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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
183/202

局地戦

 西ノ宮の中心。天都と下界を繋ぐという役割を担う社は、国よりも重要な防衛箇所となっていた。

 その内部の大広間。私たちが社に降り立つと、既に戦いによって負傷した獣神や天津神たちが、非戦闘員から治療を受けている光景が目に入った。


 その数は優に百を超える。


「酷い…………」


 ユキメが声に出してしまうほど、広間は血の匂いと、うめき声で充満していた。

 厚みのある畳には染みが夥しく、真っ赤に染まった包帯が散乱している。そして援軍が到着したにも関わらず、走り回る人たちは誰一人としてこちらに目を向けない。


「もし。俺たちは官学から遣わされた増援隊だが、ここの指揮官と話がしたい」


 遂にしびれを切らしたのか、シロギは目の前を歩いていた男を呼び止め、彼の肩を掴みながらそう言った。


「増援だとッ? たった三人だけか!?」


 頭に馬のような耳を生やした獣神の男。どうやらあまりの忙しさにイライラしている様だ。


「三人じゃない。三柱だ」

「柱? って事は天都の神々ですか?」

「ああ」

「そ、そうですか。でもお言葉ですが、幾ら天津神様と言えど、三柱だけの援軍じゃとても…………」


 まあそう思うのも仕方ない。なんせその三柱は、間抜けと子供と美人だけなのだから。

 しかし見た目が子供だからって、甘く見られたままでは我慢ならん。


「お気持ちは分かりますが、とりあえず指揮官とお話しさせてください」


 苛立ちを隠せないまま私が聞くと、男は眉をひそめて言ってくる。


「あの、天津神様。先ほど三柱と仰いましたが、こっちの二人は龍人では?」


 今この瞬間にも死者が出ていると言うのに、侮蔑的な目を私とユキメに向ける彼。これには私も限界だった。


 男の胸倉を掴み、無理やり目線を下げさせて言ってやる。


「いいからさっさと案内しろ」


 声を荒げて怒鳴ってやってもよかったが、私はあくまでも天津神。だから耳元で囁くように言葉を発せば、彼の顔からはみるみる血の気が引いていった。


「その可愛いお耳に届きましたか?」

「…………は、はい」


 馬のような耳をぴくぴく震わせながら、男は回れ右して歩き始める。

 どうやら分かってくれた様子だ。


「蒼陽…………。お前も存外、神霊を隠すのが下手なんだな」

「え?」

「周りを見ろ。皆怯えちまってる」


 副学長に言われるまま、私は先ほどまで慌しかった大広間を見渡す。するとどうだろう。そこにいる誰もが、皆一様に私を見ているのだ。


 私の中に緊張が走った。これだけの人数を前にして、怖気づいたのだ。


 しかしユキメは、そんな私に構わず言う。


「ソウ様、これでは後々の信仰に響く可能性もあります。ここは一つ、気の利いた一言を」

「えっ、今?」

「ええ。皆の注目を集めているのです。よい機会ではありませんか」


 た、確かにスピーチをするには絶好のチャンスだが、しかし意図的に神霊を露わにしたわけじゃない。話すことなど、何一つとして…………。


「いいかお前らッ、これより天津神である蒼陽姫命が御言葉を授けるッ。心して聞けッ!」


 そして何と言う事か。副学長までもが伝達の神通力を使って声を拡大させる始末。


 …………ハードル上げないでよぉ。


 私は心の中で情けない声を出すが、しかし、彼の言葉によって私の正体を理解した人々は、誰一人漏れる事無く、私に向かって最敬礼をして見せた。ありがたいことに、辛うじて立てる者達もおしなべて。


 その光景には胸が高鳴る。けれど夕律の記憶がそうさせるのではない。


 人間として死んだ私が、今こうして人々から崇められているという事実に、心が激しく踊っているのだ。


 ちっぽけだった私の事を、今では大勢が…………。


 ――――私は鞘から叢雲斬を抜き、それを天高く掲げて言葉を始める。


「みんな! ここまで敵の進軍を食い止めてくれた事は、誠に大儀でありました!」


 この世界で何者でもない私は、それなら私らしく。


「皆さんが善戦してくれたお陰で、この国はまだ命を保っていますッ」


 龍人として。人間として。そして神様として。


「多くを失いましたッ。けれど、それらは決して無駄にはしません!」


 私は私らしく。この魂が指し示すまま。超えて、ただその方向へ。


「戦を仕掛けたことを後悔させてやりましょう! そしてこの国を守り抜き、死した者達へ勝利を手向けるのですッ!」


 最後の言葉が静かに壁を蹴る。


 言い切った。どんな風に思われようが、どれだけ下手な演説だろうが、私は確かに私として、私の言葉を言い切ったのだ。


「…………えっと、以上です」


 いや、最後の言葉はこれだったか。

 

「天津神様の貴し御言葉、感謝申し上げますッ」


 ほんの少しの静寂の後、群衆の中から一つの声が浮上する。

 そしてそれは伝染していき、遂には大きな塊となって私を包み込んだ。


「我ら西ノ宮の兵は、これより貴女様の軍門に入り、その指示の下で戦に臨みまする!」


 将らしき一人の偉丈夫が私に最敬礼をしながら、耳が痛くなるほどの声でそう言った。

 しかし彼だけではない。他にもたくさんの獣神や神様たちが、皆同じ表情で私を見ているのだ。


 だが、これまで“率いる”という行為をしたことが無い私は、あろうことかその熱気とプレッシャーに臆してしまう。


「えっと。あの…………」


 口がまごつく。何から手を着けていいのか分からない。――しかしそんな時、私の隣でユキメが囁く。


「ソウ様。先ずは戦況を確認し、苦戦を強いられている場所を把握しましょう。そうすれば、自ずと道が見えてくるはずです」

「わ、分かった」

「どうか冷静に」


 彼女の的確なアドバイスにより、私はなんとか落ち着きを取り戻す。そして何より、最後の一言と彼女の笑みが、私に強さをくれた。


「ありがと」

「いえ。私はソウ様のお供ですから」


 ――――そうして私は彼女のアドバイスを基に、西ノ宮の全体図と数人の将を集めて会議を始めた。


「まずこの柳町の防衛線ですが、ここは比較的守りが厚いようですので、一旦戦闘に特化した種族を退かせます」


「成る程。退かせた部隊を援軍として他へ回すという事ですね?」


「それでも良いのですが、恐らく激しい戦闘でいくつかの部隊は疲弊しています。つまり私が言いたいのは、それらの部隊を順番に退却させ、衛生班の神通力で一度回復させようって事です」


「し、しかしそれでは、守りが薄くなったところが一気に押されてしまうのではないでしょうか?」


「心配には及びません。そこには私が行くので」


「まさか、大将自ら戦場に向かわれると?」


「ええ。もし可能であれば、前線も少し押し上げてこようかと思っております」


 その言葉には全員が動揺し顔を見せた。

 まあ無理もない。チェスや将棋で例えたら、取られたらゲームセットとなる駒が前線に行くと言っているのだから。

 だがしかし、そういう戦法があることも忘れてはいけない。


「ですが、もしあなた様が討たれてしまったら、我らはもう…………」

「大丈夫ですよ。玉は玉でも、詰められない玉ですから」


 ――――という訳で、私はなんとか他の将らを説得し、彼らの部隊には“チキチキ戦闘種族の退却大作戦”の先陣を切ってもらう事に成功した。


 もちろん私はと言うと…………。


――――――――


「お前らッ、女以外は全員殺せって言ったろ!」

「だめだ! 腕っぷしのよさそうな男も生かせ! 我らの貴重な労働力となる!」


 飛儺火の兵士たちが声高らかに叫ぶ姿が見える。

 どうやら奴らは捕虜を取っている様で、西ノ宮の兵士や住人達を、数珠つなぎのように縄で縛って歩かせている。


「っはははは! 流石、神都は上玉が揃いに揃っていやがるなぁ」

「ああ。田舎くせえ飛儺火の女とは訳が違うぜ」

「全くだ。しかも嬉しい事に、天都の女神様までいると来た。たまんねえな」


 一人の兵士が、捕虜となった女神の顔を掴みながらその息を荒くする。それだけじゃない。他にも何人かの女たちが、その身に卑しい視線を浴びまくっているのだ。


 状況把握の為に空から偵察していたが、流石に我慢が出来なかった。


「ヘイ、ガイズ!」

「あ?」

「送り物だよ!」


 私は地上へ降り立つと、その汚らしい手で女神を辱める兵士の腹を、叢雲の峰でぶっ叩いてやった。

 そうすればたった一言すら発することなく、そのまま不様に崩れ落ちる兵士。その光景を見た他の兵士たちも、呆気に取られて動けずにいる。


「なんだお前ッ!」


 そんな中、私に掴みかかろうとする勇敢な兵士。だがそれも、私は飛び膝蹴りを食らわせて悉くノックアウトさせる。


「て、敵襲だぁぁぁッ!」


 しかし時間を与えすぎたか、流石に状況を理解した兵士たちが十数人、抜き身の刀を向けて私を囲む。


「相手は龍人一人だ! 怯むことはねえ!」

「しかも子供だッ、焦ることはない!」


 獅子の如し殺気を向けてくる敵兵たち。しかしどうやら、私の事を子供だと舐めているらしい。


「勘弁してよー。ノーキル、ノーアラートを目標にしてたのにさぁ」


 …………とは言ったが、そんな気はさらさら無い。


「でもまあ、ノーキルチャレンジは完遂できるか」

「さっきから何言ってん――――」


 どかん。と、私は地面を蹴って、そのまま一人をダウンさせる。

 それが開戦の合図、という訳でもないのだが、しかし敵兵たちはそう受け取ったのか、すぐさま私を斬らんと立ち向かってくる。


「斬ったッ!」

「んーっ、惜しい!」


 最小限の動きで斬撃を躱し、強烈なカウンターをお見舞い。

 さらに身をかがめて素早く動き、私は別の兵士の懐に入る。


「貴方のハートにぃぃ、ラブズッキュンッ」

「ふぐッ!」


 倍はある兵士の胸部に正拳突き。死にはしないだろうが、多分肋骨は折れたかも。


「クソ! ふざけやがって!」

「真面目だよッ!」


 茶化す兵士には怒りの鉄拳。


「そのガキから離れろ! 俺が射る!」

「っち。弓矢か」


 光を反射し、鋭い矢じりが私を狙う。

 だが私は矢面に立ち、そのまま弓兵に向かって突き進む。


「死ねぇッ!」


 気合と共に放たれる一矢。けれど私はそれを掴み取り、そのまま弓兵の足に突き刺した。


「あ゛あ゛あ゛ぁ!」

「結構ヤバい所に刺したから、下手に抜かないよーに」


 それだけ言い残した私は、そのまま残りの兵士のもとへと向かうのだが。しかしいくら準備運動のためとはいえ、流石にふざけ過ぎたと反省し、残りは一瞬でノックダウンさせた。


「ふぅぅ。…………決まったぁ」


 私の周りで丸まる屈強な兵ども。私がいじめっ子に見られないか心配だ。


「――――ソウ様!」

「え?」


 突然の声。それは確かにユキメの物だが、どこか気迫に満ちた叫び。

 それに気づいて振り向けば、彼女が背後に立っており、その足元には両断された長矢が落ちていた。


「気を抜かないでくださいまし!」

「ご、ごめん」

「それと、少しおふざけが過ぎまする!」

「ごめんなさい」

「――――分ればよいのです」


 しまった。ユキメに怒られてしまった。…………でも、怒った顔も可愛いよぉ。


「あ、あの!」


 再び声が聞え、その方向へ目を向ける。するとそこには、目をうるうると潤わせながらへたり込む虜囚たちの姿があった。


「…………ぶ、不躾な願いで恐縮なのですが、早く私たちを解放しては頂けませんか?」

「お願いします!」

「早く!」


 敵地の真ん中で自由が利かないのは、きっと恐ろしいのだろう。彼、彼女らの気持ちも分かる。それ故に私は、手早くその拘束縄を切ってやろうとしたのだが…………。


「おいおいおい。敵襲だって聞いたからどんな奴かと期待したが、ただの龍人のガキじゃねえか」


 笑い声と共に現れたのは複数の騎馬隊。

 ただの騎馬兵なら問題ないが、しかし捕虜たちはその姿を見て青ざめた。


「…………龍撃隊」

「りゅうげき隊?」


 どうやらその騎馬隊には固有名称があるらしく、私は思わずそう聞き返してしまった。


「や、奴らは化け物です。馬術に長けた者ばかりで、西ノ宮の兵士は皆、奴らに悉く切り捨てられてしまいました」

「なるほどね」


 私に見えるは軍馬にまたがる屈強そうな兵士たち。そのどれもが巨躯の持ち主で、纏う鎧は岩のように物々しい。


「…………お、おわりだ」

「お母さん…………お母さん」

「嫌だ…………死にたくない」


 こりゃ泣きたくなる気持ちも分かる。


「皆ッ、縄は後で解くから、今は一か所に固まってて!」

「りゅ、龍人様ッ、今すぐお逃げください。奴らは強く、そして残酷です!」

「うるさいな! いいから固まって!」


 しかし彼女らは怯え、まるで私の言葉など聞こえていないかの様だった。これでは守れる者も守れん。


「ソウ様。捕虜たちは私が見ておきますので、どうか遠慮なく」

「いいの?」

「ええ。その代わり、奴らを一掃してください」

「じゃあ、後ろはお願いね」

「はい。お任せくださいまし」


 ユキメのその言葉に、私は笑みを浮かべてサムズアップを見せる。

 彼女が背にいるのなら、私も安心だ。


「よーし。待たせたなサンピンども」

「おお? 何だお嬢ちゃん、偉く威勢がいいなぁ?」

「一、二、三。数はざっと20騎か。少な」

「はっはっはっは! 面白いガキだッ。お前を連れ帰りゃ、きっとユミズ将軍が喜ぶぜ!」


 兵士の言葉と共にいななき、前足を浮かせる黒馬。

 腐っても軍人。どうやら一騎打ちに持ち込む様だ。


「我、天千陽に住する龍人。ソウヨウと申す」


 私目掛けて突進する騎馬兵。その走行音は意外にもうるさく、私の名乗り口上は惜しくも消え去ってしまった。


「ガキの癖に名乗る名があるとはッ、余計に斬りたくなるだろうがッ」


 2メートルは超えるだろう長槍が、その先端を光らせて私に迫る。

 だが捉えられる。


「なッ!?」


 槍の突きをひらりと躱し、叢雲の払い切りで真っ二つに両断。

 そうして槍を失った騎馬兵は、その切断面を見ながら私の横を通り過ぎて、逝く。


「さらば」


 力なく落馬する巨体の兵士。叢雲による払い切りは、槍を切断した後、その兵士の首をも斬り落としたのだ。


「名も知らぬ者よ。安らかに」


 命を殺めることに躊躇いが無いわけではない。しかしこれは戦。振りかかる火の粉を振り払わねば、大切な者に飛び火してしまう。


 そんな一瞬一瞬の判断が大切な時の中で、唯一私に出来ることは、せめて苦しませずに逝かせてやること。

 

「兵長が殺られただと!?」

「あり得ねえ! なんだあのガキ!」

「クソッ、行け行け行け! アイツを殺せ!」


 最早一騎打ちは危険と判断したのか、四騎の騎馬が陣を成し、同時に距離を詰めてくる。流石のチームワーク。


「せめて名乗ってから来てくれないかなぁ」


 足と腕を龍に還す。そうしてステータスを底上げした私は、そのまま二振りの刀と共に奴らを両断した。


「ば、馬鹿な…………四騎だぞ?」

「…………てて、て、撤退だ。退け退け、退けぇッ!」


 馬を回転させて逃走を開始する残りの騎馬兵。敵わぬと分かれば退くのが基本ではあるが、しかし殿を置かなかったのは失策だ。


「御免ッ」


 出遅れた騎馬兵から一人ずつ。私はその命を摘み取っていく。

 慣れない。吐き気がする。今殺めた兵士にも、きっと大切な者がいたはずだ。現代人の私からすれば、この状況は些かキツすぎる。


「なんて脚だッ、馬に追いつくなんて!」

「あぁ、畜生!」


 今や騎馬隊もたったの二騎。不様に逃げる様はまるで兎だ。けれどここで彼らを逃がせば、今度はこっちが狩られてしまう。


「来世では平和に暮らせ」


 そんな願いと共に兵士を斬る。

 夕律の神霊。今や神と成ったこの魂が無かったら、きっと私は廃人となっていた事だろう。


「…………あぁ。神様って、結構残酷なんだな」


 足元に倒れる兵士の遺体。この中にはきっと、優しい人もいたはずだ。その人はきっと、苦しんだはずだ。今の私よりも、人らしく。


 私は祝詞を奏上する。


 殺めた者たちの、その御霊のために。


――――――――


「ソウ様。よくぞご無事で」


 ユキメ達の元へと戻ると、彼女は私を強く抱きしめてくれた。今や162センチにまで伸びたこの体は、抱かれると彼女の鼓動が鮮明に聞こえる程にまでなっている。そしてそれが、今の私の安らぎであることに違いはない。


「はぁぁぁ。落ち着く」

「頑張りましたね」

「…………うん」


 私とユキメの甘い時間。しかしそれも長くは続かない。


「まさか、龍撃隊をたったのお独りで…………?」

「なんと……っ。なんと有難いっ」

「…………我らは助かったのかっ!」


 他にも捕虜たちは何か言っていたが、耳に留めた言葉はそれだけだ。否。それ以降の言葉も同じ様なものだったので、聞き取ることをしなかっただけだが。


「さあ皆。私たちが空から援護するから、中央の社まで全力で走って」

「は、はい!」

「龍人様が付いておられるなら、私たちも安心です!」


 涙して喜ぶ虜囚たち。彼、彼女らのその表情は、確かに私が守った物だ。この瞬間だけは、神様も悪くないと思えてしまう。


「さあ、それじゃあ早く行こう」


 ――――それからも私たちは街中を飛び回った。そして敵兵を蹴散らしては、味方の兵士や捕まった人たちに感謝をされる。


 それをもう何十回も繰り返していると、遂にはそれが当たり前となり、感情という物も徐々に薄れてしまう。


 度重なる殺しと救い。


 それでも私の心は壊れなかった。いや、むしろ一層、機械的な、無機質なものに成っているとさえ感じる。


「少しお休みになった方が良いのでは?」


 作戦を開始してから数時間が経ったころ、ユキメは私の手を取ってそう言った。なんとも切なげな表情で。


「ありがとう。でも大丈夫だよ」

「…………さ、左様ですか」


 身体も精神も、どちらとも疲労はない。それにまだ退却が終わっていない所もある。この作戦は、私無しでは成立しない。


「ユキメは少し休んできて」

「いえ。私もまだ良好でございます」


 いつもとは違い、つたない笑顔を私に向ける彼女。


 私が休まない限り、彼女もそうするつもりは無いのだろう。ユキメは頑固だから分かる。


 だがこの戦では、余計な感情は捨てねばならぬ。私情を優先して、助けを求める人たちを無視することは許されない。


 それが、力ある者の責任。


「――――何故、天都からの援軍が未だ来ないのでしょうか?」


 次の戦場へ向かう途中、そんな事をユキメが聞いて来た。だから私はこう返す。


「恐らくこの戦は、雨月が仕組んだものだから」

「天都は侵略を恐れ、守りに徹していると?」

「多分ね。飛儺火が裏切った今、妃屶ひなたもきっと、同じことを企んでいるに違いない。あの国には、苔乃花と末永岩がいるし」

「となると、むしろ劣勢なのは我らの方なのですね」

「そう。だから天都も動けないんだとおもう」


 そして今、私がそれ以上に憂慮すべきこと。それは、ウヅキやナナナキ、千詠チヨと敵対する事だ。


 かつて私が救い、友と呼ぶ彼女ら。そんな彼女たちと、私は戦えるのだろうか。


 敵として見えた時、私は何の躊躇もなく、彼女らと刀を交える事が出来るだろうか。

 

「――――蒼陽!」


 泥水のように濁った思考の中で、聞きなれた声が頭に響く。

 それは私たちが空を翔けている時、一羽の雀が発した言葉。


「副学長?」

「そうだ!」

「なんで雀に?」

「手が離せなくてな、神通力で言葉を託したんだ」

「なるほど」


 私の目の前で必死にくちばしを動かす雀。しかし今は、その可愛さに現を抜かしている暇はない。副学長の焦った声から察するに、何か異常があったことは明白だった。


 それでも私は冷静さを保つ。今更何が来ても驚くことは無いだろう、と。…………その筈だった。

 

「お前らは今すぐ官学へ飛べ!」

「官学?」

「ああッ。官学が攻撃を受けた! 直ぐに援護に行って欲しい!」

「――ソウ様!」


 そこにいつもの穏やかさは無く。ただただ焦燥だけを浮かべるユキメの表情。

 その顔が私にも危機感を覚えさせた。


「行こうッ!」


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