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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
177/202

朝と夕



「葦原平定の先駆けとして、明日より幾柱かの神々には中つ国に降りてもらう」


 その言葉は、不意に地を打つ夕立のように言い放たれた。


 ――――天陽の書斎。私と四柱の先鉾たち。加えて数柱の、武神ではない天律神が呼ばれ、そこに集められた。

 そして予想だにしていなかった今の言葉に、神々は戸惑う。


「明日……からですか?」

「そうじゃ」

「お、恐れ多くも皇神。未だ目論見は未完のまま。今の状況では平定は愚か、いたずらに死者を出してしまうばかりですぞ」


 上座に天陽。そしてその手前で対を成すように座る神々の、その中でも文官の神々は特に騒めいた。  

 だがそれもそうだろう。私を筆頭とする武官の神達は、ただ黙って勅を奉ずるだけなのだから。


「分かっておる。だが策を練り直すばかりで、それを実行する日は今日まで無かった。これでは平定など終ぞ叶わぬまま。もううんざりだ」


 まさか天陽が下界の平定を本気にしていたとは、きっと誰もが思っていなかっただろう。


 …………今より昔。天陽は、いつか生まれるであろう、神でも獣でもない者の為に中つ国を平定すると言い出した。

 そして世界の行く末をただ見守るのが我らの役目だと。どこか別の世界を手本にした彼女はそう言った。


 いや、それを誠に申しているだけならまだ善かった。


 平定を言い出してから行動に移さなかった彼女が、なぜ今になって本腰を入れたのか。私はそれが気に食わない。


「天陽。お主、吾月に何か言われたのか?」


 雨月の名を出さず、私が遠回しにそう言えば、神々は顔を見合わせ呟く。


「吾月様が?」

「そう言えば、吾月様は何処におるのだ」

「最近お見えにならんが」


 そうすれば、吾月の行方不明を明るみにしたくない天陽は、無様にも話を変え始める。


「今は関係ない。それより、早速だが先鉾のアラナギに勅を言い渡す」

「はっ」

「お主には明日からある国に赴いてもらい、そこを平定してもらう。兵はどれだけ連れて行っても構わん」


 アラナギは先鉾の中でも一二を争うほどの戦神。確かに彼の武力と統率力があれば、一国など一日で平らげてしまうだろう。


 だがなぜアラナギなのだ?


 先鉾とは、天陽の護衛や、緊急の事態に即応させることを主とする組織。その中でも特に有力なアラナギを、なぜ一国の平定の為に向かわせる…………?

 

「我が君。でしたら、西ノ宮の社を守備しておる、我が弟を連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「構わぬ」

「誠ありがたし御言葉。感謝申し奉ります」

「――まて天陽。なぜアラナギを向かわせるのか、先鉾の将として理由を聞いておきたい」


 このままでは不味い。そう思った私は、すぐさま天陽に異議を唱えた。

 しかし彼女は…………。


「夕律。お主には関係の無い事だ」

「なら国の名前だけも…………」

「――――ならぬ。此度アラナギに課した任は機密とし、お主を含めたあまねく神々にもその開示はしない」

「そんなこと許されるはずがない。先鉾を動員するには、頭目である私の認めも必要。斯様な横暴はまかり通らぬぞ」


 しんとした空間の中で、呆れを孕んだ溜め息だけが神々の間を横歩きする。


「律。お主はあくまでも先鉾の一柱。お主の認めが無くとも、余の一存で先鉾は動く」

「ッく!」


 我慢の限界だった。

 彼女が私の申し出を跳ね返したからではない。天陽が自分の考えではなく、誰かの言いなりで立案しているとしか考えられないからだ。


「目を覚ませ朝陽! 雨月に何を言われたのかは知らんが、これは明らかにお前の意志ではないだろ!」


 天陽の胸倉を掴み、恫喝する。

 そして自身ですら止められなかった私を抑制したのは、誰でもない私の部下たちだった。


「おひいさま。それ以上は…………」

「幾ら夕律様と言えど、これより先の粗相は斬らねばなりませぬぞ」

「オクダカッ、カナビコ!」


 私の喉元と目先に鉾を向ける二柱を、サカマキが変わらずの大声で注意するが、しかし彼らは仕事をしたまでに過ぎない。

 主宰神である天陽に刃向かう者は、如何様な者でも処罰する。それは私の教え。彼らはそれを忠実に守っただけだ。


「…………くそ」


 そうして天陽の襟から手を離すと、突きつけられた白刃も鞘に収まった。

 だが同時に安堵もした。彼らが感情でなく、あくまでも事務的に行動したのが。その表情から、彼ら自身も天陽の発言に納得していないと分かったから。


「この無礼は許すが、次はないぞ。夕律」

「言ってろ」


 …………それからも会議は続いたが、私は半ば半分それを聞かず、釜で煮える湯の如し怒りを基に、吾月の解放と雨月の駆逐だけを考えた。それらを実行に移すための気構えも同時に。


――――――――


「夕律様っ、先ほどの無礼をお赦しください!」


 会議が終わり、私が別室に先鉾を集めると、彼らはいの一番に頭を下げて謝罪を申して来た。しかしそれを許さない理由はない。


「よしてくれ。お主らは掟を守っただけ。むしろ謝るのは私の方だ。子供の様に喚き散らしてしまった事を、詫びさせてくれ」


 そう言って私が頭を下げると、オクダカとカナビコは笑ってしまうくらい慌てふためいた。

 そんなやり取りをしばらく続け、私たちがようやく落ち着いたのは、それから少しした後だった。


「してアラナギ。今回はお主にだけ苦労を掛けさせることになるが、大丈夫そうか?」


 皆が腰を落ち着かせ、ひと段落したところで、私は話を本題へと移すことにする。


「ええ。急な話で驚きましたが、問題はありません」

「そうか。だが何かあれば直ぐに鳥笛を吹き、援軍を呼ぶんだぞ」

「ありがたき御言葉、勿体なく存じます。我が君」

「…………お前の主は天陽だ。そこを履き違えるな」


 彼が私をそう呼ぶのには訳がある。――それは彼が産まれた時の話。

 双子として降誕した彼らを、彼らの両親は良く思わなかった。弟のアラナミを荒魂と思い込み、殺そうとした父親。私はと言えば、ただそれを止めただけに過ぎない。だがそれを知ったアラナミは、その日から私の事を強く慕うようになったのだ。 


「そう言う訳にもいきません」

「…………左様か」


 複雑な気持ちだ。私は彼らの誠の主ではないが故に、彼らを危険から遠ざけることも出来ない。

 今こうして、アラナミが何者かの策に飲み込まれようとしているのに、私には何をすることも出来ないのだ。


「しかしお前が心配だ。お前の弟もな」

「ふふ。考えすぎです。私なら大丈夫ですから」


 そう言って彼は私に微笑んだ。それはいつも通りの優しい笑み。誰よりも強かなアラナギの、か弱い一面だ。


「ていうかよ、お前に弟がいたとは驚きだぜ」

「うむ。儂も気に掛かっておった。なぜ黙っておったのじゃ、アラナギ?」


 面白くなさそうに彼らが言うと、アラナギは眉を八の字にし、気まずそうに小さく笑う。


「いつか貴殿らを驚かせようとひた隠しにしていたのですが、バレてしまっては申し訳も立ちません」

「ははッ、何だよそれ。お前みたいな堅物にも、そんな悪戯心があったんだな」

「それはそうと、お主の弟じゃ。さぞかし面構えも良いのだろう?」

「ふふふっ。恥ずかしながら、全く真逆です。きっと笑ってしまうくらいに」

「マジかよ。ますます気になるぜ」

「でしたら、此度の任が終わったら、貴殿らにも紹介します」

「ふぉっふぉ。それは楽しみじゃのう」


 天陽の前では決して見せることのない彼らの安らぎ。

 それは先鉾が築き上げた信頼の上でこそ成り立つものであり、掛け替えのない私の財産。


「遅れてすまないッ」

「おせーぞサカマキ」

「波風を立てるな。サカマキはクサバナの勧誘に忙しいのじゃ。大目に見てやろうて」

「カナビコ殿の言う通りですよ。それにオクダカ、お主はもう少し気を長くした方がいい」 

「ああ? なんだよお前ら。やんのか?」


 この空間にいつまでも身を投じていたい。

 もっと彼らと共に仕事をしたい。

 誠の家族と呼べる彼らと、ずっと肩を並べていたい。

 それが私の願いでもあり、今の私を支える希望でもあった。


 ――――だがそれも、アラナギの消息が断たれたことで、儚くも消えることになる。

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