だいだいらぼっち
クサバナとサカマキの二柱は、今なお空中で激戦を続けるオクダカとカナビコを気に掛けながらも、川のように流れてくる妖達と対峙していた。
「これではキリがないなッ」
「仕様がない。少し疲れるけど、まとめてクサバナの社に引きずり込む」
「分かったッ。残りは私に任せろ!」
そう言ってクサバナは太刀を納め、左右異色の目を大きく見開く。
「【神津宮舞・一本楓】」
「何だここは!」
「敵の神通力だ、注意しろッ!」
真っ赤な夕焼けに、真っ紅な楓。陽を照り返す湖も血のように染まり、少し開けたクサバナの処刑場。
そこに連れ込まれた妖どもは、状況を飲み込めずただ混乱する。
「我、天津神、天津卉葉名姫神と申す。これより我が名の元に汝らを捌かん」
「クサバナだと!?」
「あの女神、確か天秤の頭目だぞ…………」
彼女の神域にて慌てふためく魑魅魍魎。その数は優に百を超え、それ故か、どこか余裕を含んでいる者も多くいた。
「裁きの女神だろうが関係ねえ! この数で押せば勝てるぞ!」
「戦くな! 我らには月の女神が付いている!」
「その通りだ! 俺達なら大丈夫だ!」
一握りの妖達がそう叫ぶと、その意気は波のように伝わってゆき、遂には烏合の衆だった彼らをまとめ、一丸に仕上げた。
「殺せぇ!」
「先鉾の一柱だ! 奴を殺れば名が上がるぞッ!」
合図でもしたかのように、一斉にクサバナへ刃を向ける彼ら。
しかし彼女は臆さず、ただ冷静にその刃を鞘から抜く。
「身の程を弁えず天界へ立ち入った罪。天界での戦争行為。神への冒涜行為。その他諸々の罪。確と見定めた」
群れを成し、押し寄せる高波のようにクサバナへ迫る妖。足を滑らせる者は踏み殺し、行く手を遮るものは押し倒す。その見るに堪えない醜悪さ。今現在彼らを突き動かしている動機は、目の前の女神を食らう事ただ一色。
しかし決して埋めることのできない力の差を、彼らは一切理解せずに。
「【斬首】」
風に舞う綿毛のように、空で踊るあまねく生首。一匹として逃がしはせず、彼女の神域にいた一切が、寸分の差異も無く吹き飛んだ。
「これにて、一件落着」
そうしてクサバナが刀を収めると、彼女の空間も終わりを迎えた劇のように幕を降ろした。
「何が起きたッ」
「一瞬にして…………」
妖の言葉通り、ほんの僅かな時間で姿を消した百余りの妖。塵すらも残さず消滅した仲間の行方に、彼らは慄く。
「だ、駄目だ! アイツには勝てねぇ!」
「お、おれは抜けるぜ! そもそも天津神は力を失っているはずだろ!」
尻尾を巻いて逃げ惑う妖。しかしその無様な逃走は、サカマキの追撃によって失敗に終わることになる。
「【八百咲】」
鎌で刈られた稲のように、次々と薙ぎ倒される妖怪たち。そうして一掃された戦場に残るは、僅かな兵とその大将。
「なんて神霊だ…………」
依然としてヤチオの傍から離れなかったサンモトは、嫌に冷たい汗を伝わせながら呟いた。
そんな彼にヤチオは言う。
「こうなることも想定済み。でもまだ時間が足りない」
「どうしますか?」
「だいだらぼっちを」
「畏まりました」
サンモトが勢いよく空に手を掲げる。すると何人かの将がそれに頷き、伝言ゲームのように手を挙げていく。
…………すると。
「だいだらぼっちが動きだしたッ! 裁けるかクサバナ!?」
「疲れた。無理」
「何を申すかッ。アレを止めねば都は無茶苦茶になるぞ!」
「アレだけ大きいと霊力の消費も激しい。もう少し休憩させろ」
そう言うクサバナの顔は、既に夥しいほどの汗でぐっしょりと濡れていた。
それを見たサカマキも遂に身構える。彼女が動けないのであれば、自らが奴の相手をするほかないと。
サカマキは不安を覚える。クサバナのような一撃必殺の術も無ければ、風神雷神のような大きな術も持ち合わせていないからだ。
「サカマキには期待してない。とにかくクサバナの霊力が戻るまで時間稼ぎを」
「うっ、うむ!」
最早クサバナの冷徹な言葉すら気に留めない程、彼にはもう余裕などない。
しかし指を咥えている暇もないため、彼はすぐさま行動を起こす。
「【八百咲ッ】」
巨人からすれば大した事もない切り傷が、サカマキノ神通力によって多量に加えられるが、やはり効果は薄いようで。
「うぅぅん!」
山をも跨ぐほどの巨体が唸れば、さながら爆発でも起きたかのように大地が揺れる。
「サカマキ、怒らせた」
「仕方ないだろッ。私の神通力は対複数が得意なだけで、一騎討には向いておらぬのだ!」
「喋ってないで、集中して」
彼女の言葉によってサカマキは気付く。――――だいだらぼっちが今まさに、天界の都ですら一撃で壊滅してしまいそうな拳を、威風堂々と振り上げていることに。
「不味いぞクサバナッ。まだ霊力は回復しないのか!」
「うるさい! 静かにしてて!」
普段からやる気のないクサバナですら、その圧倒的な力を前にして遂に眉をひそめる。
「サカマキ何とかして!」
「アレを何とかだとッ!?」
「早く!」
「仕方ないッ!」
クサバナの無茶な注文に目くじらを立てながらも、彼はかつてない集中力を見せる。
「【八九十一!】」
サカマキは自身が持つ最も高火力な術を発動させる。それは目の前の相手を八百万に敵と認識させ、問答無用で祟らせる術。
日常では特に害がない祟りでも、塵も積もれば山となり、その神霊を粉砕させる呪い。
「うごぉぉッぉぉあぁぁぁぁああッ!!」
悲痛な叫び声が地を揺るがす。そして上げられた拳は振り下げられ、だいだらぼっちは暴れ出す。それは苦痛故に。
「何やってるっ。一撃で仕留めて!」
「無理に決まってるだろ! 私の神通力は一騎打ちに向いておらぬのだ!」
二柱はそう言い合って睨み合うが、しかし巨人は彼らに構わず猛り狂う。
神々の住居は破壊され、子供のように泣きじゃくるダイダラに、蟻のように潰される。
「…………くッ。何とかしなければッ」
クサバナの霊力は未だ回復せず、それだけにサカマキも恐れを抱く。
とめどなく攻め入って来る妖の軍。天都の武神たちも善戦しているものの、やはり数の差は埋められず、両軍一進一退のせめぎ合いを続けていた。
「カナビコとオクダカがいれば…………」
切なる願いを彼女は呟く。今もなお上空で果し合いを繰り広げている彼らを感じながら。
「泣くのは後だ! 今は感傷に浸っている時ではないぞ!」
「分かってる」
複雑な想いと共に戦う彼ら。しかしその、溶け残った雪のように積もる感情が、彼女らに思い切れるほどの余裕を与えず、あまつさえ隙を孕ませた。
「クサバナッ!」
「え?」
迫る危機を伝える声。クサバナがそれに気づいた時、サカマキが壁の様に彼女の前で立ちふさがった。
「サカマキ!」
「心配ない!」
彼の巨躯に刻み込まれる太刀傷。それは音を越える速度で彼を斬り、同時にその姿を彼らの前で露わにさせる。
皆様、メリークリスマス。




