神都 西ノ宮2
龍文書―27
【大海】:西ノ宮の東に位置する海原。人魚の目撃が相次いでいる。
丘を下ると村を守る門兵が見えた。筋骨隆々で、身長も高く強面だが、頭からは可愛い耳が生えている。控えめに言って可愛い。
「何者だ!」
しかし門兵は私たちを見るや否や、大層な大槍を私たちに向けながら声を張り上げた。
――駄目だぞユキメ。我慢するんだぞ。
「お主ら、誰に矛先を向けているのか知っての狼藉であろうな?」
――無理か。
「ち、ちょっと待ってください!」
ここですかさず、ユキメが助けた白兎美女たちの援護が入る。同じ耳を生やした者同士、言葉は交わさずとも、その耳が全てを物語っている。
「お主ら、小鬼に捕まったはずやろ……」
「助けて貰ったの! この素敵な龍人の方に」
“素敵な龍人”ね。悪くない。でもそれに私は入っているのか?
そうして男たちは彼女らの言葉を聞くと、すかさず槍の矛先を私たちから外す。そしてその代わりに、きりっとした細い目から涙を流した。
「ああ、お前たち。よくぞ無事で戻った」
ラグビー選手の如し体形の二人は、槍を地面に落とすと、嗚咽を繰り返しながら彼女たちの元へと近寄ってゆく。
「……ハヅキよくぞ戻った。俺たちも助けに行こうと、今準備をしとったのだ」
「泣かないでくださいまし。コウヅキ様」
これぞハッピーエンド。こっちまで泣けてきてしまう。
そして涙もろいユキメの事だ、きっと私よりも泣いてるんだろうな。と、その泣き顔を拝もうと、私は背中から彼女の顔を覗き込む。
――――全然泣いてない。
彼女は優しい眼差しで見守るだけで、その目からは一粒の涙も浮かんでいない。
「どうされました? ソウ様」
「ああ、いや。これも全部、ユキメのおかげだよ」
そう言ってユキメの頭を撫でる。いつもつやつやとしている髪にはまだ泥が付いている。だがこれも、ユキメの優しさを表しているのだ。
「……ああ、勿体のうお言葉。このユキメ、頑張った甲斐がありました」
ここで泣くんかい。
「さあ、龍人の方々。この度の感謝を込めて、わが村で貴女方を歓迎します」
地に落とした槍を拾うと、彼は真心を込めて私たちを門の中へと誘う。
村の門は、天千陽のと比べれば小さいものだが、それでも集落を守る役目はしっかりと果している。
「かたじけない」
ユキメに背負われたまま私も門をくぐる。まるで弥生時代のような村だが、それ以上に文明は発展している。村を駆け巡る白兎の子を見る限り、不自由はしていないようだ。
そしてその中でもひと際大きな建物。恐らく村長が住んでいるであろう屋敷に、私たちは案内される。がしかし、その扉の前でもまた、別の男が立ちはだかる。
「コウヅキ。その者らは何者だ?」
先ほどの門兵の一人、コウヅキは、村長の家を守る男に頭を垂れると、神を敬うかのように口を開く。
「は。奇しくも天界から現れ、小鬼どもに攫われた村娘たちを救ってくださった方々です!」
後半に行くにつれ、声が大になる門兵コウヅキ。その声は最早村の隅々にまで轟いている。
「名をッ、龍人のソウ様とッ、ユキメ様にございますッ!」
…………は、恥ずかしいぃ。皆見てるんですけど!
「なにッ! 天都から使者が送られたというのか!」
屋敷の門番も負けじと、より大声で叫ぶ。白兎族というのは、かわいい耳に反して結構アツい人たちなんだな。
「いえ、龍人の子の武鞭を行いに、この中つ国に降りてきたということです」
その言葉を聞くと、何事かと周りに集まっていた白兎族が一斉に肩を落とした。――勝手に話を進めておきながら、失礼にもほどがある。
「そうか。やはり今年も来ぬか」
「――――なんじゃあ、うるさいのお」
外の賑やかさに我慢できなかったのか、この村の長らしき人物が家のドアからこちらを覗き見る。それはまるで玉のように小さく、白くてふさふさの老人だ。
「ミカヅキ様!」
龍人の肌より真っ白な髭を蓄えた老人。その肌は程よく日焼けしており、所々シミが目立っている。
そしてその老人が現れたとき、村の全員が一斉に片膝をついた。
「ふむ、龍人族。儂も久しぶりにお目にかかるが、相も変わらず美しいのう。ヒンッヒンッヒンッ」
そう冗談めかして言う老人は、今にも死にそうな声で笑う。というか、笑ってはいるのだろうが、出ているのは掠れた息だけだ。
「しかし助けて貰ったのじゃ。お礼をしないわけにもいかぬ。皆の者、宴の準備を」
村長ミカヅキの言葉に、村の者は全員歓喜の声をあげた。私も正直興奮が収まらないが、対するユキメは何処か不安げな顔をしている。
「どうした、ユキメ?」
彼女の背中から飛び降り、今度は下から彼女の顔を伺う。すると彼女も膝をつき、目線を私に合わせて言う。
「いえ、大変申し上げにくいのですが、ソウ様はまだ三十ゆえ、門限の夕刻までには帰らねばなりませぬ」
――――そんな馬鹿な。宴だぞ? ファンタジー世界での初宴だぞ? そんな馬鹿な話があるか。
「村長ミカヅキ。せっかくのご厚意、大変嬉しく思っておりますが、そろそろ私たちは戻らねばなりませぬ」
彼女の言葉に騒めきが起き始める。我らの厚意をなぜ断るのか。と、不思議でしょうがないといった感じだ。
「ふむ。確かにソウ様はまだ幼子。しかし、多少遅くなろうとも、そなたらの功績を称えた宴なのじゃ。ご両親も大目に見てくださろうて」
時間はまだ正午。確かにこれくらいの時間なら、宴が終わるもの夕刻くらい。問題はない筈だ。
「そうだよユキメ。折角だし、ちょっと休んで行こうよ」
ユキメが凄く迷っている。おそらく色々と頭の中で考えているのだろう。ユキメは優しく、誰よりもヨウ家の事を考えている。
だが、そんな熟考も、この私の“あざとお願いうるうるアイ"を見せれば…………。
「…………ね。お願い」
「っううぅ。そのような眼で見つめないでくださいまし」
――ご覧の通りだ。
それに私は、ユキメにいつまでもこんな汚い恰好をさせておきたくないのだ。多分両親も、ユキメのこんな姿を見たら腰を抜かして死んでしまうだろうし。
「じゃあ、少しだけゆっくりしたら帰ろう?」
「は、はい。かしこまりました」
少し頬を染めながら観念したようにユキメは俯く。
さて、そうと決まれば、さっそくお風呂だ。とりあえずユキメを洗わないと。
「……お風呂ですね! でしたらこちらの浴場を使ってください」
話も決まり、丁度よく通りかかった白兎の女に「お風呂は何処ですか」と聞くと、彼女はさっそく風呂場へと案内してくれた。
案内されたのは物置のように小さな小屋だが、桧の香りが漂う落ち着いた空間だ。
「私共が見張っておきます。お二方はどうぞ中でおくつろぎください!」
頼れそうな太い腕の女白兎が、薙刀を持って満面の笑みで声を張った。
私は論外だろうが、確かにユキメは危ない。と、見張りをお願いしようとした時……。
「いえ、私が見張っておきます故、ソウ様がお先に…………」
等とユキメがさえずるので、私はその腕を掴んでやった。
「ユキメ、ここは彼女たちに任せよう」
「―――えっ、ちょっと!」
驚いた表情のユキメを、私は半ば強引に小屋へ押し込んだ。
中は柔らかい木の香り。脱衣場ですらこれだ。風呂場の方はもっと凄いに違いない。と、そんなはやる気持ちを抑えながら、私は袴を脱ぎ捨てる。
「やっとで体を洗い流せますね」
私とは違っておしとやかに脱衣を行うユキメ。まるでみかんの皮を剝いているかのよう。早く脱げよとじれったいが、徐々に露わになる素肌を見ると、私は目線を外せなかった。
「うん、そうだね」
「ソ、ソウ様。あまり見ないでくださいまし」
――今の私って、一体どんな顔してるんだろう。
それから私たちは、まるで樹木に包まれているかのようなヒノキ風呂で、今日一日を振り返るかのようにゆっくりと、時間をかけて湯船に浸かった。
「いいお湯ですねえ」
「エモいねえ」
湯気を逃がすための小窓からからは、宴の準備をする音が聞こえる。そしてその楽し気な空気に、私は密かにお風呂で心を躍らせた。
「――――下呂温泉。これがまたおススメなのよ」
「げろ…………。温泉ですか?」
“また入りたい”と、名残惜しさを残しながら風呂場を出た私は、ユキメとのお風呂トークに花を咲かせながら脱衣場へ戻る。しかしその時、異変は起きた。
「待ってッ」
辺りを見回し、脱衣場に起きた変化を注意深く探す。何かがおかしいのだ。先ほどと少し違う風景。――――そして私は気付く。
「ユキメ、袴がないッ!」




