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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
198/202

沈、つがれる光

「ヤチオ、大丈夫か?」


 吾月が死した後、オクダカは耶千尾を連れて、逃げるように葦原の山中へと降りていた。

 そしてオクダカは、自らの背の中で、まるで人形のように動かないヤチオに、そんな言葉をかけ続けていた。


「オクダカ様…………私はこれから、どうすればいいのでしょう」


 だが返って来る言葉は、どれも似たようなもの。それでもオクダカは、彼女を慰めようと、必死に言葉を探し続ける。


「そうだなぁ。ヤチオが望んでた、陽の元での暮らしってのをやるのはどうだ?」

「でも、お母様は死んでしまったわ」

「それは俺も一緒だ。俺も、たくさん、失っちまった」

「悲しい?」

「ああ。長い時間を、共に過ごしたんだ。未だに信じられねえよ」


 落ち枝を踏み、行く手を遮る笹の葉を斬り、オクダカは進み続ける。背から消える弱弱しい声を、そして、今はいない存在を、確かに慈しみながら。


「でも、俺は全てを失った訳じゃねえ。まだ、お前がいる」


 彼にとって、それは何気ない一言ではあったが、それでも、心の底から湧き出た本心。

 そしてその言葉を聞いたヤチオは、彼の着物を力強く握りながら、その背中に耳を当てる。


「…………オクダカ様の、呼吸が聞える」

「もう、一刻と歩き続けてるからな」

「ふふ。代ろうか?」

「ばか。本当に潰れちまうぞ」


 すると彼女は、一切崩すことの無かった表情を綻ばせ、すこし力のこもった声で言う。 


「私、こう見えて結構、力持ちなのよ」

「お、それなら頼もうかねぇ」


 などと、彼らは束の間だけ与えられた時間を、しかしそんな事など露知らず、夫婦の時間を悠悠と楽しんだ。


「オクダカ様」

「なんだ?」


 オクダカの背から顔を伸ばし、ヤチオは晴れ晴れとした笑みのまま、彼の耳元でそっと囁く。


「私は誠に、幸せ者です」

「それを言うなら、俺の方だ」


 互いの絆を確かめ合い、二柱は朽ちぬ愛を心に願った。


 そしてその瞬間、世界は眩い閃光に包まれた。


*************


「余は死んでなどおらぬ。合掌などするな」

「…………姉上」

「しかし吾月め。やっと出て行きよったか」


 地に横たわり、空を仰ぎ見たまま、姉上は小さく呟いた。その表情に、どこか影を残したまま。

 そして、私の方へと視線を戻して言う。


「まさか、其方が憂月だっとはのう」

「ごめんなさい。今まで黙ってて」

「まあ、過ぎたことじゃて」


 姉上はそれだけ言うと、私から受けた傷を庇いながら上体を起こす。その顔からは痛々しさが窺えたが、けれど彼女は、どこか安心したように微笑む。


「しかし憂月、お前も変わったな」

「…………え、どんなふうに」

「ようやっと、出んかった域を踏み越したって感じじゃ」


 まるで我が子の成長を喜ぶかのような口ぶりだ。だが、それ故に違和感を覚える。だって姉上は、私を嫌っていた筈じゃ…………。


「昔からそうじゃったら、どれだけ気楽だったか」


 呆れたように溜め息を吐きながら、彼女は愚痴でも零すかのように言った。


「姉上は、私の事が嫌いだったんじゃ」

「うむ。嫌いじゃったぞ」

「…………そ、そんなにハッキリ申さずとも」


 悪びれることも無く、正面から堂々とそう言われ、私はつい視線を落としてしまった。でも朝陽は。


「勘違いするな。余が嫌っておったのは、お前を看板に仕立て、その影に隠れて反隠遁主義を謳っておった連中じゃ」

「じゃあ、私の事を毛嫌いしてた訳じゃなかったの?」

「いや、何よりも鬱陶しかったのは、その連中をなだめんかったお前の方じゃ」


 私は言葉を失くしてしまった。けれどその理由は言わずもがなだ。

 

 “神とは世界を傍観するもの”姉上のその考えに、中途半端にも私は、斜め横から反対した。そして、そのせいで私を支持する神々が出来てきたのも事実。


 しっかりと正面から向き合って、そしてしっかりと負けていれば、私はもっと、上手いこと立ち回れたのだろう。


「その点で言えば、かの吾月は頼れる奴じゃった」

「彼女は、器用だったから」


 私がそう言うと、姉上はもの柔らかく微笑んで、「違う」と、切なげな声色で囁き。そして続けて言う。


「余は、あ奴ほど不器用な者を見たことが無い」


 吾月が不器用?

 そんな訳はない。だって彼女は、非の打ち所がないほど完璧だったはずだ。彼女でなければ、あの計画は完遂できなかっただろう。


 そう思った私が、それを言葉にしようと口を開けた時、姉上が先に言葉を述べ始めた。


「あ奴に神体を盗られた時、あ奴の心情が流れ込んで来た」

「そんな事が…………」

「だがな、吾月がその心に抱いておったのは、終ぞお前たちの事だけだった」

「え…………?」


 馬鹿な。だって彼女は、分霊した神霊たちの事なんか…………。


「いくら憎み合おうが、姉妹の絆とは、誠に強い物ということじゃ」

「吾月は、私たちの事を、姉妹だと?」

「ああ。そう言っておったぞ」


 なんてことだ…………何てことだっ。なんで、なんで私は…………そんな事にさえも、気付かなかったんだ。


 毒に犯される苦しみも、愛する者を失う悲しみも、身体を弄ばれる怒りだって、彼女は知っていた筈なのに。彼女だって、私達と繋がっていた筈のに。


 それなのに私は、彼女を感情の無い荒ぶる神と恐れていた。


「じゃが、それでも吾月は、陽を欲した」


 私のせいだ。どれもこれも。全部、私のせいだ。私はただ逃げ続け、彼女に全部を押し付けてしまった。


 納得できない。何で私みたいなグズが、まだ生きてるんだろう。


「憂月、お前の神体は、どこにある」

「え…………?」

「吾月が居なくなった今、お主もようやく、元の体に戻れるのではないか?」


 私が白兎の身体に封印された後、かつての神体は完全に吾月の物となっていた。

 けれど、吾月が死んだ今、きっと私の神体も死んでしまったに違いない。

 でもそれでいいの。あの体は、吾月の名と共に、彼女へとあげたものだから。


「ううん。私は今のままでいい。弱虫の吾月はもう、死んだのだから」

「…………そうか」


 嬉しそうに微笑む朝陽。彼女が私に、これほど暖かい笑みを見せるのは、いつぶりだろうか。


「憂月」

「ん?」

「その心、決して忘れるでないぞ」


 彼女が何を言っているのか、私には理解できなかった。だって忘れるはずがないもの。私はもう、決して、何からも逃げないと魂に誓っているのだから。


「忘れないよ。忘れるわけがない」


 かつての吾月も、雨月も。死んでいった分霊たちも。今日までの全ても。

 彼女らの後悔と無念、そして苦しみ、哀しみ、怒り。

 楽しい記憶は少なかったかもしれない。けれど、彼女らは確かに、今日まで輝いていたのだ。

 忘れるわけがない。忘れてはならないのだ。


「そうか。お前、本当に変わったのぅ」

「よしてよ。全部、私だけでは無理だったんだから」


 私のせいで死んでしまった四十四の女神たち。ただ信仰を集めるためだけに産み堕とされた彼女たちの死が、今の私を支えている。


 …………とても、償いきれるものではない。


「姉上、私はこれから、どうすればいいのでしょうか」

「案ずるな。今のお前なら、次は失敗などしないさ」

「なにそれ。気休めで言っているのならやめて」


 彼女に対し、少しだけ強い口調で言ってしまう。

 たが姉上は、私の肩をそっと抱き寄せると、すこしだけ湿った声で言う。


「忘れるな。強く心に望むのじゃ」

「ねえ、何言ってるの」

「お前の今日までは、決して無駄にはならぬ」


 まるで、今生の別れの様な言い草だった。

 けど、それだけじゃない。いま私を包み込むその強さも、涙も、声も。全てが、そう思わせるのだ。


「ちょっと、姉上!」

「妹たちを、よろしく頼むぞ」


 彼女がその言葉を口にした刹那、まるで太陽が爆ぜたかのような閃光が、この世界を包み込んだ。


****************


 現在、私が存在しているのは、吾月と憂月が、今まさに殴り合いの喧嘩をしている最中の時。


 碧い海が輝く島国。空には見せかけの太陽が浮かび、海岸には背の高い樹木がずらりと並んでいる。


 そんな、誰もが憧れるような南国の島の、その最奥の社にて、一柱の少女が私を見る。


「ソウ、ちゃん?」

「久しぶりだね、千詠」


 吾月との最後の会話を終わらせた後、私は常世の国へと赴いていた。だが深い意味はない。ただ友達に、別れを告げに来ただけだ。


 だけどチヨは、その顔に絶望の影を色濃く映し、私が歩いた分だけ後ずさりをする。


「チ、チヨを、殺しに来たの?」

「うーん。まあ、正確に言えば、そうなるかな」

「…………そんな」


 どうやら千詠も、吾月に忠誠を誓った事が起因となり、他の女神たちとの間に繋がりが出来ている様だ。それ故に、自分の行く先にも凡その察しがついているのだろう。


 ――――吾月と憂月を除く四十七の神霊には、主に支配層と非支配層の二種類がある。

 そして吾月に忠誠を誓った者は支配層に分けられ、非支配層の神霊を掌握できる。


 私と出会った頃の千詠は、まだ非支配層に属していたため、吾月の目論見や、その他の神霊たちを知らずにいた。けれどそれは、那々名嘉と四莵三も同じだった。


 自らの計画が露見するのを防ぐために、吾月が課したルール。敵ながら、本当にあっ晴れだ。


「末永岩と、苔乃花みたいに、私もソウちゃんに斬られるの?」

「ううん、千詠は別。千詠は今日までの間、ずっと戦ってきたから」


 過去の経験が原因で、彼女は心に深い傷を負っていた。もはや吾月にも見捨てられるくらいに。だがその傷を癒した時、彼女は再び地獄へと連れ戻された。


 吾月に忠誠を誓わせるために、毎日毎日、彼女は地下で苛まれてきた。

 そして月が赤く染まった時、彼女は全てを諦め、吾月に降ったのだ。

 だから罰するとか、咎めるとか、そんなつもりはさらさらない。


「でも、チヨのせいで…………」

「千詠は何も悪くない。むしろ、今日までよく頑張ったよ」


 私がそう言うと、チヨは怯えた表情を一変させ、さながら子供の様に私の懐へと飛びついて来た。


「ソウちゃんっ、ソウちゃんっ。会いたかったよっ」

「ごめんね、助けてあげられなくて。苦しかったよね」

「…………うん」


 なんて不憫なのだろう。生まれてから今日までの間、彼女は幸せという物を一切感じることなく生きてきた。


 幼くして父を亡くし、母と思っていた栄零には裏切られた。彼女の苦しみを今日まで知らずに、私は一体、何をやって来たというのだろう。


 だが、それを悔やんでも仕様がない。今の私は、未来には何の影響も与えない存在なのだから。


「チヨ。栄零と音鳴は、吾月の所に居るの?」

「うん。吾月様が死なないように、社で祈り続けてる」

「そっか。まだ、諦めて無いんだね」

「やっとで掴んだ、光だから」


 その理由も納得できた。彼女らはようやく陽の元での生活を手にしたばかりなのだ。

 一度も手にしたことの無い、失う事さえできなかった日々。だが、その想いだけがあれば十分だ。十分、叶えられる。


「案内して。吾月の社まで」

「で、でも」

「大丈夫、大丈夫」


 千詠は私の顔を見て、その眉間に少しだけシワを寄せる。

 きっと、私の身を案じての事なのだろうが、取り越し苦労になるだろう。


「――――こっちだよ」


 そうして私は、彼女に誘われるまま、常世の国を闊歩する。

 だが国の民たちは、皆一様に私を睨んでいた。

 月を信仰する獣神に、吾月に忠を尽くす国津神たち。中には天津神らしき神々も見えたが、やはり私に向ける目は、同じだった。


「…………私が、奪ったのか」

「何か言った?」

「ううん。早く行こう」


 そうして町を出ると、目の前には鬱蒼とした森林が広がっていた。だが、その中を通る石段は、よく手入れされている。


「皆、ここを通って山を下りたの」


 ほどよく灯篭が並んだ階段を登りきると、チヨが切なげな面もちでそう言った。


「そうなんだ」


 一体どんな気持ちだったのだろう。生まれた瞬間から自由を奪われ、先も見えぬ道しか歩けないというのは。


 きっと、悍ましかったに違いない。


「この先に、吾月様の社がある」

「参道には見えないね」

「うん。でも皆で綺麗にしてるから、中は歩きやすいんだよ」


 道とも呼べない凸凹の激しい足場。洞窟をそのまま参道にしているので、中は少しヒンヤリとして涼しい。


 だが松明のみでは心もとない明度であり、彼女らが観る最初の景色にしては、あまりにも殺伐としている。


「皆、ここで産まれたんだね」


 亀のような足取りで、壁伝いに恐る恐る歩くチヨに、私は聞いた。


「うん。末永岩と苔乃花以外は、だけど」

「千詠はさ、もし人生をやり直すなら、どんな産まれ方がいい?」


 するとチヨは、足元ばかりに向いていた視線を上げ、どこか楽し気に考え始める。


「そうだなぁ。暖かいお家で、周りにはおっ父とか、チヨの好きな人がたくさんいる所で生まれたい」

「そっか」

「なんで?」


 彼女は足を止め、振り向きざまにそう返してくる。


「それがチヨの幸せになるのなら、きっと叶うよ」


 私がそう言うと、チヨは幼気な少女のように笑顔を作り、「うん」と、か細い声で頷いた。


 ――――そうして、取り留めのない会話を続けながら歩いていると、チヨが一枚の戸の前で立ち止まる。


「栄零様と音鳴尾売ひめは、この奥だよ」

「ありがとう」


 木製の両開き戸を押し開けると、ここまで続いた狭苦しい洞穴とは違う、幻想的な空間が目に飛び込んで来た。


 鍾乳洞の中に建てられた真っ赤な鳥居。

 丁寧に削られた地面は、松明の光を反射して、社へと続く参道を美しく彩っている。

 そしてその奥には、こじんまりとした社が一つ、まるで誰かを待っているかのように寂しく佇んでいた。


「千詠もおいで」


 鳥居の前で会釈をし、吾月の神域へと足を踏み入れた私は、なかなか前に進まない彼女に対し、そう言葉をかけた。


「大丈夫だよ。何があっても私が守るから」

「…………分かった」


 よほど栄零と音鳴が怖いのか、彼女は採血の列に並ぶ子供の様な顔色で、私と同じように神域へと踏み込んだ。


 天上から滴る水滴が、まるで誰かが素足で歩いているかのような音を作り出す。


 何とも言えぬ不快感。吾月は、あれからずっと、この場所に籠っていたのだろうか。


「この中に憂月の神体が…………」


 吾月が祭られている、湿り切った本殿。

 まるでカエルの背を撫でているかのような、そんな感触を覚える戸に手を掛けて、私はゆっくりと力を込める。


 そうして中をのぞくと、バレーボール程の大きさをした赤黒い物体と、その前で静かに手を合わせる二柱の女神が見えた。


「千詠か?」


 最初に口を開いたのは音鳴だった。


「あ、あの、えっと」

「私の神霊も感じないの?」


 言葉を詰まらせる千詠に代わり、一向に私の存在に気付かない彼女らにそう言った。

 すると。


「お前…………っ」


 垂らした頭を重く持ち上げ、こちらに視線を向けた栄零。だが私の姿を見た途端、彼女の目の色は醜く歪み始めた。


「殺してやるッ!」

「よせ栄零!」


 さながら獣のように爪を剥きだしにして、研ぎ澄まされた殺気を私に向けた栄零。だが、そんな彼女を抑制したのは、かつて敵対していた筈の音鳴だった。


「お、おまえっ、お前のせいでぇッ!」

「――――止めぬか!」


 罠にかかった熊のように暴れる栄零を、音鳴は抱きしめるようにして引き留める。


 六十年前、私が初めてこの国へ降りた時、彼女らは確かに仲違いをしていた。

 だがその理由は、簒奪だとか、国盗りだとか、そんなものでは無い。

 

 分霊した女神たちを、死ぬと分かっていても中つ国へ送り出す栄零と、そんな女神たちを憐れみ、栄零のやり方に反対した音鳴。


 そうして常世の国は、栄零の方針に従う者と、音鳴の考えに賛同する者の二つに別れたのだ。


 だが当然、吾月への忠義が錆びれることはなく。あの時、あたし達は、吾月を守るべく塗り固められた嘘を、まんまと信じ込まされたのだ。挙句の果てには、彼女らの友情を取り持つような願い事まで叶える始末。


 お陰で、この国は今日まで、何のトラブルを起こすことなく、順調に信仰を集めることに成功した。


 私のせいで…………。


「お前さえ、お前さえいなければッ!」


 私さえいなければ、葦原が、彼女らが、斯様に苦しむことは無かったのだろう。

 かの日から始まった物語。しかしその全てが、この世界を陽の光から遠ざけていた。


 私のせいだ…………。


「いい加減にせぬか栄零ッ!」


 音鳴が彼女の頬を弾く。すると栄零も、冷や水をかけられたかのように冷静さを取り戻し始めた。


「もう終いじゃ。我らの負けは、覆らぬ」

「音鳴、あなたまで…………っ」

「それに、もう分かっただろ。吾月様が陽を統べられても、それが我らの焦がれた太陽には成り得ないことを」


 音鳴がそう言うと、栄零は肩を落としてへたり込む。


「それ以上、いわないで」


 夢の最果て。そこに在るのは、必ずしも自らの望むものとは限らない。

 打ちひしがれた彼女らは世界に絶望し、そしてまた、同様の願いをその心に抱いている。

 一つの願いを叶えるために犠牲にしてきたもの。今まさに彼女らを蝕んでるものは、かつて同じ物に憧れた、沈む断片たちなのだろう。


「蒼陽姫。いや、夕律姫か?」

「どっちでもいいよ」


 うなだれる栄零を気に掛けながらも、音鳴は私を見上げながら問うてきた。だが正直、その答えは私にも分からなかった。


「ならば、親しみのある名で呼ばせてもらうぞ。童」

「ええ。構いませんよ、オトナシ尾売」

「ほっほっほっ、根は変わっておらぬようで安心したぞよ」


 束の間の安堵。今では敵でも友でもない私たちを、まさしくそれが包み込んだ。けれど音鳴は、緩んだ顔を再び引き締め、私の目を見据える。


「我らの事はどうか、見逃してくれないだろうか」

「そうしたら、どうするの?」


 すると彼女は、どこか愛おしそうに千詠と栄零を見つめ、こう語る。


「許されるのであれば、今日まで疎かにしていたものを、縒り合わせたい」


 その言葉を聞けただけでも、この島に来た価値はあった。どうやら彼女達にも、心配はいらないようだ。


「その心、決して忘れるでないぞ」


 微笑んでそう言うと、音鳴は少しだけ眉をひそめ、小首をかしげた。


「それは、どういう事かえ」

「そのままの意味ですよ」


 私はただそれだけを返し、彼女らの横を歩いてゆく。今まさに、残った灰までも燃やし尽くそうとしている彼女の元へと。


「吾月、あれから、もう九百年以上も時が経つな」


 微かに鼓動を繰り返す、吾月の神体の慣れの果て。私は、そんな彼女に手を添えて、そう呟いた。

 

 自らの一部を切り分けて、そして与えることで、分霊たちを産み出す神通力。既に四十七の神霊を生み出した吾月の神体は、今では両手に収まる程になってしまった。


「だが私は、その痛みを知ることが出来なかった」


 死にゆく魂の温もり。僅かに伝わる心の動きも、触れれば朽ちそうな脆さでいる。何と弱弱しいのだろう。彼女たちはずっと、この暗闇の中で生きてきたのか。


 もっと早く、私がその苦しみに気付いてさえいれば。


「こんな私を、どうか赦してくれ」


 ずっとお前たちと共に、笑っていたかった。

 けれど、私の一生は、既に終わりを迎えている。故に次は無い。


「その代わり、お前たちは、陽の元で生きろ」


 この物語は確かに、かげないのない、私のもう一つの人生だった。

 一緒に笑って、一緒に泣いて。一緒に戦って。

 家族がいて、友がいて、頼れる人がいて。


「【天之日継】」


 我が儘で貰ったもう一回。だが、それを通して改めて知った。

 やはり、善いものなのだと。

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