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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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黄美山へ行こう。

龍文書


黄美きび山脈】:秋になると黄色一色に染まる美しい山。要塞の様に連なっているため、天つ神はここに都を築き、そこを中つ国最初の拠点にした。

 ――――早速私たち四人は、昨日熊を吊るし上げた川辺へと戻る。

 しかし、そこに熊の死体はなく、大熊を吊るしていた綱だけが無残に千切られ、捨てられていた。


「確かにここで間違いないのじゃな?」


 綱の切れ端を眺めながら、カナビコは羊毛のように柔らかそうな髭をもてあそぶ。この仕事が終わったら触らせてくれないかな。


「ええ。確かに私はこの木に吊るしました」


 せっかく獲った獲物が消えてしまっている事実を知り、まるでおやつを取られた子供のように落ち込むユキメ。


「ま、まあ、あの熊が今頃誰かのお腹を満たしてるなら、それはそれでよかったんじゃない?」


 そう慰めの言葉をかけると、彼女は依然として表情を暗くさせたまま、私に向かって微笑んだ。よほど楽しみにしていたのだろう。


「大熊の肉は希少じゃからのう。賊か妖怪が持って行ったのじゃろう」


 追い打ちをかけるかのように笑う翁。戦況は読めても、空気を読むという事を知らないらしい。


「しかしッ! 一体何処へ消えたのでしょうかッ!」


 サカマキは山の中だとというのに相変わらずの大声だ。近くに大熊がいたとしても、これでは三里も先まで逃げてしまう。


「じゃが、これをよく見ろ。この綱の切り口を」


 三メートルほどの巨神と並んでしゃがみ込む私。

 そうして翁カナビコが持つ綱を見てみると、その切り口が鋭利な刃物で切られたように綺麗な事に気が付く。


「ふむ! これは刀痕ですな!」

「という事は、誰かが縄を切って持ち去った?」


 私と先鉾の巨神は顔を見合わせる。巨人と小人。傍から見たら、一体どういう風に映っているのか想像もできない。現代なら完全に事案ものだ。


「そういう事でございますな! 流石はソウ様であられる!」

「はっはっは。もちろんよ」


 そう言って私とサカマキは笑った。この神は声が大きいから、私も気持ちよく笑えるのが利点だ。


「ふむ。ということは刃物が使える者か……」


 ユキメの言う通り、それだけ分かればある程度は絞られてくる。二足歩行で、刀か刃物をもつ生き物。少なくとも獣の仕業ではないようだ。


「であれば、二本脚の足跡を探るのが得策じゃのう」


 ――――という訳で私とユキメ。翁とビッグボイスに班を別け、お互い付かず離れずで茂みを掻き分けながら足跡を探しはじめる。


「……ねえユキメ。これは?」

「お待ちを」


 何かの足跡を見つけては、私はそれをユキメに見てもらう。そして彼女がまじまじと足跡を眺め、結論を出す。そんか途方もない作業を、私たちはひたすら繰り返していた。


「これは猪ですね」

「猪かあ」

「でも猪の肉は臭みが少なくて美味しいんですよ」


 嬉しそうに人差し指を立てるユキメ。どうやら少し元気が戻ったようだ。それか食べ物の話をしているから元気なだけか……。


「そうなんだ」


 ――頼むから今は食べ物の話をしないでくれ。お腹が減る。


 私はふと空を見上げた。鬱蒼とした木々に隠れて見えづらいが、どうやら太陽は私の真上にあるようだ。恐らく時刻はお昼ごろ。


「ソウ様。そろそろお昼にしましょうか」

「そうだね」


 私たちは昼休憩をとるために、先ほど先鉾たちと別れた川辺まで戻ることにした。今朝がた、母が作ってくれた弁当もそこに置いてある。


「ユキメはお弁当あるの?」

 何となく聞くと、ユキメは大変嬉しそうな笑顔で口を開く。

「ええっ。リン様がわたくしの分もこしらえてくださったのです」

「そっか。流石は母上」

「ええ。あのお二人は、本当に心の広いお方です」


 孤児だったユキメをここまで育て上げたのだ。彼女は娘も同然という訳だ。という事は、ユキメは私の姉に当たるのだろうか…………。


 ――――そうして川辺にたどり着くと、まだ足跡を探しているのか、先鉾たちの姿は見えなかった。だが逆に、あの五月蠅いのがいては、静かにお昼も食べられない。


 私とユキメは適当なところに腰を落ち着かせ、弁当の風呂敷を解いた。そうして中から姿を現したのは、ずっしりと重い高級感のある重箱だ。


 蓋を開ければ彩色豊かなおかずが並んでいるが、箱の半分は白一色だ。


 家で食べる米とは違い、水気も無ければモチモチ感も少ないが、油気の多いおかずには丁度いい。

 わずかなスペースに敷き詰められた食べ物。重箱という小さな空間だが、そこに広がる景色は食卓の上に等しい。


 ――――そしてすんなりと耳に入る鳥のさえずりや、静かに流れる川の水音。風が吹けば、草木がこすれて囁き合う。

 この雄大な自然の中で食べる弁当は、どうにも美味しすぎる。


 ふと隣のユキメを見る。そして目に飛び込んできたのは、柱のように積み重なる重箱重箱だった。


「……ユキメ。それ全部弁当?」


 朝から大荷物だと思っていたが、ずっと背負っていたのは武器ではなく弁当だったのね。


「ええ! やはりリン様の作るお料理は別格にございますね」


 並べられた箱を覗いてみると、重箱一つにつき一種のおかずが敷き詰められている。


 私の箱には全種がバランスよく詰められていたが、ユキメはこれ全部で一つなのだ。……これでは本当に食卓である。


「おおっ。戻られておったか。――って、滅茶苦茶食うておるッ」


 先鉾の翁が目を丸くさせ、肩に付いた草葉を払い落としながら現れる。そして翁に続いて、巨神も茂みからぬっと顔を出すと、同様に目を丸くした。


「サカマキ、ただいま戻りました! ーーって、凄い食べてるッ!」


 ユキメの大食いにはもう慣れていたが、初めて見た時は私も、彼らのようなリアクションを取っていたのだろうな。そう思うとすこし恥ずかしくなる。

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