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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
172/202

【番外編】永花

「産まれたか!?」

「ええ。今度も女の子よ」


 山口県のとある産婦人科。今日そこで、一人の女の子が産まれた。産まれた瞬間声を上げ、体重は3792gの健康児。今は母に抱かれている。

 その病室には数人の看護師と、ベッドに横たわる一人の女性のみだったが、しかし扉を開けるや否や、男が声を張って加わった。


「よかった。本当によかった」

「うふふ。ほら見て、凄く可愛らしい」

「ああっ。俺たちの子だ」


 男は病院から一本の電話を受けた後、仕事を早めに切り上げ、タクシーを使ってここまで来た。それでも出産に立ち会うことは出来なかったが、夫婦はそれ以上に赤子の誕生に胸を弾ませていた。


「そ、そうだ。名前。名前をどっちにするか決めないと」

「ええ、いま?」


 夫の忙しない呼吸と、その落ち着きのない提案に、妻は少しだけ笑ってしまう。


「あのね、この子を見た時、私はもうこれしかないって思った」

「なんだ?」


 妻の口から出てくる言葉を、夫は赤子を撫でながら、心待ちにする。――その目には涙。もう冷静さなど持ち合わせてはいない。それでもその名前だけは、しっかりと聞き入れようと夫は身構える。


「この子には、一生を花のように美しく生きて欲しいの、だから永花えいか

「永花か。最高だよ。それにしよう」


 産まれた瞬間に愛を注ぎ込まれ、そして二人の温もりに包み込まれて誕生した赤子。その名前を“永花”。意味は、常しえに咲きし美花。まさに彼女にお誂え向きの名前である。


――――


「こら永花! 早く朝ごはん食べなさい!」

「嫌だっ、ようちえん行きたくない!」

「我がまま言わないの!」


 永花が産まれてから三年と半年。彼女たちの家は、朝から祭りでもやっているかのように騒がしい。


「えいかもお姉ちゃんと一緒がいいぃ!」


 彼女は姉と呼ぶ女児にしがみ付き、その背中に顔を埋めて泣き叫ぶ。

 もちろん、それをやられた少女は、机の上にフォークを置いて、その小さな眉間に、小さなしわを寄せた。


「永花、優花ゆかがご飯食べられないよ」

「お姉ちゃんと一緒がいいっ、お姉ちゃんと一緒がいいっ!」

「お母さん! 永花がごはん食べさせてくれない!」


 妹にがっちりホールドされ、思うように朝ごはんを食べられない優花は、そんな妹に遂に耐えかね、母親に助けを求める。しかし母親と父親は、困った顔をしながらも笑い、二人の様子を愛おしそうに見るばかりだった。


「ゴンっ、永花を引き剥がしてっ」


 そして遂に、優花は飼い犬のゴールデンレトリバーに助けを求める。しかし彼は、自分が呼ばれたと思ったのか、やれやれと言わんばかりの様子でのっそりと立ち上がり、優花の顔を舐めに向かう。


「こらゴン、優花じゃない、永花を離してって言ったの!」

「えいかもお姉ちゃんと学校行きたいよぉっ」


 なんとも騒がしい一家の日常は、毎日毎日、こうして始まる。光に満たされた居間で、四人と一匹によって。


 まるで産まれる前から、こうなることが運命づけられていたかのように、姉妹と一匹は仲が良かった。

 もちろん、これからあらゆる障害や苦難が彼女たちを待ち受けているだろうが、しかしそれすらも、彼女たちの前では、道端に転がる小石のような物でしかないだろう。

 ようやく一緒になれた。

 ようやく三人で幸せを歩んでいける。

 ようやく彼女達は、朽ちることの無いのものを得たのだから。

 もう誰にも邪魔は出来ないのだ。



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