先鉾の翁と巨神
龍文書―35
【天陽の先鉾】:天陽大神の四柱の側近たち。自由奔放な大御神に振り回され、喜んでいる。
私たちが西ノ宮へ降り立つと、既に先鉾の二柱が川ノ神討伐の準備を進めていた。
辺りを見回すと、昨日見た景色とは違って、白兎族の集落はかなり落ち着ていた。遺体は見えず、血の溜まりも無く、家々の焼け跡は綺麗にまとめられている。
「やはり戻られましたか」
私がウヅキを探していると、先鉾の翁がばつの悪そうな顔をしながらそう言ってきた。よほど私を危険な目に合わせたくないのだろう。
「お早うございます」
「おっと。これは失礼した。これほどの齢で、関心ですな」
翁は頭を下げる。
「ところで、白兎族の姿が見えないのですが?」
背伸びをして遠くの方まで見回してみるが、やはり彼らの姿はない。
「恐れ多くも、ソウ様ッ。白兎族の皆様には西ノ宮の中に避難してもらっています!」
昨日見かけた、カーブミラー程の身長はある大男が頭を下げる。恐らく先鉾のメンバーの中で一番頼れそうな神である。それにしても綺麗なお辞儀だ……。
「でも、白兎族は。……その」
彼らが把握しているかどうかは分からないが、白兎族が直面している現実を、私はあまり口に出したくなかった。
「大丈夫ですッ! 先鉾の中でも一番うるさい女神が付いておりますのでッ!」
お前が一番うるさそうだけどなぁ。
「うるさい、と言うのは一体どういう?」
「は! 先鉾の中で一番、道徳心のある。という意味でございます!」
いかにも体育会系と言った感じだ。白銀の短髪に、腕は樹木のように太い。それでいて嫌味の無い爽やかさを感じるから不思議だ。
「なるほど。それは頼りがいのありそうな神様ですね」
「はッ! もちろんでございます!」
先鉾の巨神はまたしても腰を直角に曲げる。彼のそのキビキビとした動きは、見ていて気持ちがいいから面白い。
「ところで、もう一人の男神が見えないのですが?」
初対面の私に「何だお前は」と言ってきたうつけ者の事だ。その怖そうな顔の侍が見当たらないので、私は興味本位で聞いてみた。
「オクダカヅチですねッ! あ奴は大熊を捕りに行っております!」
狩りにでも行っているって事か? っていうかこの神たちにも名前があるのか。
「……なるほど」
気になっていたウヅキとユウヅキの居場所が分かったので、ひとまず私はお辞儀をしてお礼を言った。
「ふぉっふぉっふぉ。お役に立てたようで良かったですわい」
羊毛のような白い髭をもふもふしながら翁は笑い、そしてこう続ける。
「ところでソウ殿、まさか本当に川ノ神を誅伐するおつもりですかな?」
「もちろんです。短い間とは言え彼らにはお世話になったのです。それなのに何のお返しも出来ていないのでは、龍人の名が廃れます」
後ろからユキメの凄まじい気配を感じる。私の口からこれだけの言葉が出たので、よほど感心したのだろう。
「そうですか。どうやら決意は固いようですのう。……それならば」
先鉾の翁は、その白いヒゲを弄くりまわしながら笑った。どうやら、私の説得はもう諦めた様だ。
「しからば、このカナビコとサカマキが、死力を注いでお守りいたす」
二人の大男が私に頭を下げる。しかし悪くない眺め。この“カナビコ"とかいう翁も頼れそうな神だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼らの迫力に負けたくはないが、私は女なので、一応おしとやかにお辞儀をした。
――――そうして私たちは、白兎族の村長であるミカヅキの家を本陣にし、ヤヅノ蛇神討伐に向け、今後の展開を話し合うことにした。
「して、今回の国つ神討伐ですが、指揮はこのカナビコが務めさせていただきます」
どうやら川ノ神であるヤヅノ蛇神は、ここにいる四人と、今は狩りのため不在のオクダカヅチで討つようだ。
――――しかし相手は頭が八つもある大蛇。はたして五人で足りるのだろうか。
「それで、荒ぶる神はどうやって探すのですか?」
ここら辺の地形を雑に写した、地図とも呼べない見取り図を囲んで作戦を練っていると、ユキメが親指を噛みながら言葉を発した。
「それは心配に及びませぬ。今、オクダカが獲物を捕ってる最中にございます」
――まさか、捕った獣を餌にして神様を釣るってわけか?
「そして熊の血で酒を造りッ! 社に奉納するのですッ!」
「なるほど。荒ぶる神を奉り、おびき寄せるという訳ですね」
ユキメが顎に手を添えて先鉾たちに問う。そしてその言葉を聞いた翁カナビコは、小さく微笑んで答える。
「いかにも。暴神と言えど、神は神。大神の如く祭り上げれば、気をよくして姿を現しましょう」
「そんな単純なものなのですか?」
ここまで石のように黙って聞いていたが、私はつい我慢できずに口を開く。
「いえ。残念ながら、そこまで簡単には行きませぬ」
――――そうでなくては。
「では、どんな問題が?」
ユキメが正座を解き、足を組んでカナビコに問う。その目は真剣そのものだ。こんな眼もするのだなと言葉を呑む。
「はッ! 川ノ神は、昔から酒に漬けた”大熊の肝”が好物でありますッ!」
なんの前触れもなく叫ぶサカマキに、思わず肩をすくめてしまう私。しかしそんな私を気にも留めず、巨神は声を大にして続ける。
「しかし! その大熊は数が少なく、大変希少な毛の荒物にございます! 故に思うように捕獲できず、作戦も困難という訳でございますッ」
なるほど。だからもう一人の先鉾は未だ帰ってこず、今も一人、山で獣を追いかけ回しているのか。
そう考えると、腹の奥底から少しだけ笑いが込み上げてきた。
「ん? 待てよ」
私とユキメは顔を見合わせる。
「ねえユキメ、昨日血抜きしたまま忘れた熊ってさ……」
「……ええ。あれだけの大きさ。間違いないかと」
まるで運が私たちに味方しているかのように、事がうまく運んでいる。そう考えると、私の口元はつい緩んでしまうのであった。
――――天都にて
天陽「おはよー」
翁「お早うございます我が君。本日も一層輝いておりますな」
巨神「おはようございますッ!」
天陽「あれ、あとの二柱は?」
翁「オクダカは下界で、クサバナは入浴中でございます」
天陽「ま、どうでもいいけど。朝ごはんにしよ」
巨神「本日の朝食はこちらにございますッ!」
天陽「美味い。本当に料理上手じゃな、サカマキは」
巨神「身に余る光栄ッ!」
~数十分後~
天陽「ねえ。ぱんはぱんでも食べられないぱんってなんだと思う?」
巨神「ぱんとは何者ですかッ!?」
天陽「いや、生き物ではないのじゃ。余も全く分からぬのよ」
巨神「うむ! 般若ではございませんか!?」
天陽「それだとぱんにゃになるでしょ」
翁はこの時、天陽の頬に付く米粒を見ていた。
翁(我が君の頬に米粒がついておる)
翁(これは言わない方がよいだろうか。いや、もしこのままだと、大神が恥をかいてしまう……)
翁(――――よし、言おう)
翁「大神様!」
天陽「どうした。カナビコ」
翁「……ご、ご飯が。……ではないでしょうか」
天陽「食べられぬぱんと言っとるだろ」
~さらに数十分後~
翁(――――言えぬ!)
翁(右に付いてますよと言うべきか、左に付いてますよと言うべきか……!)
翁(もし左に付いてますよと言って、大神が大神から見て左の頬を触ったら、絶対恥ずかしい思いをする)
翁(それにその後、すいません逆です。とも言いづらい)
翁(かと言って、大神から見て右です。と言ったら、わしが大神を子供扱いしていると思われそうじゃ)
翁(どうすればいいのじゃッ!)
巨神「大神様ッ!」
翁(お、サカマキ! お主も気づいたか!?)
天陽「――――なんじゃサカマキ」
巨神「判ではないでしょうかッ!?」
翁(その話はもういいじゃろ!)
天陽「はんも確かに食えぬが、食えぬぱんだぞ?」
ここで天陽が何かに気づく。
天陽「おいカナビコ」
翁「な、なんでございましょう」
天陽「右の頬に米がついとるぞ」
翁「こ、これは失礼」
天陽「違う逆」
翁(こんなに簡単な事なのか……)




