表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
191/202

忘れられし奉謝


「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛ッ!」


 クサバナに突き刺した翼を引き抜き、勝ち誇ったように大きく広げる。彼女の亡骸を抱きかかえ、必死にその傷を塞ごうと、なけなしの霊力で神通力を使うサカマキを眺めながら。


「怒れ天津神。そして知れ。あの日お前らに殺されたマキの無念を」

「…………許さんぞ」

「聞こえん」

「……許さんッ。許しはせんぞ妖ぃぃッ!」

「ハッハッハッハ! 分かるかソレが!? それが怒りだッ! お前の幸せは俺が刈り取ったのだッ!」


 頭の血管は膨張し、開ききった瞳孔でサンモトを睨むサカマキ。そこにもう冷静などという言葉は無く、ただただ友を殺された憤怒に任せ、彼はサンモトに斬りかかった。


「もっとだ! もっと怒れ! そしてその無力さを実感しろ! あの日、何も出来なかった俺の様にッ!」


 爆ぜる感情に連なって、底上げされるサカマキノ霊力。神霊を絞り、神体を擦って立ち向かう。一振り一振りに力を乗せ、眼前で嗤う怨敵を討ち取らんと。


「【八百咲ッ!】」


 彼の怒りに共鳴した八百万。彼らもまた、サンモトのありとあらゆる一切を切り刻まんと、サカマキに感化されて自らを震わせる。


「ぬるいぞッ!」


 しかしサンモトも神通力を行使し、その想いごと神霊たちを返り討ちにした。


「――――ッッぐ!」

「今しがた生まれたような憎しみが、我が怨念に敵うはずが無かろうッ!」


 その言葉通り、付け焼刃のような霊力では、サンモトの信仰と神霊に敵うはずもなく、彼らは手も足も出ずその身に刃を受け入れてしまう。


 サカマキはサンモトの信念に、打ち勝つことが出来なかったのだ。


「……ちく…………しょう」

「貴様も一緒だ。ここで死ね」


 口から血を噴き出しながら、サカマキは朦朧とする意識に鞭を打つ。――――が、サンモトは既に、その首を叩き斬らんと大刀を振り上げていた。


「その無様を口惜しみながら死ね。天津神」

「……すまない…………クサバナ」


 愛する者を想って泣く彼の姿に、サンモトは自らの姿を重ね、思い出す。


 ――――初めて彼女と出会ったあの日。

 まだ天狐にも成っていない、尾が一本の獣神だった頃のお主は、妖の俺を見ても怖がらなかった。


【そ、其方、名を何と申すのだ?】

【うち? うちは真己マキ。どうぞよしなに。妖はん】

【そうか。美しい名であるな】

【あはは。初めて言われたわ。して、其処許は?】

【俺か? 俺は…………】


 力のない妖だった俺に、名前などなかった。だが其方は、そんな俺を笑わず言ってくれた。


【ほな、今日からシバマルって呼ぶわ】

【シ、シバマル?】

【そ。四枚の羽やから四羽丸。ええやろ?】

【あ、ああ】


 なぜあの時、俺は其方を連れ去ったのだろうな…………。

 

【あはは! 空なんて初めて飛んだわ!】

【よかったのか? 都を離れて】

【うん。居てもおもろないし。親も友達もおらん。むしろ清々するわ】


 あの夜、其方と出会ってさえいなければ、其方が死ぬことも無かったのだろう。


「ごめんな。俺もすぐに行くよ、真己」


 ――――血が滲むほどの力で柄を握り、木の幹のように太い首を目掛け、シバマルは刀を振り下ろす。


 それが、届かぬものと知っていても。


「…………皇神ッ」

「遅くなった。サカマキ」


 シバマルの刀がサカマキに触れる瞬間、彼の腕は、光と共に現れた天陽によって、その付け根から斬り落とされてしまった。


「うぬじゃな? クサバナを殺したのは?」

「だから何だ」


 しかし千切れた腕を庇うこともなく、あまつさえ止血もせず、シバマルはただ眼前の太陽に目角を立てる。


「めでたいよなぁ。下界で誰が死のうと無関心なくせに」

「最期の言葉はそれだけか?」

「ああ。()()()()()

「なに?」

「くたばれ」


 最高神である天陽から見れば、いま目の前で息絶えようとしている一匹の妖に、そう大した警戒はいらないと踏んでいた。


 先鉾の二柱を討ち取るだけの神霊を持っているとしても、自らの神霊には遠く及ばないのだから。


 そう思って。


「【月・黄金・神憑】」


「――――なッ」


 予想だにしていなかった彼の行動に焦り、天陽は咄嗟に刀を抜く。最早一刻の猶予すらも与えまいと…………。


「いっひひひひひひひひひひッ。お久しゅうございますぅ!」


 しかし不抜の結界が張り巡らされ、天陽の一撃は食い止められた。


「…………吾月っ」

「久方ぶりのご拝顔、かたじけのうし。今日けふも誠、麗しゅう存じます」


 六枚の羽根を伸ばし、意気揚々と月を背にする一柱の男神。あたかも女のような仕草を見せながら、彼は不敵に天陽を見下ろした。


「妖と契りを交わすとは、悍ましい事をしたもんじゃのぅ」

「ひひひ。悪くないものですよ」


 自らの心に神を降ろす術。本来であれば神と神使が執り行う儀式を、吾月は妖であるシバマルと行っていた。


「恥を知れ」

「恥? 自らを慕う者達と、契りを交わして恥なのですか?」

「神としての有れかしを言うておるのだ」

「っひっひっひ。それだから、雨月ウヅキに愛想を尽かされたのですよ」

「お前がその名で、彼女を呼ぶでない」

「お姉さま。生憎ですが、此方の方が彼女の事を知っております」


 挑発とも見れるその言葉を聞いて、天陽もいい気はしなかった。自らの妹をウヅキと呼び、さながら家族の様に振舞うその笑みを見て一層。


「そうか。ならば姉として。憂月を苦しめ続ける貴様を成敗しなくてはな」

「ひひ。此方も家族ではござりませぬか」

「ふん。その自惚れも、いい加減ウンザリしてきたところじゃ」


 見下すように嗤う吾月と、その笑みもろとも消し去ろうと睨み上げる天陽。だが天陽の内心は、いつもと違って穏やかではない。


 中つ国を天都に統治させ、そして忠誠を誓わせた女神たちに治めさせる。そうすることで、その信仰を思うがまま自らの物にせしめた吾月は、今では天陽にも劣らぬ神霊を持っていた。


 その事実を改めて実感し、天陽も焦りを見せ始める。


「ふふふ。如何したのですか、お姉さま」


 天陽の頬に伝う汗。それに真向かうような吾月の笑み。神霊の甚大さで言えば、寸分の差で天陽が勝っている。だが、まるで追い打ちを掛けるかのように、夏の夜空を血の様に染め始める。


「…………なにを」

「今宵は誠、美しきそらにございます」


 巨大な雲から現れたるは、怒り狂ったかのような紅の満月。

 本来の黄金を失ったその姿は、それでも見る者すべてを魅せる輝き。人々の関心が月へと集まり、恐るべき夜すらも崇めさせる。

 そしてそれに伴い、その神霊を一層強大なものにしてゆく吾月。


「吾月…………貴様は一体、何なのだ」

「ひッひッひッ。我は天津皇月あまつかみづき。常夜の神である」


 翼をたたみ、水辺で燥ぐ子供の様に夜を舞う。

 背に浮かぶは肉塊の如し満月。その大きさも、輝きも、本来のものとは比べ物にならない程の壮麗。

 吾月らの神霊は今、八百万の頂へと君臨した。


「【風神・鎌風刀ッ】」


 初めて味わう恐怖に屈し、天陽は咄嗟に攻撃を開始した。


 神々を統べる太陽神は、自らを信仰する神の神通力を使役できる。そしてそのどれもが、並み以上の神でも到達できない最高の火力。


 そんな、海すらも両断可能な風の刃は、光速を超えて、吾月の首を結界ごと斬り落とす。


「駄目ですわお姉さま。もう貴女は、此方には敵いませんから」

「…………なんじゃとッ」


 しかし落とした筈の吾月の首は、一回だけの瞬きの間に復活していた。


「どうやら千詠も、観念したようですね」

「まさか。死なずの少女か?」

「ええ。軽い頭をようやく垂らしたようです」


 自らが産み出し、そして屈服させた神霊の、その神通力を使役する吾月は、すでに千詠の不死身さえも手に治めていた。


 こうして、吾月の勝利は不変となった。


「ああ、太陽。お主はどれだけ此方を焦がした…………?」


 気持ちよさげに口を歪める黒き妖。その笑みは、内を満たす吾月のもの。向かうところ敵なしの彼女にとって、今や全ての興味は太陽にだけ向いていた。


「ひひひ。これが最後。誠に、明けるのが惜しい」


 宙を浮遊しながら涙を零し、彼女は嗤う。まるで念願が成就したかのような、そんな清々しい声色で。


「貴様、そこまでして何が目的なのじゃ」


 その問いに吾月は、無重力を漂う星々の様に、月を眺めながら口を開く。


「お姉さま。考えたことはありますか? 代を照らす太陽が、ある日突然、消えてしまった世界を」


 先ほどまでの楽し気は収まり、そして代わるように囁く憂い気。


「ずっと憧れていましたの。陽の元で送る日常を。生まれた瞬間から奪われた光。決して相容れぬものと存じていました」


 その言葉の意図を掴めず、天陽はただ困惑し、汗を流す。

 だが吾月は、そんな彼女に構わず言葉を続ける。


「ですがようやく、願いが叶うのです」

「願い?」

「ええ。もう直ぐですよ。二つ目が消え、もう一つが我が手に落ちるのも」


 その意味を理解した時、天陽は口を紡ぎ、視線を落とした。


「そうです。今度こそ確実に、その息を止めて見せましたわ」

「…………ひふみっ」

「いっひひひひひひひひぃッ。安心してくださいませ。お姉さまは手に掛けませんからぁ」


 魚が三枚に卸されるように、自らの神霊が削ぎ落される感覚。それを芯から感じた瞬間、天陽は足元から崩れ落ちた。


 荒魂を失った和魂は、その力の半分を失ってしまう。尋常に体も動かせず、まさに抜け殻の様に渇いてゆく己の神霊。そうして天陽は地に伏して、その現実を理解した。


「お姉さま。――いえ、此方の太陽。これでようやく、我が物となりましたね」

「はぁッ……はぁッ。なんという事を!」

「ひっひっひ。そのお顔。やはり見ごたえがありますわ」


 苦痛に歪む太陽と、快楽に歪む黒い夜。決して相容れぬことの無い概念。太陽は照らせぬ闇を嫌い、しかし夜は、その陽光にまた憧れる。


 深淵を統べる吾月は、遂にその執念を燃やし尽くしたのだ。


「覚えておりますか? 数千年前の此方との決闘を」


 虫の様に地を舐める天陽は、その問いかけに答えることが出来ずにいた。だが吾月はそれに構うことなく話を進める。


「あの時も、貴女の油断で負けたのですよ。本当に、絶対の存在というのは脆い」


 急激な神霊の弱化についていけず、天陽は遂に気を失ってしまう。吾月の声を聞きながら、まさに悪夢の続きを見に行くような気分のまま。


「どれだけ美しい光でも、いつかは闇に飲まれてしまう。本当に長かった。ようやく此方は、陽の元で」


「その手を離せ下郎めッ!」


 天陽が到着した後、サカマキはその安堵から、少しの間だけ意識を途切らせていた。一抹の期待にすがり、クサバナの傷を塞ぐべく、散り散りになってしまった神霊を集めるために。しかし次に目を覚ました時、彼は倒れた天陽の姿を見て、すぐさま吾月に攻撃を仕掛けた。


 しかし。


「ああ。明日が楽しみで仕方がない。ちゃんとおめかしをして、初めての太陽を拝まねば。そうだ。化粧という物もしてみよう」


 吾月はサカマキに目を向けることもせず、ただ絶頂の快楽に顔を歪めながら、知らずの内に踏み潰す蟻のように、サカマキの両腕を神通力で斬り落とした。


「世の女子は肌を焦がされるのが嫌というが、一体どれだけ熱いのだろう。ひひひ。あぁ、楽しみだなぁ」


 吾月は天陽を抱え上げ、その寝顔を眺めながら歯を零す。

 生まれながらにして神体を持たず、常に誰かの身体を借り続けていた彼女の、次なる器。


「さぁお姉さま。共になりましょうぞ」


 そうして、興奮止まぬ様子で頬を染め、苦しそうに寝息を立てる天陽の口元に、吾月は己の唇をそっと重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ