中つ国
龍文書―16
【下界】:国つ神や妖怪など、天界とは違い様々な種族が暮らしている。中つ国とも呼ばれている。
「お早うございます。ソウ様」
家の門まで行くと、ユキメは既に会釈をしながら私を待っていた。一体何分前から待っていたのだろう。それとも何時間?
「お早うございます」
ユキメに挨拶を返し、私は彼女に約束していた話を持ち出す。
「――――そういえば昨夜、父上と母上に聞いたんだけど」
私がその言葉から始めると、ユキメは何かを察したように、みるみると表情を明るくさせる。恐らくずっと気にしていたのだろう。可愛い。
「ユキメは女官ではなく家族だと思っているから、今日からでも家に来なさい。だってさ」
途端に、ユキメの鼻息が荒くなるのが分かった。よほど嬉しいのだろう、彼女は膝から泣き崩れてしまった。
「ううう。コレは夢ではないのですよね?」
自分の頬をつねるユキメ。その大福のように伸びる頬は次第に赤みを帯びていく。というか他の侍女も見ているというのに、よくぞここまで泣けるものだ。
「ほおら、行くよユキメ。皆見てるから」
私の足元にしがみ付く彼女を、私は何とか引っ張り上げようとするがビクともしない。この様子じゃ多分、あと一時間は泣く。
「そうだユキメ。武鞭の前に花柳町で朝ごはん食べようよ」
恐らく、今のユキメに一番効果のある言葉。私はそれを半ば投げやりのように言い放つと、ユキメは血相を変えて立ち上がった。
「…………そうですね、参りましょう」
多分彼女の中での優先順位は、ヨウ家よりご飯の方が若干上回っているのかもしれない。よく分からない子だ。
――――そうして花柳町に降りてきた私たちは、二人で話し合って朝は蕎麦を食べることにした。私は既に朝食を済ませているが、蕎麦なら入るだろう。
店に入ると、既に他の龍人も何人か見える。そして店の女将がやってきて、私たちを席まで案内してくれた。
「ところで、今日の武鞭は何するの?」
お子様用のざる蕎麦を頼んだ私は、出された煎茶をすすりながらユキメに問う。
「はい。今日は龍人のもう一つの特性。“龍血"について学ぼうと思っております」
既に注文したというのに、ユキメはまだ品書きに夢中になっている。そんなに眺めても、蕎麦は出てこないというのに。
「龍血かあ。書物である程度読んだけど、ちょっと難しかったなあ」
これは事実だ。
「ご自宅でも励んでおられるのですね。ユキメは関心です」
――――そう言って口角を吊り上げると、ぱたりと品書きを閉じ、ユキメは話を切り出す。
「まず龍血とは、私たちの身体に流れる“龍の血”を使って、武具を強化したり。あとは龍の特性を利用した部位変化などですね」
龍の血の事は知っている。龍の血には微弱ながらも神が宿っている。しかも、とても位の低い神だから、契約をせずとも龍人はその力を使役できるのだ。
「血の神と龍人は、はるか昔から深い交友があるんだよね?」
「流石、よく勉強されていますね」
ユキメはとても満足そうに笑う。たぶんこの人は、私が何をしても笑って喜んでくれるのだろうな。
「でも、部位変化って何?」
私がそう切り返したところで、店の女将が両手に蕎麦を持って現れた。
そしてユキメはまるで、蕎麦から目を離せられない呪いにかけられているかのように、お盆の上に並ぶ蕎麦や薬味に釘付けだ。
「それは直接見た方が早いので、ここを出たらお見せしますね」
おまえ早く食べたいだけだろ。
と、溜め息。仕方なく、私も目の前に置かれた蕎麦を食べることにする。
「いただきます」
――――とても上品に仕上げられた竹ざるに、柔らかい色をした蕎麦が程よく盛られている。
一本一本が水気を帯びていて、その乱反射する様は、まるで水面の様だ。
お盆の上には小鉢がたくさん置かれており、それぞれに生姜、柚子、刻み葱、ミョウガなどが盛られ、一つの町のように多彩な色が混ざっている。
先ずは薬味もつゆもつけず、蕎麦だけを口に入れる。
こんにゃくのような弾力だが、少し力を入れると素直にほぐれる。穀物の大胆な風味と、繊細なそば粉の匂いが鼻を抜ける。
次に蕎麦を少しだけつゆに浸けて啜る。口に広がる甘じょっぱいつゆの風味が、噛むたびに蕎麦と溶け合って、せせらぎの様に喉の奥へと流れていく。
私は薬味をつゆに入れず、食べる分だけ蕎麦に乗せて食べる。こうすることで、薬味それぞれの味を一つ一つ味わうことが出来るのだ。
「…………良き」
やはり蕎麦は、どこの世界でも変わらず美味いな。
ふとユキメを見ると、彼女はおもむろに盆の上の薬味を全てつゆに投入した。
――――ま、まあ、食べ方は人それぞれだ。美味しければいい。
それからユキメが何杯蕎麦を食べたのかは、言わずもがなだろう。
ご愛読ありがとうございます。
もう少しでブックマーク者数が二桁に届きそうです。本当にありがたい事です。
全然百合展開が少ないですが、ソウがロリなため展開しづらいだけです。もうしばしご辛抱くださいませ。




