初陣2
龍文書―20
【天龍体】:完全に龍の姿へ還った者は、もはや神でもなければ龍でもなくなる。自我を取り戻すことはほぼ不可能。
しまったな。先生と呼ぶのは今後から禁止にしよう。全く物事がはかどらない。
「…………そ、しれでは! それでは、部位変化とは何ぞやという事ですが」
やっとで話が進んだ。普段は冷静沈着で、全てを完璧にこなす才色兼備のくせに、変なところに地雷があるから扱いづらい。
「部位変化とは、龍の姿を取り戻すことです」
「龍の姿を、取り戻す?」
先ほどよりは落ち着いたが、ユキメの頬はまだ薄い紅色に染まっている。
「はい。私たち龍人は、普段は神様の姿をしていることはご存じですよね」
周知の事実だ。
「でも龍人は神の血より、龍の血の方が濃いんだよね?」
「流石、良いところに気付かれます」
大きな岩の上に座っていても、目線はユキメと変わらない。いつもは下から見上げているが、こうして正面から見るのも良い物だ。
「龍人は完全に龍の姿を取り戻すと、友や恋人。果ては両親にも危害を加えてしまうほど、己を失ってしまうのです」
家の文献に書かれていた“龍の姿になりし者、もはや神にあらず龍にもあらず”というのはこの事を言っていたのか。さしずめ狼人間やサイヤ人って言ったところか。
「ですから、それを恐れた神々が、産まれてくる龍人には神の姿を与えようと取り決めたのです」
「ふーん。何か必殺技みたいでカッコいいのを想像してたけど、存外ヤバそうな代物だね」
少し気が抜けた。部位変化なんて言うからどんなものかと想像していたが、使いすぎれば暴発する、まさに諸刃の剣だ
「しかし、しっかりと用法を守れば、龍人は神にも負けぬ力を得ますよ」
「流石に神様には勝てないでしょ」
私の言葉に、ユキメはまるで敵などいないかのような笑みを浮かべる。
「見ててください」
彼女が静かに目をつむると、それに反応するかのように木々が騒めきだし、小さな鳥たちが一斉に空へ飛び立つ。
「龍頭」
彼女の頭から真っ白な角が天を仰ぐように伸び始める。
さらに彼女の耳が、まるでエルフの耳のように長く尖る。いつもの耳飾りが別物に見えてしまうほどの変化っぷり。
「どうですか?」
そう言うユキメの目には、赤い紋様が妖しく浮いている。まるで別人のようだが、その優しい声音は間違いなく彼女の物だ。
「ユキメだよね?」
「もちろんです。ちなみに私たちは、龍の姿に戻る事を“還り"と呼んでいます」
さっき自分を失うなどと聞いたからだ。私は今、目の前の彼女に恐怖心を抱いている。
――――糸のように細く、そして赤く輝く瞳孔。松のように生える立派な角は、普段の彼女を忘れさせてしまう程いかめしい。
「まだまだこれからですよ。よく見ておいてくださいまし」
彼女はそう言って笑うが、その見慣れた口からは牙が覗いている。私の知っているユキメが、ユキメではなくなってしまう様だ。
「龍脚」
――――再び彼女の身体が変化を始める。
すらりとまっすぐ伸びている足が歪み、さらに三十センチほど身長が高くなる。仕舞には袴の裾から、まさに龍の如く鋭利な大爪が姿を現した。
「少し醜いので足は見せたくありませんが、龍の鱗は、如何なる刃も砕く程たくましいんですよ」
目元に浮かぶ赤い紋様が、先ほどよりも広がっている。恐らくこの紋様は、龍の姿を取り戻す程に赤く、そして妖しく浮かぶのだろう。
――――龍人本来の姿と言われるその様は、あまりにも神々しく、そしてあまりにも厳めしい。しかしユキメの声だけが唯一、彼女が正気だと言ってる。
「エモいね。その姿」
「えも?」
「ああいや、すごく躍動的だなって」
ユキメはいつものように笑って見せる。やはり彼女はどんな姿になろうと、太陽のような不変の美しさを持っている。
「他にも“尻尾"や“腕”も龍に戻せますが、同時に変化するのは二か所までに留めておいた方がいいです」
「それ以上は危険ってこと?」
「そうです。天龍体になってもなお、正気を保った龍人の伝説もありますが、実在したという話はありません」
「注意しろって事ね。りょ」
――――さて、それじゃあ、一丁やってやりますか。
そう意気込んで岩から飛び降りた時、ユキメの大きさに改めて驚く。一七〇近い身長が、二〇〇以上に伸びているのだ。驚くのも無理はない。
「私としても、さっそく部位変化を教えたいのですが、もどかしい事に、ソウ様にはまだ龍玉がありません」
ユキメは腰を落とし、更には膝をついてようやく目線を私に合わせる。それでもまだ私が見上げなければならない程の高さだが。
…………ん? 待てよ、龍玉がないと変化できないのか?
「今の私には出来ないってこと?」
「残念ながら」
生殺し! ここまで見せられてお預けって、そりゃあんまりだ……。
「えええ。何かショック」
「ですがこれで“還り”がどの様なものか、おおよそ把握できたと思います。還りを見せるのと見せないのでは、今後の成長が大きく変わるんですよ」
要は、普段からイメージトレーニングしろって事か。龍玉が貰えるまであと三十年。ほど遠いなあ。




