表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
38/202

国つ神 ナナナキヒメは空腹

龍文書―37


【鹿】:中つ国に生息する獣。その数は獣の中でも群を抜く多さ。それでも感謝を忘れると、山の神はキレる。

「――――して、結果はいかようで?」


 驚く彼らの言葉を意に介さず、ユキメは弁当を頬張りながら先鉾さきほこたちに問う。

 そして未だ仰天している表情の翁だが、ここで小さく咳ばらいをして話を切り出した。


「恥ずかしながら、めぼしい物は何一つとして……」

「足跡も無ければ! 熊の死体を引きずったような跡もありませんでした!」


 ――何でお前はそんな堂々と言えるんだよ。


「それはそうと、先鉾たちはご飯食べないの?」


 そう私が問うと、彼らはお互いの顔を見合わせる。その様子から察するに、恐らく何も持ってきていないのだろう。


「仕方ない。山の神から頂くとしよう」

「分かった! ならば私が獲ってこよう! カナビコは休んでおれ!」


 “お前が行ったら獲物も逃げるだろ"と危うく言いかけたが、私は何とか頭の中だけに留めた。危ない危ない。


「相分かった。では頼んだぞ」

「うむ!」


 そう言ってサカマキが再び茂みの中へ飛び込んでいった。これはしばらく掛かるだろうなと、重箱を片し竹水筒のお茶を飲んでいると…………。


「戻ったぞ!」

 ――――と、鹿を担いだサカマキが戻って来た。


「早!」

「サカマキは狩りの名人なのですぞ。はっはっは」


 そんな次元じゃないだろこの速さは。良い狩人ハンターは動物に好かれるって話は本当だったのか? 


 そうして彼らは凄まじい速度で鹿をさばき始め、気が付けば、まるでバーベキューのような景色が目の前に広がっていた。なんというか、野性味がある。


「ソウ殿もいかがかな?」


 鹿の切り身を私に差し出す翁。お腹は膨れているが、獣肉は食べたことが無いのでついつい手が伸びてしまう。


 ――油が滴る褐色の肉は、口に入れた瞬間舌の上でとろける。それでいて、くどくないサッパリとした味わい。味は牛肉に近いが、あの独特の乳臭さはない。


「美味しい!」


 まさかここまでジビエが美味しいとは思わなった。なんというか、野生の味だ。


「ユキメ殿もどうじゃ」

「かたじけない」


 あの量の重箱を空にしていたはずなのに、ユキメは差し出された肉をパクパクと口に放り始めた。ここまでくると流石に怖い。


「――――しかし、ここまで痕跡が無いとなると、追跡は難しいのお」


 熊の死体の行方が未だ分からず、くわえて翁の放ったその言葉で、捜索が行き詰ってしまった事実を突きつけられた私たち。


「やはり最初から大熊を探すしかないようですね」

 鹿肉を頬張りながらユキメが言う。

「うむ。時間はかかるが、もうそれしかないかのお」


 頭を抱える翁。司令塔のカナビコがこの有様では、最早なすすべ無しかと思われた矢先……。


「何者だ!」

 ――――サカマキが一つの影を捉える。


 その声に全員が茂みの方へ注目すると、汚れた着物を着た小さな人影が現れる。しかし黒い布をフードのように被っているため、その顔は良く見えない。


「……あ、あの。わた、わたし、お腹が空いてて」


 弱弱しい声。背丈から察するに、歳は十代半ばといった所だ。しかし汚れた着物も、よく見れば上品に仕上げられた一着にみえる。


「気を付けてくださいソウ様。賊の罠かもしれませぬ」


 後ろから包むように私を守るユキメ。そして翁と巨神は私たちを前後で挟むように立ちはだかる。


「名を申せ」


 少女の前に立つ翁が、地面に落ちていた棒切れを彼女に突きつける。何か仕掛けでもあるのだろうかと疑ってしまう。


「わ、私は、国つ神の、那々名嘉比売ナナナキヒメと申します」


 ……この人も神様なのか。それにしては汚れすぎじゃないか?

 そして少女が名乗ったことで警戒心が薄れたのか、カナビコは少女に向けた枝先を下げ、その言葉に頷いた。


「うむ。手前は天つ神、天奏比古命アメノカナビコノミコトと申す」


 どや顔で名乗る翁。私はその名前の長さに驚きながらも、どことなく威厳を感じるその姿に、さすがは天つ神だと感心する。


「天都の神様なのですね。これは失礼しました」

 少女は深くお辞儀をする。どうやら天つ神を敬う方の神だったようだ。

「して、ナナナキ殿。何故お主はこのような場所で、更にそのような格好で歩いておるのだ?」


 彼女は答える。

「私は、川ノ神に襲われ、山の中を彷徨っていました」

 ――――と。


 その言葉を聞き、彼女の姿をよくよく見れば、着物の左腕部分が千切られており、そこから覗くはずの腕が全く見当たらない。

 さらに、黒い布で顔を覆っており、口元だけしか見えないので定かではないが、彼女の皮膚は健康からは程遠い見た目をしている。


「ヤヅノ蛇神に襲われたのか!?」

 声を荒げるカナビコ。後ろで聞いていたサカマキも驚くほどの大声だ。

「……はい。荒ぶる神が私の手を食べている隙に、命からがら逃げてまいりました」


 自分の腕を食いちぎられても尚、彼女は生きようと必死に抗ったのだ。一体、どれだけ悔しい想いでここまで来たのだろう。


「左様であるか。食事はもちろんだが、まずは怪我の手当てをしてやろう」


 ――――そうして私たちは本陣へと戻り、彼女の手当てをすることとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ