料理が上手ね。アナタは」

コウ「リンは身重だからな。こういう時の為に練習しといたんだ」

ユキメ「…………」

コウ「どうしたユキメ。魚は嫌いか?」

ユキメ「……いえ」

コウ「食べないなら俺が貰っちゃうぞー」


 そう言ってユキメの前から皿を取り上げる。

ユキメ「……っあ」

コウ「はっはっは! 冗談さ」

リン「アナタ……」


 呆れた顔で睨むリン。


コウ「ユキメ、お主はもう俺たちの子だ。遠慮なんかするな」


 ここからコウはユキメに熱く語った。ご飯には一切手をつけずに。


コウ「……という訳で、俺たちはユキメを家族だと思っている。だからユキメにも、ここを我が家だと思って過ごしてほしい」

ユキメ「…………なんとお礼をすればいいか」

リン「ほおら。遠慮はしない」


 お椀によそった白米を差し出すリン。


ユキメ「い、いただきます!」


 目を輝かせて食べ始めるユキメ。コウとリンも、満足そうにお互いの顔を見合わせた。



~数十分後~


ユキメ「あの、おかわり。……を」

コウ「もちろんだ!」


~更に数十分後~


ユキメ「すいません。…………その、おかわりを、いただけますか?」

リン「ええ。もちろんよ」


~更にそれから数分後~


ユキメ「あの、その。おかわりを…………」

リン「ええ、もちろんよ! じゃんじゃん食べてちょうだい!」

コウ(――――この子凄い食べる子だッ!!!)


 しかし、まだ子供がいなかった2人にとって、美味しそうにご飯を食べるユキメは、とてつもなく可愛かった。

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