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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
182/202

独り言



 官学の頂き、学長舎。

 一人の教員から西ノ宮襲撃の報告を受けた私は、その後ズイエン学長に呼ばれ、今この場所に来ている。


「くそッ。なぜ我らの国なんだ!」


 学長舎に集められた教員たち。その中の一人が声を上げた。だが他の教諭たちも、皆同じ心情でいるように見える。


「一体どうすれば」

「飛儺はとっくに平定されたはずだぞ!」


 とめどなく沸きあがる焦りと怒り。自らの国が攻撃を受けているのだから、そうなってしまう気持ちも分かる。


 けれど私は、もっとそれ以上の不安を抱いている。


「学長、今回の襲撃は、雨月によるものではないでしょうか?」


 心に巣食う憂慮のままに、私はその名前を口にした。しかし学長は、小首をかしげて私に問う。


「蒼陽。雨月とは、何者ですか?」

「…………え。知らないんですか?」


 そのとき私は、ズイエン学長とシロギ副学長の顔を見て戦慄した。


 あろうことか、彼女らは何も知らないのだ。


 吾月が神体を奪われていること。彼女の中に、四十を超える神霊がいる事。天陽は今日までそれを隠し通して来たらしい。だから学長らは雨月を知らず、800年前に謀反を起こしたのは、吾月だと未だ信じたままなのだ。


「すいません。吾月の間違いです」

「本当か? 蒼陽」

「ええ。シロギ副学長」


 ここで雨月の事を説明している時間もない。そもそも彼女らがそれを信じるかどうかも分からない。

 夕律のふりをして説得することも出来るが、いかんせん私の演技力じゃな…………。


「まぁいい。とにかく、今は生徒の避難を優先します」

「よーし。それじゃあ皆、さっきの説明通りに動いてくれ」


 ズイエンとシロギの二柱は、直ぐにでも行動させるべく声を張る。そうすれば他の教員も返事をし、その腰を持ち上げた。


「蒼陽はここに残ってください」


 しかし私だけ呼び止められる。理由は簡単だ。


「私たちは、西ノ宮への援軍ですか?」

「ええ。理解が早くて助かります」


 私を除く全員が退室した後、私がそう聞くと、彼女は棚から一枚の地図を取り出し、破れないよう丁寧に広げていく。

 露わになったのは、葦原国の全体像。


「先ず今回の襲撃の統率者ですが、恐らく飛儺の国の主宰神と思われます」

「なんで飛儺が…………」


 飛儺は四十年以上も前に平定された筈。しかもそこの主宰神って、天津神だろ…………。


「恐らく飛儺を治めていた天津神は、知らずの内に吾月の手の者と縁組をし、揺るぎない誓いを立てています」


「その誓約うけいは、破れない物なのですか?」


「蒼陽。貴女も知っての通り、神々が交わす誓約には、絶対的な効力が付与されます。両者間にその意思が無くとも、破らば即黄泉へと堕ちる程の」


「では、それを無効にする方法は?」


「お互いの同意を得て初めて、誓約は無効となります」


「なるほど。という事は、天津神をたぶらかしている女神を討ち、天津神を解放。そして西ノ宮から手を引かせれば良いのですね?」


「ええ」


 誓約の話は十分理解できたので、私はここで話を終わらせることにする。


「分かりました。では私も西ノ宮へ向かおうと思います」


 正座を解き、脇に置いた叢雲斬むらくもを帯に差して、私は立ち上がる。すると学長は、切ない笑みを浮かべ。


「蒼陽。貴女は我が校の大切な生徒です。無事に帰ってくることを約束してください」

「勿論です。まだ卒業式が残ってますしね」

 

 呆れたような笑みに変わった彼女の表情。

 彼女は私の事を知っている。そう思わせるのは、いつか彼女が言った言葉。

 私はずっと、天陽と比べられているものだと思っていた。“天陽とは違った可愛げ”。しかしどうやら、それは天陽ではなく彼女の事を指していたらしい。


「ズイエン学長」

「なんですか、蒼陽?」


 それでも学長は、私の事を蒼陽として見てくれている。ずっとそうだった。いつも学長は、私の心配をしていたのだから。


「行って参ります」

「…………ええ。気を付けて」


――――――


 ――――学長舎を出ると、ユキメとシロギ副学長が私を待っていた。ユキメはもちろんの事、どうやらシロギも私と共に西ノ宮へ向かうらしい。


「西ノ宮は既に戦場となっている。圧倒的な数の差で、現在中央の社だけが防衛拠点になっているらしい」


 二振りの刀を腰に差した副学長は、決して足は止めずに状況の説明する。


「首謀者が誰なのかは未だ分かっていないが、俺たちの目的はただ一つ。その首謀者を誅伐することだ」

「生死は?」

「問わない。見つけ次第事に当たれ」

「了解です」


 今から目にする光景は、目を逸らしたくなるほどの地獄だろう。

 見慣れたはずの風景は、もう無いと思え。――これは戦だ。常に最善の選択が求められる。余計な感情は捨てるのだ。


「…………分かった」

「ソウ様。また独り言ですか?」


 官学の大手門。その手前で、心配そうな顔をしたユキメが私に問う。


「ううん。自分で自分を鼓舞していた」

「うん。それはいい事だぞ蒼陽。――ユキメ先生。なんなら俺が、貴女を鼓舞して差し上げましょうか?」


 戦いの前だと言うのに、シロギはユキメに詰め寄って甘い声で囁く。しかしユキメはこれを無視し。


「ソウ様。西ノ宮へ向かう前に誓わせてください」

「え?」


 少しだけ腰をかがめ、その紅色を私の口に重ねるユキメ。

 ほんの数秒。そして彼女は唇を遠ざけ、今度は私の眼を見据える。


「このユキメ、一生を掛けて貴女に全てを奉ります」

「…………おいおい」


 シロギは青ざめた顔で呟く。

 まあ、私とユキメの関係を知らないから無理もない。


「わ、私も誓います」


 あまりに急な事だったので、私はつい言葉を喉に詰まらせてしまった。が、それでもユキメは、太陽のような笑みを作ると、「はい」と言って頬を染めた。


「よ、よし。それじゃあそろそろ西ノ宮へ行くぞ」

「ええ。お待たせして申し訳ございません」

「よーし。それじゃあ蛮族どもをボコボコにしてやりましょう!」


 ユキメのお陰で緊張もほぐれた私は、いつものテンションを取り戻し。斯くして、今も救助を求め続ける西ノ宮へと翔んだのだった。

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