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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第一章 八柱の姫君
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中つ国2

龍文書―17


【龍玉】:母親の胎内で共に育つ宝玉。覚醒するまで時間を要する。それまでは龍王の元で管理される。


「しかし、本当にユキメはよく食べるね」


 勘定を済ませて店を出たすぐに、私はユキメにそう言った。少しデリカシーがなかったか、彼女はリンゴの様に顔を赤くさせる。


「そ、そんな事ありませんよぉ。私ももう一六〇ですし。あれが普通ですよ?」


 くねくねと、羽織の袖を振って言い訳をするユキメ。いつまでも見ていたいほど可愛い。

 ちなみに一六〇歳と言ってはいるが、見た目は二十手前ほどだ。


「で、では。改めまして。龍人の特性、その龍血のなんたるかを学んでいきましょう」


 たくさんの龍人が往来する花柳町の大通りを歩きながら、ユキメは小さく咳払いをしてそう言った。

 ……まさかここでやるのか?


「見せてくれるって言ったけど、どこでやるの?」

 ユキメは立ち止まると、人差し指をまっすぐ立て、それを下に向けた。

「下界です」

 ――――下界!?


 説明しよう。下界とは、天つ神の住む天界とは違い、まだまだインフラも整っていない無法地帯。天都の神々は、これを中つ国なかつくにと呼んでいる。

 そして、アマハル様の統治が行き届いていないせいか、数々の妖怪や獣。さらに下界を支配せんと息巻く神々が日々跋扈ばっこしている。


 ……と、私は家の書物で読んだのだが、果たしてどこまでが正しいのか。まあ、とにかく危ない所だ。


「下界って、危なくないの?」


 アマハル様の神使と言えど私はまだまだ子供だ。そんなスラム街のような場所には、流石に恐怖を覚える。


「ご安心を。今回行く場所は、葦原で唯一天つ神が統べている所ですから。それに、ソウ様には私が付いております」


 確かにユキメは頼りになる。天の山腹でもユキメは私を守り続けてくれた。でも、それはあくまで天界の範囲を出ない。彼女の力が一体どこまで下界で通用するのか、正直私は測りかねている。


「それは心強いけど。でも一体、どうやって中つ国まで行くの?」

 ユキメは土筆のように細い人差し指を、今度は空へと向けた。

「翔んでいきます」


 かなり飛んでいる発言に聞こえるが、龍人族は龍の末裔。鳥が空を飛べるように、魚が海で呼吸できるように。龍も当然の如く宙を翔けるのだ。


「龍人が翔ぶ事を許されているのは六十歳からだよね? 私まだ三十だよ?」


 龍人の子は六十になると、母親の子宮の中で共に育った龍玉りゅうぎょくが渡される。一般的には龍人も龍玉も、六十歳でようやく一人前と呼ばれるのだ。


「もちろん私が責任もって背負いますよ」


 ――――正直かなり不安だ。命綱もなしに綱渡りしているようなものだろう。背負うのがユキメじゃなかったら私は断っていた。


「ユキメなら安心だけど。ちょっと怖いかも」

「安心してください。この命に代えても、ソウ様には傷一つ付けませんから」

 よく漫画とかで使われるセリフだけど、ユキメが言うと一段と頼もしいな。

「よし頼んだ」


 まるでジェットコースターの列に並んでいるような感覚だ。ずっとドキドキしている。緊張をほぐす方法なんていくらでもあるが、どれも役に立った記憶はない。


「ところで、ユキメの龍玉ってどんなの?」


 私がそう言うと、ユキメは自分の胸元に手を入れ、小さな首飾りを取り出して私に見せる。


「これが私の龍玉です。この世にただ一つだけですから、無くさないように首にかけているのです」


 人差し指と親指でつまむすい色の宝石。目を凝らして中を見てみると、太陽のような球体が絶えず光を放ち続けている。

 ――――なるほど。ビー玉くらいの大きさしかないのか。


「綺麗…………」

 龍人の瞳といい勝負だ。

「ちなみに龍玉の色は人それぞれで、男の子なら冷たい色。女の子なら暖かい色で産まれてくるんですよ」

「だからユキメの龍玉は明るい緑なのか」

「はい。ソウ様の龍玉もきっと、太陽のように明るい宝玉ですよ」


 美しい宝石を見たことで少し緊張が和らいできた。やはり美しさとは無敵なのだ。私も早く自分の龍玉が欲しい。



 ――――花柳町の外れ。天千陽あまのちはるの端。そこから見えるは美しい太陽に、雪原のように真っ白な雲の絨毯。少し息を吹きかければ散ってしまうタンポポの綿毛の様だ。


「準備はいいですか?」


 子供の私からしたら十分に広い背中。そこで私はユキメに背負われる。耳を当てると鼓動が聞こえ、流れる血液は産湯のように暖かい。……あと、いい匂いがする。


「くれぐれも髪の毛は引っ張らないでくださいね。集中が途切れてしまいますから」


 危ない危ない。もう少しで掴むところだった。――ところで、後ろで結った髪の毛を引っ張りたくなるのは私だけだろうか?


「行きますよお」

「――――三秒数えてから飛んで!」


 下は雲。しかし十分な高さがあることは分かる。それはまるでフリーフォール。この三秒は、心の準備をするための三秒だ。


「分かりました。それでは、三……二……」


 動悸がヤバい。息が荒い。ヤバイヤバいヤバイヤバイッ。


「いち!」


 ユキメは何のためらいもせず、断崖の先端から身を落とした。


 ――――凄まじい落下速度。それは周りの景色が物語っている。ふと目の前に鳥がいたかと思うと、次の瞬間には遥か上空へ消えているほどだ。


 でも待てよ。これだけの速さなのに、風も感じなければ、落下する際の負荷も感じない。これも龍玉の力なのか?


 そうしてしばらく落下すると、その速度は次第に緩やかになり、仕舞には空中で停まれるほどの速度となった。


「これが、龍血の力の一つ。龍昇りゅうしょうです」


 雲に立つかのように滞空するユキメは、顔を横に向け背中の私に優しくそう言った。だが、私の頭の中を満たしているのはたった一つの感想だけ。


 ――――龍昇すげえ!

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