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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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対峙す

「少し、長々と喋ってしまったようだな」


 サンモトは刀を取って立ち上がると、それを帯に差し込み、視線を玄関の方へと向けた。それは自身へと迫る危機への警戒。


「…………ソウ様」


 そしてユキメが呟くと同時に、朽ちかけた玄関戸が勢いよく蹴り倒される。だが現れたのはソウではなく、片腕を失くした一匹の妖だった。


「サンモト様ッ! 敵です、敵が来ましッ――――」


 眼球が飛び出そうなくらい目を大きく見開いた妖が、開口一番にそう叫ぶ。しかしその妖も、首を一刀のもとに切り伏せられ、その神霊を浄化させた。

 そして現れたのは、二振りの太刀と、一柱の女神。


「私の嫁を、迎えに来たぞ」


 目は鬼灯のように赤く、その肌は雪のように白い。そしてその神霊は、誰もが慕う太陽その物の威厳である。


「はっはははははッ。ならばお前は何だ?」


 だがそんな神霊を前にしても、サンモトは満足げに笑い、腰の刀に手を添えた。


「嫁だ」


 等間隔で迫るさざ波の音が、彼女らの沈黙を静かに埋める。

 そして両者が刀を握り、相手の首を斬り落とさんと身構えた時、少し強めの波浪が、浜へと押し寄せた。――――そして。


「払い斬りッ!」

「垂れ!」


 矢の如し速度で放たれた叢雲の一撃を、サンモトは刀をしならせる様に受け流す。当然その一振りはソウの全力だが、しかしサンモトはそれが気に食わない。


「先ほどの神霊はどうした? そんなんじゃ、女は救えないぞ」

「生憎だけど、私の両腕の中にはまだまだ余裕があるのでね」

「っふふ。そうか。どこまでも節介を焼くのだな。お前らは」


 一見有利に見えるソウの状況。――――しかし壁を突き破って突如現れた巨大な狼によって、その戦況は大きく覆る。


「犬神っ?」


 その灰色の狼は、ソウに向かって象牙のような牙を剥きながら、サンモトを守るように立ちふさがる。


「私の友だ。彼もまた、私に立ち入ったばかりに殺された」

「訳アリってか。犬派の私に狼を差し向けるなんて、どこまでも解せん奴」

「うふふ。その余裕も、今の内だけだ」


 そう言ってサンモトは、友と呼ぶ犬神をソウに立ち向かわせる。

 ユウヤミはその巨体故に、柱をなぎ倒し、屋根を崩し、床を破壊しながらソウを攻め続け、遂には彼女の防御をも弾き飛ばしてしまった。


「クソ。なんだコイツ!」

「ユウヤミは、私より強いぞ。神霊を抑えたままじゃ、務まらない程にな」


 そして続けざまにサンモトから放たれる一刀は、ソウの神体に斬撃を食らわせた。


「二対一ってか。それでも、私は負けないッ!」


 天羽羽斬と天叢雲斬の二振りが、彼女の鼓舞に呼応するかのようにサンモトらへとその刃を向ける。


「弐舞・乱斬りッ」


 だが、その荒れ狂う斬撃すら、サンモトによって全て防がれてしまう。そして更に追撃をするように、サンモトの背後から飛び出してくるユウヤミの火槍によって、ソウは火傷と切創を負ってしまう。


「くそ。炎の神通力か」

「ああ。彼は火の中から産まれたんだ。まさにお誂え向きだろう?」

「じゃあ私は龍人の子だから、太陽の神通力を得たのかな」


――――――――


 龍と太陽の繋がりなんてあるのかどうか知らないけど、この際は何を言ってもセーフ。まあ要するに、こっちも全力で行くって事だ。


「日・天照陽」


 神通力を使用すると同時に、私の身体は龍へと還る。腕や足は鱗で覆われ、爪は刀のように鋭利になる。そして身長は、よりサンモトへと近づき、今では同じくらいの背丈となった。恐らくここまで近い敵と戦うのは初めてだ。


 そしてユキメも上手く縄を解き、私の元にまで来てくれた。彼女と一緒に戦うのは、あの時以来だ。


「ユキメ、行けそう?」

「ええ。ご迷惑をお掛けしました」


 私の隣で、ユキメが刀を構える。彼女と肩を並べるのは、本当に楽しい。だからこそ、ここから始まる私たちの戦いは、何者にも負けない。


「水臭いって。婦婦ふうふ水入らずって言うでしょ?」

「ふふ。その言葉、こういう時には使いませんよ」

「雰囲気よ雰囲気」


 さあ行くぞサンモト。お前に愛の力って奴をとくと見せつけてやる。そしてここで、お前の暴虐も終わらせてやる。


――――――――


 今、私の目の前で、あれだけ憎かった奴らが笑っている。

 いつも私を見下していた蒼空と太陽が。私との戦いで、笑っているのだ。

 あの日から私は、何にも縛られない生き方をしていた。奴らに馬鹿にされないような生き方を。でもこいつらを見ていると、もしかしたら私は、笑われてなんかいなかったような気がしてくる。


「ユウヤミ。お主は隻腕の龍人を頼む」


 私がそう言うと、ユウヤミは心配そうな目で私の顔を窺ってくる。おそらくあの強大な神霊を前にして、私の身を案じているのだろう。全く、あの時と何も変わっていないな。


「分かってる。死ぬときは一緒だ」


 神津杜かんのもりに来た時から、ユウヤミはいつも私の傍に居てくれた。そして彼女が死んだ時から。山犬がずっと私の傍にいてくれた。

 ああ、今になってようやく気付いた。この孔が、とっくの昔から塞がっていたことに。どうして今まで気付かなかったのだろう。


「行くぞ山犬。私たちの力を見せてやろう」


 山犬の頭を撫でてやると、彼は少しの間だけ覗かせた牙を収めた。姿かたちは違えど、彼はずっと私の事を愛していたのだろう。


 分かってる。だからこそこいつらに勝って、私は彼に借り続けていた物を返さなければならないのだ。私の愛ってやつを。


――――――


「抜刀ッ・向日葵!」


 ソウの抜刀術は、龍脚によって完成し、そして神通力によって、一撃必殺の業へと昇華された。瞬間移動が常の彼女の神霊の前では、これを防ぐことはもはや困難。


「甘いぞ天津神!」

「受けた!?」


 だがヨツミは持ち前の強靭と、それを補完する神通力を加味し、ソウの斬撃を防ぐことなく、その身で受け入れたのだ。

 そしてヨツミの腕が、ソウの腕を強く握る。


「夜鏡神」


 ソウの神体に、ヨツミの傷がそのまま流れ込む。ソウももちろん、彼女の神通力を知らなかった訳ではない。見知らぬ城狼族の女に漁村まで案内される道中、そのことについては確と聞いていた。

 これはソウ自身が、自分の力を過信しすぎていたが故の失敗だ。


「ソウ様!」

「大丈夫!」


 しかしソウの神体は、今や天陽にも劣らない強度を誇っている。それ故に彼女へのダメージもそこまで深刻なものではないが、それ以前に、最初に放った抜刀は全力での一撃ではなかったのだった。


 そしてソウはすぐさまサンモトを蹴り飛ばし、彼女との間合いを開ける。


「一瞬のうちにここまで。これは厄介だな」

「ソウ様ッ、大事ありませんか?」


 ソウの傷の具合を診るべく、ユキメはすぐさま彼女の元へと駆け寄ろうとするが、しかし山犬がそれをさせない。

 山犬はその巨体には似つかわしくない速度でユキメの腕に食らいつき、そしてそのまま、ユキメとソウを引き離した。


「ユキメッ!」

「お前の相手は私だぞ」


 ヨツミは先ほどの蹴りによる負傷を地面に流し、再びソウの前に立ちはだかる。


「……なるほど。いい連携プレーだね」

「褒めの言葉と、受け取ろう」

「その通りッ」


 瞬間移動によってソウはヨツミの背後を取ると、再び加減した力で斬りかかる。だがそれでも、並みの神であれば再起不能になるほどの高威力。


「…………くッ」


 ソウの強力な一太刀を、今度は防ごうとするヨツミだったが、しかし一歩及ばず、彼女はそのまま斬撃を受けてしまう。


「まだまだ!」


 そしてヨツミに神通力を使わせまいと、ソウは更なる攻撃を仕掛け、ヨツミを上空へと蹴り上げた。


「お前の弱点は、空だろ」


 傷を受け流す対象が無い空中では、ソウの言葉通りヨツミは無力となってしまう。それは正体不明の城狼の女から聞かされた攻略法。それだけにソウは、空中へと戦場を移した時点で揺るぎない勝ちを確信した。

 …………しかし。


「よくもッ。よくも背中にッ!」

「えっ」


 怒りに任せた強烈な上段蹴り。それはソウの首筋に上手く入り込み、そのまま彼女を蹴り飛ばす。


「なるほど。空を飛べる方の神なのね」


 それでもまだ余裕を残すソウだが、しかしヨツミの怒りはまだまだ健在だった。


「ぶっ殺すッ!」

「ようやく暴神らしくなってきたな」


 さながら犬のように歯を見せて、眉間と鼻筋に深いシワを作るその鬼のような形相を目の当たりにして、ようやくソウも焦りを感じ始めていた。


「そんなに背中が大事か? そんなの気にするタマでもないだろ」

「これは私の誇りだ」


 舞うような連撃。そしてそれは次第にソウを追い詰め、遂には彼女の頬に鋭い刀傷を付けた。


「っく」


 更に追撃。ヨツミはソウに出来た一瞬の隙を逃さず、彼女の顔面に拳を叩きつける。そして同時に、ヨツミの神通力がソウの身体を蝕む。


「夜鏡神!」

「…………しまった」


 ヨツミは、ソウに蹴り上げられた際のダメージと、背に受けた傷をソウ本人にそのまま返す。ここまでのダメージ量で言えば、圧倒的にソウの方が不利であることは確か。


「はぁ、はぁっ、ノーダメって、マジか」

(もう、生け捕りなんてぬるい事はやってられないな…………)


 ソウはヨツミを、天秤であるクサバナに裁いてもらう事が一番だと思っていた。それは今まで彼女に殺された者達への償いをさせるためだが。それ以上に自分の為でもあった。そうさせるのは、今日までの自分を作り上げてくれた者達への想いであり、そしてそれらを無下にしたくないというプライドの表れ…………。


(コイツは私の手で、殺す)


 ――――だが、今や神としての精神を持ち合わせているソウには、それらはもう、無用の長物であった。


「お前、湯栗村で愛がなんだとか言っていたな」

「ああ。愛は人を殺す。そこに相違はない」

「違うな。愛ってのは、人を不滅にするんだよ」


 光の移動。その決して目で捉えることのできない一瞬。斯くしてヨツミとの距離を瞬間の内に詰めたソウは、自身の腕でしっかりと叢雲を握り、嵐のような連撃を繰り出す。


「例えば私とかな!」

「面白いッ。ならばここで勝利した奴が、答えとなろうぞ!」


 斬る。防ぐ。傷つく。流す。流される。

 鏡のような月が美しく大地を照らす中、二つの影は鋼をぶつけ合い、冬の澄んだ空に鉄の音色を響かせる。

 それは不毛とも呼べる戦いではあるが、しかしそれでも、鍔迫り合いを繰り広げる二柱の間には、掛け替えのない意地があった。


 最早そこに、言葉など必要ない。

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