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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
29/202

白兎、ウナギを食す

龍文書―28


【川の神】:中つ国の川すべてに神が宿っており、その数は計り知れない。清んだ川ほど信仰が集まる。

「何か問題でも?」


 しかしユキメも負けじと、声に迫力を持たせて店主に聞く。ここからは見えないが、恐らく表情にも力を入れている。でもなんで?


「い、いやですね。うちでは白兎族はお断りしてるんです」


 ユキメに押し負けた店主が、目を泳がせながら続ける。


「こいつらはその素早さを活かして、盗みや食い逃げをここいらで繰り返してるんでさあ。それにコイツらが信仰してい…………」

「――――すいません! やっぱり僕たち戻ります!」


 店主の言葉を遮り、ウヅキがユウヅキを連れて店を出ようとする。しかし私は、そんな彼の腕を掴んで止めた。


「すいません。四人です」


 私がそう言い放つと、店主はばつの悪そうな顔をする。加えて、誰もが恐れる龍人族だからか、彼はその眉根を吊り上げ、いかにも困った表情で口を開く。


「しかしだねえお嬢ちゃん……」


 たじろぐ店主。ここでユキメが店主の肩を掴み、その見下ろした顔の前で拳を掲げる。まさか殴るのか?


「お嬢様が四人と申しておる」


 彼女はその拳で四本の指を立てた。よかった。

 下からはユキメの顔を見ることが出来ないが、店主の顔面蒼白から察するに、恐らくかなり怖い顔をしている。


「ひえ。たっ、ただいま!」

 そうして青ざめた店主は慌しく厨房へと消えて行った。

「さ、それでは席に着きましょう」


 ユキメはいつも通りの笑顔で私たち三人を見下ろす。彼女は確かに頼りになるが、たまに怖い時がある。


「さあ、皆さんは何を頼まれますか?」


 品書きを見てウヅキとユウヅキは戸惑う。見た感じ、迷っているわけではないようで、どうやらユキメに遠慮しているのだと肌で感じた。


「ぼ、僕はお腹空いてないから、ユウヅキは好きなの頼めよ」

「え、でもおにい、さっきお腹空いたって言ってた」

「いいからほら」


 小さな声でウナギ会議をする兄妹。私たちに気遣って小声で話す様は、いつまでも見てられる程可愛い。


「じゃあ、あたしはウナギ丼にしよっかな」


 私はそこまでお腹が空いていたわけでもないし、ユキメには遠慮しないようにしている。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()


「お二人はどうされますか?」


 ユキメは先ほどから品書きを見ない。恐らくもう決まっていたのだろう。店に入る前から。


「じ、じゃあ、ウナギ丼の小さいのを一つ。ユウヅキに」


 それを聞いて、満足したように笑みを浮かべるユキメは、右手を天高く挙げると、その指をぱちんと鳴らした。

 ――――すると飛んでくる店主。もはやユキメの手玉だ。


「うな重、“松”を四つ」


 ――――これだ。彼女はいつも、何を食べたいか聞くだけであって、後のことはまるで聞いていない。理由は簡単。早く食べたいからだ。


「えっ、松だなんて。そんなの頂けません」

「大丈夫。残してもいいんですよ?」


 ウヅキは違う意味で言ったのだろうが、ユキメの耳にはまた違う意味に聞こえたらしい。食べ物を前にすると冷静さを欠くのが彼女の欠点だ。


「…………そんな。なんて、なんてお礼を申したらいいのか」

 ウヅキの目がほんのりと潤う。

「おにい。何で泣いてるの?」

「いや、お兄ちゃんは大丈夫だよ」


 ここまで妹を気遣うなんて。まだ年端も行っていないのに、本当によくできている。やはり彼らを助けたのは正解だったな。


 そうして、私たちは店内を満たす香ばしい匂いに包まれながら、わちゃわちゃと雑談タイムに入る。


「――ウナギのお菓子ですか?」

「そうそう。うなぎパイって言うんだけど、これがまた美味しいのよ」

 

 などと、お茶を啜りながらウナギを待っていると…………。


「…………おにい。かわや


 ユウヅキが気恥ずかしそうにウヅキの袖を掴む。先ほどからもじもじしていたのは分かっていたが、トイレに行きたかったのか。


「しょうがないな。……すいません、ちょっと失礼します」


 ウヅキが妹を引き連れて店の奥へと消えて行った。

 そして私はそのタイミングで、ずっと心に引っかかっていた事をユキメに聞いてみる。


「ところで、さっき白兎族がどうとかって話は何だったの?」


 ユキメはお茶をすすって一息つく。


「白兎族は、その矮小さ故、他の種族から迫害を受けていた歴史があるのです」

 再び茶飲みを口に近付けながら続ける。

「ですが、その風習はまだ所々で根付いており、多くの白兎族は未だ爪弾きにされているのが事実なのです。盗みをしているのも一部の白兎だけで、他の者は真面目に生きております」

「そんな事が……」


 やはりウヅキが居ない間に聞いて正解だった。これは食事の前にするような話ではない。しかし、どんな世界にも、こういう醜い現実は息をしているのだな。


「ところで、白兎族が信仰している神様ってのは?」


 ユキメは茶を飲み干し、その空になった茶飲みを、店主からよく見えるであろう机の端へ置いた。


「それも古い歴史です。今の白兎族は、それぞれが好きな神を信仰していますよ」

 

 店主が茶を淹れにやってくる。

 この店主もまた、そういう歴史に呪われた被害者という事か。先ほどの態度も、店の世間体を気にしての事だったというわけだ。


 ――――そうやって、心の靄が晴れないまま暫く待っていると、店主ともう一人の店員が、私たちの頼んだ食事を重たそうに運んできた。

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