白いウサギの涙
龍文書―22
【白兎族】:ウサギのような耳が生えた一族。龍人と同じく、神使として神通力を使う事を赦されている。
……もしここで私が負けたら、ユキメの足を引っ張ってしまい、最悪ユキメもやられてしまう。
――――いや、考えすぎだ。ユキメもまだ体力はあるし、ここで負けて二人仲良く凌辱なんて、そんな薄い本展開はあり得ない。
「血一矢!」
私の放った一本が小鬼の脳天を貫く。しかし奴らはそれに臆する所か、どんどん私たちとの距離を詰めてくる。
くそ。血一矢では効率が悪い。それなら。
右手の爪を左手の五本指の腹にあて、それぞれを同時に切る。
そうすれば当然、左手からは夥しい程の血が流れるが、これだけの血があれば広範囲の術を繰り出せる。
私はそのまま大地に手をつき、土に自分の血を飲ませる。そして小鬼が十分に近づいて来たころで、龍血の術を唱えた。
「血憤怒」
地面が隆起を始め、タケノコのように伸びた土壌が小鬼たちを貫く。それに加え、その土には私の血が含まれている。つまり傷を負った小鬼の体内は…………。
「發!」
――――血によって弾け飛ぶ。
「お見事ッ。お見事でございますう!」
後ろでユキメが泣いている。まるで、運動会で我が子を応援する親の様だ。今まで味わったことの無い満足感が、親のいなかった私を包む。
……しかし不味いぞ。数がどんどん増えていく。血を使いすぎる術はあまり多用しない方がいいな。――――ならば、あれを試してみるか。
「天羽羽斬」
ぼたぼたと零れる血液は、手のひらで凝固し形を作り上げていく。そうして出来上がったその血刀は、雲のように軽く、鋼のように固い。
「まさか、白刃戦に持ち込むのですか?」
ユキメも流石に焦り始める。もちろん私も、この背丈くらいの刀を持って戦うのは無理だと承知している。しかし、振るだけが刀ではないのだ。
そうして私はその刀を、血一矢の要領で放つ。
「刀を飛ばした?」
ユキメの言葉通り、刀は一直線に空を突き進み、目先の小鬼の首を落としては、後ろの木に突き刺さって進撃を止めた。
「ソウ様。確かに刀は矢より威力はあります。しかし小鬼相手であれば、矢一本で事足りると存じ上げます」
「まあまあ、よく見ててよ」
しっかりと木に食い込んでいる刀は、そのままの形を保ち続けたままビクともしない。しかし血の力は未だ健在だ。
「戻れ!」
私の声とともに刀は木を両断し、そのまま真っすぐ私の元へと帰ってくる。まるでかわいい子犬のように。
「払い切り」
そうして私は、戻って来た刀に周りの小鬼どもを切り捨てさせる。
「………………そんなまさか、血の操作をここまで細かく」
彼女の言う通り、龍血はかなり繊細な業だ。しかし、コントローラーのジョイスティックを扱いなれている私からしたら、こんなのは朝飯前なのだ。
――――龍血の術は言わば“操り人形"。ゲーム内のキャラクターを操作する感じに近い。今まさに空を舞って次々と小鬼を切っている刀は、もはや私の可愛いアバター。
「乱斬り」
小鬼の身体を次々と両断する刀。斬り方は“払い切り"しか知らないが、自由に操作できるなら刀も包丁も同じだ。
「千斬りッ」
もはやこの戦場は“まな板"の上に等しい。あとは文字通り、私が調理するだけだ。ありがとう、家庭科の先生!
――――そうして龍血のコツを掴んだ私は、その場にいた小鬼を一網打尽にした。数にしておそよ三十匹。流石に気持ち悪い。
「うぅ。吐きそう」
周りに転がる死体の山。“妖怪”故に死んだら蒸発するが、結構きつい。
「ソウ様ぁッ!」
ユキメが私に抱き着く。抱き着いてさらに持ち上げる。そしてさらに振り回す。貧血で頭がくらくらするというのに、まるで容赦がない。
「ユキ、ユキメは! 大っ変、嬉しゅうございますッ!」
おいおいと泣きじゃくるユキメ。これほど喜んでくれるのは嬉しいが、さすがにもう疲れた。
武鞭を行い、更に矢を二本と刀一本。加えて大技一回。今の私ではこれが限界か。
「ユキメ。……ユキメ。ちょっと降ろして」
「あっ。申し訳ありません。つい嬉しくて」
「もうへとへと。ちょっと休もう?」
木の根元に腰を下ろす。小鬼の亡骸も、もう塵一つ残っていない。
そうして熱さで火照った私の身体を、爽やかな風がやさしく撫であげる。それに加え優しい木漏れ日。水のように美味しい空気。これはエモい。
「お疲れ様でございました。先ほどの川辺に戻って、お昼にしましょう!」
そういえば、母上がお弁当作ってくれてたんだった。もうお腹ペコペコ。
「ごめんユキメ。おんぶして」
別に立てるだけの体力は十分残っている。しかし私は頑張った。これくらいの甘えは神様も許してくれるだろう。そして、ユキメは多分泣く。
「も、も、もちろんでございます!」
――――ほらきた。それじゃあこのまま甘えて、川辺に着くまでは彼女の背中で眠らせてもらおう。
と思った矢先、パキっと背後で落ち枝を踏む音が響き、私たちの甘い時間は一瞬にして奪われることとなる。




