龍血
ナナナキの姿を借りた吾月が、まるで我が物のように嗤っているのが腹立たしい。
自分はどこか安全圏に居ながら、その手を汚さずに今日まで計画を進めてきた。敵ながら本当にあっ晴れだ。でも、だからこそ許せない。
「荒々しさに拍車がかかってますね」
「それはお互い様だろ」
足を龍に還し、私は全速力で駆けだした。だがナナナキの神体を傷つけるつもりは無い。
「【満ち黄金】」
全力を乗せた拳で突きを放てば、合わせるかのように不抜の結界に防がれる。
「随分と成長したんだな」
「ええ。あの頃とは違いますわ」
ヒビも入らない完璧な結界。夕律の神霊をもってしても、傷一つ付けられないとは。
「【欠け月】」
今度は違う神通力が発動する。確かこれは、見えない斬撃を飛ばす業だ。――不味い。
「【満ち黄金!】」
私を覆う結界。まさかウヅキ?
「邪魔ですよウヅキ!」
「吾月。もう貴女の好きにはさせない!」
「…………誓約を破るとは感心しませんね」
「ならばどうする。私を黄泉へ堕とす?」
「いえ。こうします」
ナナナキの神体から吾月の気配が消え、今度はウヅキの方から奴の神霊を感じた。
「入れ替わったか!」
「ええ」
白兎族の素早さを生かした強力な蹴り技。私は何とかそれを防ぎ、反撃に出る。
腕を龍に還し、その刀のような爪でウヅキの頬に傷を付ける。
「ふふ。雨月の神体に傷がつきましたよ?」
「かすり傷、かすり傷」
果たしてこれが通用するかは分からない。だが一か八か、やるしかないのだ。
「發」
「なにを…………?」
「あれ、効いてない?」
「――――なにをした!」
初めて見る怒りの表情。いや、怒ってるのは中の吾月なのだが、しかし奴の顔色から察するに、どうやら効果はあったみたいだ。
「はは、効いてるじゃん」
ウヅキの頬に傷を付けた時、微量ながら龍の血を混ぜておいた。針に糸を通すように神経を使うが、しかし血の操作は私の得意分野。これしきのこと訳ない。
そして神霊をピンポイントで打ち抜く作戦も成功。
「知ってるか? 龍の血にはな、小さな神様が宿ってるんだよ」
「なるほど。血を媒体に魂を。なんと厄介な」
奴の様子を見るに、どうやらそこまでのダメージは無いらしい。でもまあ今のはあくまでもテスト。今度は大量の血を投入してやる。
「【血雨乞】」
龍人のユンが私を打倒するために作った技。龍の血を大気中に散布する、血の消費が激しい荒業だ。
「獣神の身体じゃ、呼吸は必須だろ?」
「ひひ。ならば乗り移るまでです」
そうして吾月はウヅキの身体からナナナキへとシフトする。だがそうなることも計算の内だ。
「引っかかったな馬鹿め!」
「――――っ」
空気に織り交ぜた龍血は、特にナナナキの神体へ入り込むように仕向けていた。故に彼女の体内は、私の血で溢れている。
「こんな…………こんな筈では」
「よお吾月。私に犯される気分はどうだ?」
外傷はないが、それでも重傷を負ったかのように息を荒くする吾月。ナナナキとウヅキの身体さえ抑えていれば、あとはこっちのもんだ。
「私を殺して天陽を弱らせる作戦は、どうやら失敗したみたいだな」
「ええ。口惜しい限りです。力づくと言うのは好みませんが、しかしどうやら、もうやるしかないようですね」
吾月は片手で印を結び、神通力を発動させる。
「【誘夜月】」
日光とはまた違う、柔らかい黄金の光が辺りを包む。。
「やっとこさ私たちの出番って訳か」
「お姉さま。気を抜かないでください」
蛍の様に輝きが消え、笑みと共に現れた神々。確かあれは、苔乃花と末永岩。
「ふふふ。相変わらずの様ですね。荒魂」
「会いたかったぜー、夕律ぅ」
「あー、懐かしいなぁ。新婚旅行は大和で良かったの?」
八〇〇年前とは明らかに違う霊力。大国妃屶を手にし、多大な信仰を得ている様だ。
「いいえ。都弥紀様は妃屶でお留守番です」
「はっはっはー。今日は姉妹仲良く慰安旅行だよ」
姉妹揃って、性格の悪さが滲み出ているような笑みを浮かべる。しかしその余裕の笑みも、吾月の言葉によって真剣に変わる。
「お二方。しばらく回復に専念しますので、時間稼ぎをお願いしますね」
「りょーかーい」
優しいウヅキの荒魂とは思えない彼女ら。これはこれで笑えるが、しかし流石に、三対一では分が悪い。…………いや、私も独りじゃないか。
「ソウ様、ユキメ先生。末永岩の神通力には気を付けて」
「魂を離別させるやつね。分かった」
「ウヅキ殿の援護はこのユキメが担います。なのでソウ様は、憂うことなく臨んでください」
「おっけー。じゃあ頼んだよ皆」
日が暮れ始め、白い月が色を付け始めた。そろそろ夜がやって来る。そうなれば奴らの力は一層増すだろう。
…………さて。それじゃあ気を引き締めて、取りかかるとしよう。
「もう一つの終わり」でアラナギのアラナミの名前が入り混じってました…………。
何でそんな名前にしたんだろうー




