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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
最終章 君が代
175/202

死してなおも生き続ける意思


 今朝は決して気持ちいのいい朝とは呼べなかったが、しかしユキメのお陰で何とか気分を保たせた私は、手早く身支度を済ませて 天界の都へと赴いていた。


「姫様、皇神に何か御用ですか?」

「うん。少し話がしたくて」

「承知いたしました。では中へどうぞ」


 天陽様に会うため、長たらしい手続きを終えた私は、最後の門番でもあるシンに話を通し、彼女の書斎へと足を踏み入れる。

 すると出迎えるのは、相も変わらずの散らかった部屋。


「お、こんな朝から珍しいのう、一二三」

「再三言うようですが、私の事は蒼陽と呼んでください」

「あ、ああ。すまない」


 妃屶ひなたでの一件以来、仕事以外で天陽様と会う事は少なくなった。

 私が荒魂だという事実を隠されていたことが、やはり心の何処かで引っかかっていたからだと思う。

 あの時はユキメのお陰で乗り越えることが出来たが、それでも、日を追うごとにその事実は私を確かに蝕んでいた。

 そして止めを刺すかのように今朝の夢。


「して、何用じゃ?」

「吾月について、お聞きしたいことがありまして」


 躊躇わずにそう言えば、彼女はばつの悪そうな顔で頭を掻く。


「それは、今せねばならぬ話か?」

「はい」


 彼女は一度大きく息を吸うと、意を決したのかのように膝を正した。


「分かった。それで、何が聞きたいのじゃ」

「聞きたいことは沢山ありますが、先ず天陽様が雨月とどういう関係だったのか教えてください」

「…………また懐かしい名前が出て来たものじゃ」


 その名前を彼女が知っているという事は、今朝のアレは夢ではなかったという事。

 私が夕律と呼ばれる女神だった時代に、私が実際にこの目で見て来たもの。


「天陽様はあの日、吾月より雨月を選んだんですか?」

「…………ソウよ。まさかお主、記憶を取り戻しておるのか?」


 私の質問など意に介さず、彼女は目を大きくして問うてきた。

 だがその答えははっきりとしていない。

 記憶を取り戻したと言うより、断片的な部分を朧げな夢で追体験したと言う方が正しいからだ。


「少しだけですが」

「そうか……っ」


 だが私がそう答えると、彼女は陽のように美しい目から涙を流し、私の両肩をぐっと抱き寄せる。


「律。どれほどお主に会いたかったか」


 一方的に注がれる愛。

 これまでにも幾度か味わったそれは、私ではなく夕律へと向けられていたものだった。

 本当に、気持ちが悪い。


「答えろ朝陽。お前は妹である吾月より、己の利となる雨月を選んだのか?」


 それでも私は、彼女との会話の中で自らの優位性を高めるため芝居を打った。

 まるで自分を殺しているかのような感覚に陥るが、今は堪える。


 そしてそれが功を奏したのか、天陽様は一拍ほどの間をおいて小さく頷いた。


「吾月の気持ちは、考えなかったのか?」

「…………余は主宰神じゃ。如何なる時も合理的に考えねばならぬ」

「楽な方へ逃げただけだでしょ」

「かもしれん。そのせいで、お主に苦労をさせたのも事実じゃ。すまぬ事をしたと思うておる」


 それは夕律を想っての言葉。私の心には一切響かない。

 私がこれまでせっせと築き上げてきた天陽様との関係も、今は無いに等しい。否、そんなものは最初から存在しなかった。

 彼女の愛は、全て蒼陽に向けられたものではなかったのだから。


「天陽様。私は、吾月を助けます」

「律?」

「夕律は死にました。きっと彼女がそれを望んだから」


 私が夕律の生まれ変わりだと聞いた時、知りもしないその女神を嫌った。

 でも違った。

 彼女は確かに私だった。だから安心した。あの夢を見て。――夕律の気高い意志は、私も確かに持っている物だったのだから。


「雨月を殺し、吾月を解放したら、私は天律を離れます」

「…………何を言う」

「神号と蒼陽の神名もお返しします」

「そんな事は断じて許さぬぞ!」


 勝手だ。全て、彼女の勝手。今の怒号も、この肩を掴む彼女の手も。全て天陽の勝手なのだ。

 夕律もそれに嫌気が差していた。だから私が産まれた。


 ……私が天陽の神使になったことを、きっと彼女はよく思っていないだろう。天陽が雨月を選んだあの日に、夕律が愛する彼女は消えたのだから。


「許すも何も、貴女が決める事じゃありません」


 聞きたいことはまだ沢山あったけれど、私はその言葉を最後に天都を後にした。

 

 吾月を救うなどと啖呵を切ったが、当然、この先の事は決めていない。


 でもまあ何とかなるさ。行き当たりばったりなのはいつもの事だから。


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