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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
28/202

神都 西ノ宮3

龍文書―28


【天陽大神】:太陽の神。天都を治める主神。所願成就の神。最高神ゆえ、階級を超越している。

 私の言葉を聞きユキメも辺りを見回す。しかしどうやら、彼女の袴も姿を消している様だ。

 ユキメの袴のみならず私の袴まで。許せん。


「本当ですね。どこに行ったのでしょう」


 私とは違い、どこか冷静な表情で袴を探すユキメ。もしやこういう事には慣れっこなのか?

 ふと私は、袴の代わりに置いて行かれたような、丁寧かつ綺麗に畳まれた白い浴衣に目を留める。

 もしやこれは着替えか? 確かに私たちの袴は泥だらけだったからな。


「…………浴衣だ」

「もしや洗濯に出されたのでは?」

「それでも勝手に持っていくかね」

「私たちをもてなしたい、という心の表れではないでしょうか?」


 と、ユキメは微笑む。普段はユキメが世話をする側だから、きっと嬉しいのかもしれない。

 そういえば、私も自宅の風呂に入っている時、何も言わずとも侍女が着物を持っていく。それと同じことなのか?


「とりあえずこれを着て、外の者達に聞いてみましょう」

「うん」


 ウサギの様に真っ白な浴衣を着た私たちは、火照った体を扇ぎながら外に出る。すると、外の涼しい風が髪を通り抜け、なんともいえぬ心地よさが私を撫でる。


「もし、そこの婦人。もしや私たちの袴を持っていかれましたか?」


 ユキメは丁寧な口調で薙刀を持った女に聞くが、その表情にはどこか影が出来ていた。

 少しでも私に損があると思ったらこれだ。どうにか治さなければと危惧する。


「ああ! ごめんなさいね、あまりに汚れていたものですから、お洗濯に出しちゃったわ」


 どうやら彼女らが袴を持ち出していたらしい。少し焦ったが、これで解決だ。


「あ、ソウ様!」


 突如聞こえた可愛いい声。女の子の声にも聞こえたが、目を向けるとそこにはウヅキがいた。


「あ、ウヅキ。どうしたの?」

 私が笑みを返すと、ウヅキのうさ耳も嬉しそうに跳ねる。

「そろそろ上がる頃かなって思って」

 私を待っていた!? …………のか?

「そ、それで?」

「うん。妹と一緒に西ノ宮を案内しようと思ってたんだけど、どうかな?」


 ウヅキの身長は私より低い。彼の隣に立つ妹のユウヅキはもっと低い。故に私を見る時は上目遣い。

 ――――尊いッ!


「どうしたの?」

「…………いや。なんでもない」

 ここで一旦、私は仕切り直しを図る。

「それで、なんだっけ?」

「えっと。西ノ宮を案内してあげるって話だよ」


 ウヅキは少し引いている。顔に出た私の感情のせいだろう。しかしよく見たらユウヅキはドン引きしていた……。


「ああ、西ノ宮ねっ。行く行く! もちのろん」

 なんとかこの空気感を壊そうとするが、流石に無理があるか?

「……もち、のろん?」

「ねえ、おにい」


 妹のユウヅキは、奇怪な目を私に向けながら兄の袖を引っ張る。可愛い動作だが、多分あたしには一生やってくれないだろうな。


 そうやって二人は私から距離を置くと、ひそひそと着物の袖を使って会話を始める。私は陰キャだからそういうの傷つくんだけどな。


「こ、こら大丈夫だよ! あの人たちは龍人族なんだぞ、僕達を売り飛ばすわけないじゃないか」

 ――――どんな風に思われてるのかな、私。

「ごめんなさいソウ様。妹の無礼を許してください」

「も、もちろんだよ」


 可愛くも失礼な兄妹の攻撃をかい潜り、私はなんとか耐え抜いた。目から涙が零れるのを。


「よかった、それじゃあ行きましょう!」


 だがしかし、闇夜を照らす月の様に笑う彼を見ると、不思議と穏やかな気持ちが生まれる。つまり癒し系だ。



 ――――そうして私は彼らに連れられ、白兎族の集落から西ノ宮まで移動した。

 構造的には、西ノ宮を囲うように集落があるため、妖怪などは一切出現せず、子供たちだけでも安全に城下町へ入れる様になっている。……のだが。


「ユキメは休んでて良かったのに」


 案の定ユキメも同行した。私も彼女を置いていくつもりはなかったが、付いてこなければそれで構わないと思っていた。


「西ノ宮のような都会は危のうございます。特に龍人族は人攫いの格好の的となりましょう」

 傷一つ付けないって約束したもんね。頼もしい限りだ。

「確かに子供だけでは危ないですからね。村の者達も、ユキメさんが付いていくなら安心だと言っていました」


 初めて会ったばかりなのに、みんながユキメの事を信頼している。そう思うと、私としても鼻が高かった。

 そうして私たちは、からんころんと下駄を引きずりながら大通りを歩く。


 ――――海辺の都会、西ノ宮。街の真ん中に大きな社があり、それを囲うかのように大小さまざまな建物が並んでいる。

 そして花柳町とは比べ物にならない程の人の量であり、街中では様々な種族が楽し気に大通りを闊歩している。中には身長が三メートル以上の巨体や、絵具を零したかのような派手な髪色をした種族など種々雑多だ。


「あぁらナカスさん、今日もお勤めかい?」

「さあさあ、よってらっしゃいっ、今日の野菜は一段と美味しいよッ」

「近頃の魚は痩せてるねえ」

「お、今夜も来てくれんですかい、旦那ッ」


 などと、人々の会話や馬のいななき。他にも客の呼び込みをする声などで、通りは常に賑やかさが充満している。なんだかお祭りみたいでウキウキする。


 そうしてしばらく通りを歩いていると、ユキメが指をさして声をあげた。


「あっ、ソウ様! あそこに茶屋がありますよ!」

 本当だ。しかも花柳町の甘味処よりも大きい。

「ソウ様! 握りずしの屋台ですよ!」

 へえ。すし屋が露店で商売してるんだ。花柳町はおろか、現代でも珍しいものだ。

「ソウ様、ソウ様! ウナギですよ。あそこにウナギ屋がございます」


 ――さっきから食べ物ばっか! もしやこいつ、美味しい物を目当てに付いて来たのではないのか?


「…………行かれ、ないのですか?」


 子犬のような目で見つめてくるユキメ。だめだ、耐えるのだ。もうすぐ宴の時間が始まる。彼女の誘惑に耐えろ私。


「あ、ほら。せっかく白兎の人たちが用意した料理、食べれなかったら失礼じゃん?」


 上手い言い訳を見つけたと思った私。しかし敵はユキメだけではなかった。なんと悲しい事か、ウヅキとユウヅキも店の前で腹の虫を鳴かせているのだ。


 そうして肺の奥の奥にまで酸素を取り込む。そしてその息をゆっくり吐きながら、私は熟考し、決断した。


「よし。いこっか」

「御意」


 それからのユキメの行動は早かった。しかしよく考えれば、ウナギなんてものは花柳町でも食べられないし、家でも滅多に出ない。だから私も、たまにはいいかという考えに至ったのだ。

 ユキメの奢りだが……。


「いらっしゃい!」


 “鰻”と書かれた大きな暖簾のれんをくぐると、厳つい店の主人が私たちを出迎えた。しかしその格好は上品なもので、店内の内装もかなり綺麗な仕上げとなっている。


「何名様で?」

「四人です」


 ユキメが店主と話している時、ウヅキが気まずそうな顔で私の肩をつつく。何か問題でもあったのかと不安になり「どうしたの?」と聞くと……。


「僕たち、お金持ってませんよ?」

 ――――と、兄妹揃って子ウサギのような眼差しを私に向ける。


「大丈夫、大丈夫。ユキメは結構持ってるから」


 私はそう言ってあげるが、しかし彼らは依然として不安げな表情を浮かべたままだ。

 だが、その理由は直ぐに分かった。


「お客さん。そちらの二人、もしや白兎族では?」


 急に声色を変えたその店主は、酔っ払いの吐き捨てた吐しゃ物を見るような目で、ウヅキとユウヅキを交互に見る。

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