表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
164/202

誘拐は計画的に

 クソ。オクダカとサカマキの神霊が消えかかっている。だからと言って、この状況を打開しない事には、助けに行きたくとも行けない。どうする。どうする。


「ソウ様。ここは私に任せて、貴女は彼らの救援に」

「駄目! そんなことは絶対にしない!」


 ――――陽が沈み、空に綺麗な月が昇ってきた頃、この湯栗の村は、妖の大群によって攻め入られた。それでも相手取る妖はどれも雑魚ばかりだが、しかし逃げ惑う村人を救助するには、あまりにも数が多すぎた。


「天津神様! 俺たちは一体どうすればいいんですか!?」

「家の中に入って、ユウキとアシナの傍に居てあげて!」


 私とユキメの二人だけじゃ、村人全てを救う事は不可能。せめて一か所に固まっていてくれたら、誰一人死なせずに済んだのに!


「ソウ様、まだ大丈夫そうですか?」

「うん。でもちょっと、ふわふわしてきた」


 天龍体と神通力を使い、序盤こそは村の四方から攻めてくる妖どもを一網打尽にしていた。もう何体殺したかも分からない程。だが妖の数は尋常ではなく、遂に私の霊力は追い付かなくなってしまったのだ。


「数の暴力ってやつだね」

「ええ。キリがありませぬ」


 何百もの矢を作っては、その一本すら無駄にはせず妖を撃ち抜く。叢雲も羽羽斬も、今は遠隔操作で村人の救助に当たらせている。死者は何人か出てしまったが、この均衡を崩さなければ、これ以上の犠牲は出さずに済みそうだ。


「くそ。もっと雑魚専用の術が欲しい」

「今度一緒に作りましょう」

「そうだね。愛してるよ」

「ええっ、わたくしも」


 私の神通力は、サシの勝負でこそ真価を発揮する。これだけの数が相手なら、クサバナかサカマキが一番相性がいい。

 いや、ない物を当てにするな。今はベスト尽くすんだ。


「ユキメっ、もう一回奴らを蹴散らしてくる。ここは頼んだ!」

「分かりました。お気を付け――――」


 それは、彼女にフウキの家を守らせようと、私がユキメに視線を向けたときだった。彼女はまるで、風になったかのように姿を消したのだ。


「――――ユキメッ?」


 なんだ。何が起きた!?


「貴女たちの事をお母様に話したら、弱い方を連れて来いと言われました」


 気付けば目の前には、昼の団子屋で見た城狼族の少年。相変わらず天狗のお面を付けているが、いま彼から感じる物はただ一つ。――敵意だ。


「お前、ユキメをどこにやった」

「大丈夫。彼女には一切、手を出さないので」

「そう言う事じゃないッ。いくら子共だろうが、容赦はしないぞ!」


 ユキメが無事だという事は、何となく理解は出来た。恐らく何かしらの目的があって、こいつはユキメを拉致したんだろう。


「おやおやおや。サルハミ、仕事を完遂したのか?」

「お母さまっ」


 そしてもう一つ、とてつもなく大きい神霊が、不意に私の前に現れる。すると少年はその女に飛びつき、女はその頭を優しく撫でる。

 その妖しい笑みを浮かべる女、背丈は二メートルに達しそうなほど大きく。そして纏っている着物は、もう衣服としての機能を成していないほど綻んでいる。恐らく、オクダカ達と戦っていたのは、コイツなのだろう。


「誰だ」

「不毛な質問だな。分かっているはずだろ」


 そうか。こいつがサンモトか。まさか女だとは思わなかった。


「ユキメに指一本でも触れて見ろ。ぶっ殺してやるからな」


「ははははっ、どうやら、サルハミが言っていたことは誠の様だな。よもや女同士で愛をするとは、可笑しな連中もいるものだな」

「お前なんかに分かるかよ」


 クソ。今すぐこいつを殴ってやりたい。でもこいつがいなくなれば、妖どもは枷が外れた虎のように手が付けられなくなるだろう。それにユキメの事もある。下手な事は出来ないぞ。


「何が目的だ」

「なに。私はちょっと、お前らに興味があるだけだ」

「嫉妬してんのか?」

「うっふふふふ。よく口の回る女神だな」


 そうしてサンモトが手を挙げると、まるで飼い主に命令された犬のように、妖どもが一斉に動きを止めた。そしてサンモトは、落ち着いた口調で言葉を続ける。


「お前、愛とは何か、知っているか?」

「は?」


 お前がそれを聞くのかよ。


「愛とは、際限なく相手に捧げる物であり、そして愛によって人々は苦しみ、死んでゆく。私にそれを教えてくれた奴も、愛する者に殺された」

「それがお前の知る愛なのか?」

「私はな、命を殺す瞬間がたまらなく好きだ」


 好き勝手喋りやがって。まるで会話が噛みあわない。こいつは他人の思考ってものを気にしないのか? 


「死の瞬間と言うのは、一点の曇りも無い愛が垣間見える。そしてそれを感じた時、私の深淵は光に満たされるのだ」


 人を煙に巻く奴が、私は嫌いだ。だからこそ、今の私にはどうしようもない苛立ちが募っている。一体何が悲しくて、私はこいつのポエムを聞かねばならんのだ。


「何が言いたい?」

「つまりだな、私はもう飽きたんだよ。いや、私の孔が飽きていると言うべきか。だから、私に新しい愛を見せ欲しいのだ。それまでは、お前の女も生かしてやる」

「ならば誓え。ユキメには指一本すら触れないと」

「はっはっはッ。いいだろう。ただしお前が来なかったら、その契約も破棄されることを覚えておけ」


 そうしてサンモトは男児の肩を抱き寄せると、さながら風の神通力を使ったかのように、足元から姿を消し始めた。


「では、待ってるぞ」

「その首、洗っとけよ」


 私がそう吐き捨てた瞬間、サンモトは嫌な笑みを浮かべてこの場から消えてしまった。そして同時に、何体かの妖が急に叫び始め、それに従うかのように、残りの妖もぞろぞろ退却してゆく。


「何だよアレ。怖すぎるだろ」


 お化けとナスが苦手な私には、どれも毛が逆立つ程の恐怖であることに違いはない。ナスの妖怪がいないことにだけは感謝しよう。


「くそ。ユキメ…………」


 そして私は再び、彼女を手離してしまった。本当に腹が立って仕方ない。もう決して離さないと彼女に誓ったのに…………。


 いや、ここで悔やんでいても仕方ない。常世の国の時とは違うんだ。ユキメはまだ生きている。それだけ分かれば、行動を起こす事に躊躇いはない。


「今、行くからね」


 私はいつの間にか持っていた、あの白い花を模した簪を握りしめ、そして強く意気込む。一刻も早く彼女を助け、旗と花火を上げてやると。


「よしッ」

「あのー」


 そうやって弱弱しい声が私にかけられたのは、雄叫びに近い鼓舞と同時に、私が一歩前に踏み出した時だった。

 全く…………。これから大事な時だって言うのに。一体誰だ?


「ソウちゃ――蒼陽姫。少しお待ちいただけますか?」


 振り返るとそこには、毛ほども見たことが無い城狼族の女が、オクダカとサカマキを宙に浮かせながら、何とも嫌な笑みを浮かべて立っていた。しかもその女は、私の事を知っている様子。


「え、誰?」

「自己紹介をしている時間はありません。これからサンモトを討伐しに行かれるのですよね?」

「うん。それより、なんでオクダカとサカマキが、ここにいるの?」


 すると女は彼らをゆっくりと降ろすと、地面に横たわらせて言葉の続きを始める。


「彼らは、サンモトとの戦いで負傷しました。でもまだ神霊は無事なので、死ぬようなことはありません」

「貴女が、助けてくれたの?」

「いえ、私のほかにもう一柱いたのですが、彼女もまた、サンモトに敗れてしまいました」


 サンモトとの戦いに負けた? なんで見ず知らずの女が、彼らの為にそこまで…………。


「死んだの?」

「それも違います。それより今は、一刻も早くサンモトを殺さなければいけません」

「もちろん今から行くけど。先ずオクダカとサカマキを、早く栄白へと連れて行かないと」

「心配には及びません。私が手当てをしたので、あと数日寝かせておけば起き上がるでしょう。それに私がここに来たのは、貴女をサンモトの元へと導くためなのです」


 サンモトの気配が無いわけではない。今も張り詰められた一本の糸のように、その神霊は僅かながらに残っているのだ。今にも切れそうな心許なさではあるが。


「狙いは、サンモトを殺す事だけ?」

「はい。彼女の蛮行には、私たちももう我慢ならんのです」


 怪しい。怪しいけど、敵ではないようだから、今は彼女の言葉を信じるしかない。それに彼女なら、私をサンモトの場所まで、迷うことなく連れて行ってくれる気がするのだ。本当に“気がする”だけなのだが、今は贅沢を言っている場合でもない。


「分かった。でも殺しはしないから。彼女は然るべき方法で、しっかりとその罪を裁く」

「畏まりました。我らはサンモトが大人しくなればいいだけなので、あなた方の意向に従います」


 殺すと言ったり、大人しくさせると言ったり、本当に何なんだ、こいつの目的は。


「変な真似したら、貴女も裁きの対象になるという事を、忘れないでね」

「ええ。心得ております」


 そうして私は、オクダカとサカマキをフウキ達に預け、得体の知れない女と、サンモトの元まで向かう事になったのだが。しかし彼女を信用したわけではない。私たちは既に一度、サンモトの配下であるお面の男児に一杯食わされているのだ。ここから先は、一瞬でも気を緩めないようにしなければ…………。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ