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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
192/202

初日の出

「大神――――ッ」


 天陽の異変に気付いたオクダカとカナビコ。急速に弱まる神霊を肌で感じ取り、彼らの心は慄いた。


「…………じじい。終わりだ」


 天都の終焉を悟ったオクダカは、全てを諦めたかのように刀を納めた。


「先鉾も、大神も、おひい様も死んじまった。吾月の…………勝ちだ」


 目を大きく見開いたまま、そして絶望の黒を宿し、まるで腕の筋肉が無くなったかのように、カナビコは握っていた二振りを滑り落とす。


「悪い事は言わねえ! お前もこっちに来い!」

「オクダカ…………」


 空中に留まったまま、オクダカは叫んだ。

 彼らの下では今、天都の家々や神々たちが、妖の毒牙にかかっている。太陽神が居なくなったことで天都の士気は急落し、そして反対に、吾月の軍が勢いを付け始めたのだ。


「このままだとお前まで――――!」

「オクダカ様。一体何を仰るつもりですか?」

「ヤチオ」


 オクダカの肩に手を添えて、ヤチオは言い聞かせるように言葉を述べる。


「さぁ、最後まで遂げてください。私のためにも」

「だ、だが」

「躊躇う事などありません。それに、主を失って尚も生き永らえるのは、酷な事にございましょう?」


 その気持ちは、彼が誰よりもよく知っていた。それがどんなに無様な事なのかも。しかしそれでも、彼はカナビコの介錯をするつもりはない。


「駄目だ。カナビコを失えば、それこそ残った天津神を抑えきれなくなるぞ」


 オクダカは必死に言い訳を考え、ヤチオの考えを改めさせようとするが、しかし彼女は物ともしない。


「ふふ。心配いりませんよ。もう、全員死にますから」

「なんだよそれ」

「大丈夫。オクダカ様は私が守るから」


 妖しい笑みを浮かべ、彼女がそう言った時、オクダカは気付いた。その尋常ならざる神霊の気配に。そしてそれが、彼らの方へ迫っている事にも。


「じじい、今すぐ逃げろッ!」


 彼の言葉に耳を向けるが、しかしカナビコはその素振りすら見せなかった。それどころか、彼は優しい笑みを浮かべ、どこか呆れたように言う。


「…………お前は誠に、優しい奴じゃなぁ」 

「何言ってんだッ。早く行けッ!」


 迫りくる気配に危険を感じ、喉が切れそうな程の声で叫ぶ。それでもカナビコは、一歩たりともその場から動こうとはしない。


「そう叫ばずとも、聞こえておる」


「駄目だじじい、早くッ。――――カナビコッ!!」


「なあオクダカ。幸せになるんじゃぞ」


 当たり前に昇る太陽の様に、夜が来れば、当たり前に輝く月の様に、その瞬間は、否応なしに訪れた。


 カナビコの神体を貫く刃。血はその白銀を舐めるように伝い、そして苦しげに歪む口元からも溢れ出る。


「ああ、お母様。遂にやり遂げたのですね」


 そう言って涙を流すヤチオの隣で、オクダカは言葉を失った。――――今、自らの目の前でカナビコを手にかけ、そして満ち満ちた笑みを浮かべながら佇む、その一柱の女神を見て。


「…………大神」

「ふふ、オクダカ様。よくご覧になって。アレは天陽様ではありません」


 息が絶え、頭から地に堕ちてゆくカナビコには目もくれず、太陽の女神は空を仰いで笑みを浮かべる。まるで、欲しかった玩具が手に入った子供の様に。


 ――――そして東の空は白け始め、夜の世界が次第に姿を消し始める。


「お母さま。初日の出にございますね」


 赤い太陽が顔を覗かせ、世界を光で溢れさせる。それはいつも通りの、崇高なる輝き。


「…………あぁ。ようやく、ようやく此方は」


 浴びるように朝日を拝み、さながら行水を堪能する小鳥の様に、その神体を気持ちよさげに伸ばす太陽神。煌めく髪束は何とも綺麗で、纏う衣はまさに太陽そのもの。


「あれは、吾月…………なのか」


 彼にとって、父とも呼べるカナビコの、その死すら霞んでしまうほどの神々しさ。それは、明け暮れるまで代を照らす、何ら変わらぬ、いつも通りに赫く絶望。


「素晴らしいでしょう? お母様は今、この世の太陽と成ったのよ」

「…………なぜだ。中つ国を手に入れるのが、奴の目的だったはずだろ」

「うふふ。いいえ、それは違うわ」


 一人、立見席で映画に見入る子供の様に、その貫く天の日を眺める吾月。そしてヤチオは、その背中を愛しく見守りながら、オクダカに言う。


「私たちはようやく、陽の光に受け入れられたの」


「どういうことだ」


「千詠。耶千尾。栄零。末永岩。音鳴。苔乃花。結舞月。那々名嘉」


 彼女は一つ一つ、その名を丁寧に紡ぎ。そしてその目を次第に潤わせながら、続きの言葉を述べ始める。


「我ら“八柱の姫君”の持つ信仰が、終に一つとなった今。我が御君こそが、この御代を統べる神となったのです」


 その眼から落ちるは涙。これまで自らを嫌い続けてきた火輪に、その下を歩くことを許された彼女たちの、淀みの消えた切なる泪。


「細石が集まり大岩と成るように。千歳の底で美しい苔を生すように。我が君が代は、悠久の栄華を極めることでしょう」


 彼の目に移るは時代。

 これまでが終わり、そして新たな時代が産声を上げた其の時、彼の心の一切が、死んだ。













明けましておめでとうございます!


今年の四月に書き始めたこの物語も、ようやく終盤です。本当にありがとうございます。


そして、一月十二日から平家物語のアニメが放送されます。楽しみー。

この物語も和風異世界という事で、その人気にあやかりたいものです。うん。


完結まであと少しですが、今年もよろしくお願いします!



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