天都の主宰神、御名を天陽大神
龍文書―31
【血】:血は貴いものであり、その一滴にも神が宿っている。神使は自身の身体に神の血を受け入れることによって、その神の完璧な眷属となる。
心が浄化されるような透き通る声。そして同時に騒めきだす野次馬。
「天つ神だ」
「なんと貴いお姿」
「遂に中つ国を平定なさるおつもりか!」
振り返るとそこには、禊祓の時より軽装な大神が笑顔で立っていた。護衛の男と女を数人引き連れて。
「アマハル様。どうしてここに?」
彼女の護衛や周りにいた野次馬たち。そしてユキメまでもが腰を曲げる中、私とユウヅキだけがその頭を天に向けたままだった。
そして私の問いに、アマハル様はウィンクだけを返す。
「――――皆の者、表を上げよ!」
矢のように貫く声。その陽光の如く行き渡る清んだ声に、全員がその頭をゆっくり上げた。
「あろうことか、国つ神であるヤヅノミコオズチが、我らが天つ神の神使を喰ろうた」
この場にいる全員が、その貴い声に耳を向ける。誰一人、囁きもしなければ物音ひとつも出さず、薫風の如くただただ静かに声を聞いた。
「元来神とは、信仰を集め、その奉納をもって力を保つ者。しかしそれだけでは収まらず、今回のような一件が起きたのはゆゆしき事である」
とても“お疲れサマー”と言っていた神様には見えなかった。
頭の飾りを振り、衣の袖を振って話す様は、まさに太陽の如く神々しい。
「しかし中つ国では、絶えず似たようなことが起き続けており、故に天都の神々も、もう辛抱できぬと腹を立たせている」
一人一人に言い聞かせるように。中つ国の端端の神たちに轟かせるように。彼女は夕陽をその身に受けながら言い放つ。
「故に我ら天都の神はッ、今この時を持って、この葦原中つ国の平定を、全身全霊をかけて執り行う事をここに表明する!」
……静寂。一切の雑音すらも許さない完璧な無。
なんだ、なんでこんなに静かなんだ?
しかしそう思ったのも束の間、野次馬の集団から続々と声が挙がる。
気付けば野次馬たちの数も倍に増え、派手な装束の者から、そうでない者まで、種種雑多な種族が彼女を拝んでいた。
声を張り上げる者。泣き崩れる者。ただひたすら口を抑え、目から涙だけを流す者。しかし聞こえる声は、全てが太陽神を讃美する物ばかりだった。
「――――すご」
あまりのうるささに耳を塞ぐが、その騒めきは甲すらも通り抜け、私の鼓膜をハチで叩いた。
「これが天都の最高神です」
歓声に耐える私とユウヅキを両の腕に収め、ユキメは泣かずとも、その目に水を張って私たちに言った。
「ひふみ。お主の願い、確と聞き入れたぞ」
アマハル様は親指を立てて再び私に目配せすると、お付きの護衛たちを残したまま、蝋燭のようにその姿を消した。
「あの、大神はどちらへ?」
帯刀し、侍のような出で立ちをした男の護衛に話を聞く。私の苦手な常に怒り顔系男子だが、この際は誰でもよかった。
「何だお前は?」
男はそう言って不思議そうな目で私の姿をまじまじと見る。そして案の定、ユキメが男に手向かおうとしたその時……。
「――――何だお前は、じゃないじゃろ!」
「痛!」
雪原のような白髪と真っ白な髭を蓄えた、いかにも強者感を匂わせる老人が男の頭を叩く。そしてその翁は私に頭を下げた。
「この龍人は我らの君、天陽大御神の、その御神使であるぞ!」
その言葉を聞いた護衛たちは、キュウリを見た猫のように目を丸くさせ、翁にならい深々と頭を下げた。
「ああ、いや。頭上げてください」
最初こそ、私が最強なのだと少し気分が良かったが、ここまでくると疲れてくる。
「は。恐れながら」
翁がそう言うと他も顔を上げる。そしてその目からは不純なものは消え、ただただ目の前の子供を敬う真っ直ぐなものになっていた。
「それで、大神様はどちらへ?」
再び私が聞き返すと、翁が首を垂れて答える。
「大御神は忙しい方ゆえ、今回は我々の力で、そのお姿だけを写して馳せ参じた次第でございます」
要は生中継ってことか。そんなことが出来る神様もいるんだな。
「それで、あなた方は?」
「我々は大神の光より化生せし四柱。名を“天陽の先鉾”と申します」
翁の後ろでは、残りの三柱が会釈をしながらただ静かに、私と翁の会話が終わるのを目をつむって待っている。
「あ、龍人のソウです」
主神を守る四本槍というわけか。なかなかイカす。




