初陣
龍文書―20
【袴】:戦闘用の着物。還りの際、体が大きくなるため、龍人の女性は男物の袴を着る習慣がある。寒がりの龍人は羽織も羽織る。
嘘。熊ってこんなに大きいの? くまのぷーさんは幻だったって事? これじゃまるで、コストコの熊だ。
「血一矢!」
ユキメの声が後方から聞こえた。しかし優しい声じゃない。これは誰かを殺そうとしている声だ。
直後、大熊の首元に真っ赤な大矢が突き刺さる。
そして苦しそうで、かつ怒り狂うような鳴き声を上げながら、熊は三歳児が駄々をこねるように暴れだす。
「ソウ様、こちらへ!」
言われなくとも、私は既にユキメの元へと走り出していた。
「これが龍血の力です。よく見ておいてください」
ユキメは左手で印を結ぶと、とても静かに、しかし声に出して、大熊の喉元に食らいつく血矢に向かって唱えた。
「發」
次の瞬間、熊の首は爆発し、辺り一帯には林檎の皮のような色をした血が飛び散った。しかし何が起きたのか皆目見当もつかない。
「何を、したの?」
目線は熊の死体に向けたまま、呆気にとられながら私はユキメに問う。
「熊の身体に私の血を混ぜ、それを中から発したのです」
「そんなことが」
「しかし、我々の血よりも貴い血には、いくら龍血を交ぜようと最早こちらの言う事は聞きませぬ」
なるほど。それは分かったけど、しかしえぐい技だな。熊の上半身が木っ端微塵だ。これには少し同情の念すら覚えてしまう。
「今夜は熊鍋ですね! コレは血抜きしておいて、帰りにまた取りに来ましょう」
「これ食べるんだ……」
ユキメは両手を合わせ、まるで流行のスイーツを目の前にしたJKのような顔でそう言った。今にもスマホで写真を撮りそうな勢いだ。
「――ちなみに、先ほどの“血一矢”は、龍人が最初に覚えるべき術とされています」
熊の残った足に縄を括りつけ、そうして木にぶら下げたユキメは、その手を川で洗いながら私に言う。
「それだけ難易度が低いって事?」
「そういう事です。では、ソウ様もやってみましょう」
川から手を上げ、水滴をぶらぶらと飛ばしながら彼女が立ち上がる。しかし簡単に言うが、どうやればいいのか分からない。
「やれって言われても、どうすればいいの?」
「ソウ様の龍血は、ソウ様の意思だけに従います。矢の形を思い浮かべるだけで、血は応えてくれましょう」
――――そんな簡単なのか?
私は半信半疑になりながらも、自らの人差し指の先端を、爪で少し傷つける。当然の如く血が溢れ出てたので、私は咄嗟に矢をイメージする。
「むむむ」
すると次第に血は形を成し始め、遂には一本の矢になってしまう。それは鉄のように固く、夕焼けのように美しい。
「では、それをあの木に向かって放ってみてください」
「放つって。思い浮かべるだけでいいの?」
「はい。分かりやすいのは、野を駆ける駿馬でしょうか?」
「馬ね。なるほど」
しかし私が思い浮かべるのは、馬ではなく車だった。その方が分かりやすいからだ。馬なんてテレビでしか見たことないし。
そして十分イメージが固まったところで、私は声を張り上げた。
「血一矢!」
――――直後、矢は私の手元を離れたかと思うと、既に、数十メートル先の木に突き刺さって震えていた。
「お見事っ。この齢にしてこの速力! 流石はヨウ家のご令息でございますぅ!」
キャッキャと燥ぐユキメ。
しかし何をしても喜ぶ彼女を見ていると、少し自信というものを失ってしまう。果たして私は、龍人の平均を上回っているのだろうか?
――――その後も、私は龍血の術についていろいろ学んだ。
刀を作ったり、槍を作ったり。龍血で身体能力を上げたりと、龍血にはとにかく用途がたくさんあった。かなり汎用性の高い特性だ。
「では、次は部位変化ですね」
ある程度龍血の武鞭を行ったあと、ユキメは一回手を叩いてそう言った。彼女曰く、手を叩くのは切り替えるためのクセらしい。
「先生、まずは部位変化がどういうものなのか教えてください」
大きな岩に腰を降ろし、水を飲みながら私が聞くと、ユキメは何とも嬉しそうな顔をして悶え始める。
「せ、先生……。先生。なんと、なんと貴きお言葉」
「先生、はやく授業を進めましょう!」
「――――ああ!」
「どうした!」
ユキメは膝から崩れ落ち、まるで悪代官に押し倒された遊女のように私を見る。
「これ以上はいけませぬ。ユキメは頭がおかしくなりそうです」
なんだこれ。




