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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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国つ神 ナナナキヒメは腐る

龍文書―38


【ヤヅノ蛇神】:頭が八本あることから、八頭命川ヤヅノミコオズチとも呼ばれる神。黄美山脈を流れる朱迎しゅげい大川の神。

「大変だったね」


 ミカヅキ本陣の一室。治療を終えたナナナキヒメを励まそうと、私は項垂れる彼女に声をかける。


 しかし彼女の身体から漂う腐った生魚のような臭いに、私は思わず眉をひそめてしまった。幸い、その顔を見られることは無かったが、正直かなりキツイ。


「……はい。ですが、命まで取られなかったのは幸いでした」


 土色の皮膚はただれ、ニキビのような出来物が顔中で膿んでいる。恐らくこの悪臭は、その腐った皮膚から発せられているものだろう。

 しかし鼻をつまみたくなるほどの腐敗臭だが、なぜか髪からは初春のような爽やかな匂いを感じる。


「そう。でもとりあえず今は休まなきゃね」


 そう言って私は、胸から込み上げる吐き気を抑えながら、彼女に宛がった部屋を後にした。


「ナナナキ比売ヒメの様子はどうでしたか?」

 ユキメとカナビコがいる居間へ戻ると、まず先にユキメが口を開いた。

「見た感じは大丈夫そうだけど。……何というか」


 口をくぐもらせる。“悪臭"という言葉を出そうとしたが、私の道徳心がそれを止めさせた。

 ――――しかし、その気遣いは無用だった。


「あの悪臭ですな」


 先鉾の翁が声を小さくして私に言う。サカマキが西ノ宮へ行って不在だったから良かった。


「……うん。一体彼女に何があったの?」

「恐らく、あれは毒の一種ですな」

 翁カナビコが古びた本をぺらぺらとめくりながら答える。

「――しかし、あのように皮膚を焼く毒など、聞いたことがありませぬ」


 ユキメの言葉通りだと言わんばかりの表情で、カナビコは視線をその本に落とす。彼はこの家に戻ってから、ずっとこの本を読んでいた。


「むう。毒に詳しい者が、ここにいれば良かったのですが」


 もう読み終えたのか、彼は本をパタンと閉じた。表紙には難しい字が並んでいるが、“毒”の一文字が読み取れる。


「もしかしたら、ウヅキたちが何か知っているかもしれない」


 ここら辺の地理に詳しい彼らなら、もしかしたら彼女の毒について何か知っているかもしれない。そう考え至った時、私は既に彼の名前を口に出していた。


「確かに白兎族であれば、何か知っているかもしれませんね」

 あごの先を指でつまみながら、ユキメは私を見て微笑んだ。

「ふむ。では、私が白兎の者を呼んで参りましょう」


 そう言ってカナビコは羽織を羽織って外に出て行った。そして気が付けば、ナナナキヒメの体臭は居間にまで広がっている。


「あの姿。一体何があったんだろうね」


 ――――それが今一番の大きな疑問だ。

 彼女を治療する際、サカマキが色々と聞いたらしいが、彼女は泣きながら「家族に会いたい」とばかり言っていたそうだ。


「一つ分かることは、ヤヅノ蛇神は皮膚をあのようにする毒を持っていないという事」

「だとしたら、誰かが彼女に毒を盛ったって事?」


 ユキメは黙って頷く。

 謎ばかりが深まっていくが、もしそうだとしたら、一体誰が何のために毒を盛ったと言うのだろうか?


「――――私、もう一度彼女と話してくるよ」

「でしたら、私も参ります」


 そうして私が部屋の扉をノックすると、「どうぞ」と弱弱しい返事帰ってくる。風邪を引いているかのような鼻声で。


「臭いでしょ? あたし」


 そう言って彼女は布団から起き上がる。

 声からは想像もできない姿。虫に喰われたかのようなボロボロの皮膚に、膿んだ黄色い出来物。その酸いような悪臭は、さらに酷さを増していた。


「ごめんなさい。障子を開けると、風が入って来て痛いの」

「ううん、大丈夫だよ。それよりも、ナナナキヒメはいつ体に毒が入ったの?」

 私が聞くと、彼女は窓から空を眺めながら答える。

「分からないの。気が付いた時にはこの姿になっていたわ」


 まともな回答が得られず、少し苛立ちを覚える。――自分の事なのだから、もっとしっかり思い出してほしいものだと。


「じゃあ家族は何処にいるの?」

「教えないわ。だって教えたら、あなた達はきっと酷い事をするでしょう?」


 どうやら彼女には、私たちが悪党に見えているらしい。私はただ純粋に助けようとしているだけなのに。


「私はね、ナナナキヒメなんて名前があるけれど、まだ神様にはなれてないんだ」


 あの土と血で汚れた着物から、真っ白な白兎族の浴衣に着替えた彼女は、無い腕が痛むのか、その袖を強く握りしめる。


「それは一体どういう……」


 まだ血が滲む傷口を見るに、恐らく彼女がヤヅノ蛇神に襲われたのは最近の話だ。しかし、この朦朧とした意識で、よくぞここまで無事だったものだ。


「私はまだ子供で不完全だから、完璧な神様になりなさいって言われたの」


 確かに見た目は十代のようにも見えるが、神様は生まれた瞬間から神様の筈だ。龍人のように半神であるなら納得もするが。


「それは、誰に言われたの?」

「分からない。知らないおばさん」

 知らないおばさん? なんだそれ。

「その神様は…………」

「――――カナビコ、戻りましたぞ」


 そこまで言いかけた時、白兎族を呼びに行っていたカナビコが帰って来た。少しタイミングは悪かったが、別にいつでも聞ける質問なので私はそちらに集中することにした。



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