巨神サカマキは声が大きい
龍文書―40
【竹】:下界天界問わず見かける植物。様々な用途があるが、その美しい景観も人気が高い。
大きな松の木に、青々とした竹。そして私の背丈ほどはある笹の葉。それらを縫うように歩きながら、私たちは大熊とナナナキヒメに毒を盛った犯人の手掛かりを探す。
「これでは埒が明かない」
先鉾の翁が手に持っていた枝を折る。
この広い山中で大熊の痕跡を探すことは大変だった。雑木林でオオクワガタを取るようなものだ。――それに加え、一切の情報がない毒盛りを捜すなどと言うのは、針を探すに等しい行為。
「ここで二つに別れ、別々に大熊を探そう」
確かに名案だった。ここで全員固まることはあまりにも馬鹿馬鹿しい。しかし一つだけ問題があった。
「それは賛成だ! しかし、どうやって別けるのだ!」
巨神サカマキが声を張り上げる。彼はもっと静かに喋れないのだろうか。
「問題はそこじゃ。わしとサカマキは同程度の力ゆえ、別々になるのは確定じゃが」
彼は私とユキメに目線を向ける。それもそうだ。私たちは所謂お荷物。本来ならカナビコとサカマキの二柱で行う任務だったところを、私のわがままで同行させてもらっているのだから。
「私はソウ様とは離れません」
ユキメは私の手を取る。しかし私はその手を強く握れない。
「ふむ。それならば、サカマキとソウ様たちの三柱で行動してもらうかのう」
しかしカナビコはあまり悩んでいる様子ではなかった。
「分かった! この命に代えてもお守りする!」
サカマキも問題はないと言った感じだ。私は小さくため息を吐く。目の上のたんこぶだと思われていないようで良かった。
「頼んだぞサカマキ。何かあれば鳥を使え」
「安心しろ! カナビコも気を付けるのだぞ!」
“鳥”が何を指しているのかは分からないが、恐らく連絡手段として使っている何かだろう。
――――そうして別々に歩き出した私たちは、引き続き大熊と毒盛りの痕跡探しを始めた。
そして山に入って一時間。太陽も少し傾いてきた頃、私たちは少し開けた場所へと出た。
木や竹が切られ、いかにも人工的に作られた空き地。都会の小さな公園ほどの広さしかないその場所は、翁と別れたところからそう遠くない所にあった。
「何だここはッ!」
――声がでかいんだよお前は! もっと警戒しろ!
「サカマキ様。もう少し警戒した方がよろしいのでは」
ユキメの顔に凄く濃い影が出来ている。彼のせいで私に危険が及ぶとでも思っているのだろう。
「大丈夫だ! ここに妖の気配は無い!」
そういう事を言っているのではない。と言ってやりたいところだが、あまりにも馬鹿馬鹿しいので止めた。
「しかし、ここは何でしょうか」
辺りに転がる木々を不気味そうに眺めながらユキメは言う。彼女もサカマキ同様、この場所から何の気配も感じ取れず混乱しているのだろう。
「木こりの仕事場じゃない?」
寂しく残る切り株や、積み重ねられた竹たちを見るに、そういう結論に至るのは極々自然だと思っていた。しかし……。
「ふむ! あそこに墓があるぞ!」
サカマキはその長い腕を伸ばし、はるか遠くの方を指さす。三メートルの巨体ゆえ、その様は道路標識そのもの。
「見えないけど」
背伸びをしてみるが、どこにも墓らしきものは見えない。
「失礼!」
そう言って私をダンベルのように担ぎ上げたサカマキ。
「無礼者ッ、何をしているか!」
あまりにも唐突だったため、ユキメは目を丸くして声をあげる。私を想ってくれるのはいい事だが、もう少し声を落として欲しいものだ。
「こうすればよく見えるであろうッ?」
彼の言う通り、そこからの眺めはまるで別世界だった。これまで笹によって視界を遮られていたが、一気に視界が広まった。脚立に乗ってもこの景色は拝めない。
「…………確かに高い」
「ソウ様を降ろせ。私が肩車をする」
あ、そういう事ね……。
「ま、待て! 足を蹴るでない!」
ユキメちゃん。神様の足を蹴るでない。
――――そうして、私はサカマキからユキメの肩へと移される。これがいわゆる、たらいまわしというやつか?
「如何ですか、ソウ様」
視界はかなり低くなったが、それでも空き地を見渡せるくらいの高さはある。
「うーん。……あるね。お墓」
目を凝らして見てみれば、確かに墓らしきものを確認できる。しかし、手入れはされおらず、草は生え放題。あまつさえ墓石には落ち葉が積もっている。
「もっと近くまで行ってみようッ!」
サカマキが叫ぶ。
最初からそうすればよかったのでは、とも思ったが、確かにこういう開けた場所に踏み込むのは少し怖い。
「そうだね。もういいよユキメ」
「なりませぬ。何者かが罠を張っているかもしれませんので、もう少しこのままで」
――などと、私を心配するかのような口ぶりだが、なぜかその言葉に他意を感じてしまった。
「では私が先行しよう!」
そう言ってサカマキは力強く進んでいく。まさに怖いものなしといった様子だ。
そうして空き地に入ると、私は言いようもない恐怖感に襲われる。遮蔽物も無い広場。誰かが林の中からこちらを覗いているような気がしてならない。
風によって揺れる草木。松ぼっくりが落ちる音。それらが想像を掻き立てさせ、脳が存在しないはずの何者かを造りあげる。
「…………本当に大丈夫かな」
「大丈夫ですッ! この場には我々しかおりませぬ!」
声を上げるな馬鹿ちん!
……などと一抹の不安はぬぐい切れなかったが、しかしそのまま何事もなく、私たちは墓の元までたどり着いてしまった。




