白兎、ウナギを食す
龍文書―28
【川の神】:中つ国の川すべてに神が宿っており、その数は計り知れない。清んだ川ほど信仰が集まる。
「何か問題でも?」
しかしユキメも負けじと、声に迫力を持たせて店主に聞く。ここからは見えないが、恐らく表情にも力を入れている。でもなんで?
「い、いやですね。うちでは白兎族はお断りしてるんです」
ユキメに押し負けた店主が、目を泳がせながら続ける。
「こいつらはその素早さを活かして、盗みや食い逃げをここいらで繰り返してるんでさあ。それにコイツらが信仰してい…………」
「――――すいません! やっぱり僕たち戻ります!」
店主の言葉を遮り、ウヅキがユウヅキを連れて店を出ようとする。しかし私は、そんな彼の腕を掴んで止めた。
「すいません。四人です」
私がそう言い放つと、店主はばつの悪そうな顔をする。加えて、誰もが恐れる龍人族だからか、彼はその眉根を吊り上げ、いかにも困った表情で口を開く。
「しかしだねえお嬢ちゃん……」
たじろぐ店主。ここでユキメが店主の肩を掴み、その見下ろした顔の前で拳を掲げる。まさか殴るのか?
「お嬢様が四人と申しておる」
彼女はその拳で四本の指を立てた。よかった。
下からはユキメの顔を見ることが出来ないが、店主の顔面蒼白から察するに、恐らくかなり怖い顔をしている。
「ひえ。たっ、ただいま!」
そうして青ざめた店主は慌しく厨房へと消えて行った。
「さ、それでは席に着きましょう」
ユキメはいつも通りの笑顔で私たち三人を見下ろす。彼女は確かに頼りになるが、たまに怖い時がある。
「さあ、皆さんは何を頼まれますか?」
品書きを見てウヅキとユウヅキは戸惑う。見た感じ、迷っているわけではないようで、どうやらユキメに遠慮しているのだと肌で感じた。
「ぼ、僕はお腹空いてないから、ユウヅキは好きなの頼めよ」
「え、でもおにい、さっきお腹空いたって言ってた」
「いいからほら」
小さな声でウナギ会議をする兄妹。私たちに気遣って小声で話す様は、いつまでも見てられる程可愛い。
「じゃあ、あたしはウナギ丼にしよっかな」
私はそこまでお腹が空いていたわけでもないし、ユキメには遠慮しないようにしている。なぜなら、彼女には遠慮しても無駄だからだ。
「お二人はどうされますか?」
ユキメは先ほどから品書きを見ない。恐らくもう決まっていたのだろう。店に入る前から。
「じ、じゃあ、ウナギ丼の小さいのを一つ。ユウヅキに」
それを聞いて、満足したように笑みを浮かべるユキメは、右手を天高く挙げると、その指をぱちんと鳴らした。
――――すると飛んでくる店主。もはやユキメの手玉だ。
「うな重、“松”を四つ」
――――これだ。彼女はいつも、何を食べたいか聞くだけであって、後のことはまるで聞いていない。理由は簡単。早く食べたいからだ。
「えっ、松だなんて。そんなの頂けません」
「大丈夫。残してもいいんですよ?」
ウヅキは違う意味で言ったのだろうが、ユキメの耳にはまた違う意味に聞こえたらしい。食べ物を前にすると冷静さを欠くのが彼女の欠点だ。
「…………そんな。なんて、なんてお礼を申したらいいのか」
ウヅキの目がほんのりと潤う。
「おにい。何で泣いてるの?」
「いや、お兄ちゃんは大丈夫だよ」
ここまで妹を気遣うなんて。まだ年端も行っていないのに、本当によくできている。やはり彼らを助けたのは正解だったな。
そうして、私たちは店内を満たす香ばしい匂いに包まれながら、わちゃわちゃと雑談タイムに入る。
「――ウナギのお菓子ですか?」
「そうそう。うなぎパイって言うんだけど、これがまた美味しいのよ」
などと、お茶を啜りながらウナギを待っていると…………。
「…………おにい。厠」
ユウヅキが気恥ずかしそうにウヅキの袖を掴む。先ほどからもじもじしていたのは分かっていたが、トイレに行きたかったのか。
「しょうがないな。……すいません、ちょっと失礼します」
ウヅキが妹を引き連れて店の奥へと消えて行った。
そして私はそのタイミングで、ずっと心に引っかかっていた事をユキメに聞いてみる。
「ところで、さっき白兎族がどうとかって話は何だったの?」
ユキメはお茶をすすって一息つく。
「白兎族は、その矮小さ故、他の種族から迫害を受けていた歴史があるのです」
再び茶飲みを口に近付けながら続ける。
「ですが、その風習はまだ所々で根付いており、多くの白兎族は未だ爪弾きにされているのが事実なのです。盗みをしているのも一部の白兎だけで、他の者は真面目に生きております」
「そんな事が……」
やはりウヅキが居ない間に聞いて正解だった。これは食事の前にするような話ではない。しかし、どんな世界にも、こういう醜い現実は息をしているのだな。
「ところで、白兎族が信仰している神様ってのは?」
ユキメは茶を飲み干し、その空になった茶飲みを、店主からよく見えるであろう机の端へ置いた。
「それも古い歴史です。今の白兎族は、それぞれが好きな神を信仰していますよ」
店主が茶を淹れにやってくる。
この店主もまた、そういう歴史に呪われた被害者という事か。先ほどの態度も、店の世間体を気にしての事だったというわけだ。
――――そうやって、心の靄が晴れないまま暫く待っていると、店主ともう一人の店員が、私たちの頼んだ食事を重たそうに運んできた。




