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龍人の子、陽の元に堕つ  作者: 麗氷柱
第四章 常しえに咲きし妖花
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敵の敵は敵

「参るぞ」


 その一言を発すると同時に、サンモトは刀も抜かず、ただただ一直線にオクダカへと向かう。


「くそ。何なんだコイツ」


 隙だらけの突進。雷を落とせば確実に当たるような雰囲気だが、それ以上にその不気味な愚直さが、それを躊躇わせていた。


「一刀」


 咄嗟に抜刀、そして続けざまにサンモトを斬りつけるオクダカ。その斬撃は右肩から入り、そのまま彼女の神体に傷を付け、左のわき腹へと抜ける。


「なんつー神体だ!」


 しかしサンモトの神体はそれに屈することなく、駆け出した勢いのままオクダカの顔面を片手で掴む。


夜鏡神よかがみ


 そして、サンモトの神通力が発動すると同時に、オクダカの神体から、林檎のような色をした鮮血が吹き出した。


「……………………は?」

「オクダカッ!」


 何が何だか分からず混乱するオクダカは、膝を着き、自身を斬り殺さんと刀を振り上げるサンモトを見上げる。


「クソっ、界雷!」


 当然オクダカも黙ってはいない。彼はサンモトが白刃を振り下ろす瞬間、彼女の神体に雷を撃ち放った。もちろん霊力の消費を考慮しない全力の一撃であり、その雷はサンモトの神体を貫いてその肉を焦がす。


「はぁっ、はぁっ、どうだッ!」


 香ばしい匂いが辺りを漂い、オクダカの足元では黒焦げの死体が転がる。その光景は紛れもなくオクダカに勝ちを確信させ、そして同時に、言いようの無い不気味さが彼を襲った。


「一体、何だったんだコイツは」

「今手当するぞオクダカッ!」

「ああ、すまん」


 サンモトが死んだという事実と、突如付けられた謎の負傷によって、これ以上の神通力の使用は無駄と考えた彼は、界雷を解き霧を晴らせる。


「コイツの神通力は終ぞ分からなかったが、幾らなんでも呆気ないだろ」

「所詮はお山の大将だッ。幾ら妖を束ねようと、お主には敵わん!」

「いや、こいつのはそう言う次元じゃねえ」


 視界が良くなったことで、サカマキは神通力を使いオクダカの治療に専念しようとするが、だが彼の傷を見て、サカマキは目を丸くする。


「おいっ、この傷!」

「なんだ?」

「お主がサンモトに付けた傷と、全く同じだぞ!」

「なんだと?」


 右肩から左わき腹にかけて走る一本の刀傷。その刀痕や切り口は、どこからどう見てもオクダカがサンモトに付けた傷にしか見えない。


「…………まさか。自分の傷を、相手にも与えるって事か?」

「少し、違うな」


 足元からの聲。それは今にも途切れそうな程弱く、しかし確かな余裕を含んだ一言。


「…………夜鏡神」


 次の瞬間、サンモトを中心に地面が音を立ててヒビ割れる。そして何と言う事か、まるで何事も無かったかのように、つい先ほどまで死んでいた筈のサンモトが起き上がった。否、死んでいたのは神体だけであり、彼女の神霊はまだ辛うじてその場に留まっていたのだ。


「クソッ、治療はもういい! 先ずはこいつの討伐を優先するぞ!」

「分かった!」


 すぐさま距離を取るオクダカとサカマキ。そして割れた地面と、一切の傷をその身に残していないサンモトを見て、彼らは彼女の神通力を理解した。


「受けた傷を、他に流すのか」

「ご名答。まあ分かったところで、何の解決にもならんがな」


 落雷により着物は破れ、その神体にも煤がこびりついているが、それでも破れ目から覗く神体は、まさに健康そのものだった。


「木・八百咲ッ」


 サカマキの神通力によって、サンモトの神体には無数の切り傷が付けられる。指や耳は落ち、果ては眼球までも破裂させるほどだが、それでも彼女の前では、どれも無意味な攻撃。


「申したであろう。何の解決にもならんと」


 地面に手を触れ、自身の傷の全てを流し込むサンモト。そうすれば彼女の神体は元通りになり、序盤となんら変わらぬ足取りで、再び歩みを始める。そしてその一連の行動は、彼らの目に絶望の二文字を焼きつけさせた。


「これじゃあイタチごっこだ。奴の神霊を壊さない限り、永遠に続くぞ」

「何かいい案はないのか!?」

「分からん。そもそも何で信仰も無い奴が、あんな強靭な神体を持ってるんだよ」

「奴を信仰しているのは人ではないッ、妖だ!」

「クソ。そう言う事か」


 妖の数は獣神や神を遥かに上回る。故にサンモトに対する信仰は、並みの神々に大差をつけるほど膨大であった。そして妖が彼女に抱く想いは、その強さへの恐怖ただ一つだけである。


「恐怖によって、純粋な信仰を得てるって訳か」

「厄介だぞ!」


 人と言うのは、ただ一柱だけを信仰するほど純粋ではない。多くの獣神は、自身にとって都合のいい神がいる程、その信仰を分散させる。それ故に、人一人から得られる信仰と言うのは、そこまで大きくはないのだ。


「妖の神ってのは、さぞ楽なんだろうな」

「ふふ。そうでもないさ」


 焦りを見せ始める彼に、サンモトはただ不敵な笑みを浮かべる。そして再び、彼女は猪突猛進の走りを見せ、彼らとの距離を一気に詰めた。


「クソ! 武にも明るいとはな!」

「お前らを殺すまで、私は死に続けるぞ」


 オクダカはもはや、彼女に対しての成す術が見当たらなかった。それだけに彼は回避に専念し、その隙の無い神通力の突破口を探し続ける。


「横槍御免!」


 ここでサカマキが、その大木のように太い腕を使い、サンモトの顔面を全身全霊で殴り抜ける。


「いや、もう一騎打ちにこだわってる場合じゃねえ」

「蒼陽姫を呼ぶか!?」

「駄目だ。御ひい様を呼んだら、村を守る奴がいなくなっちまう」

「ならどうするッ!」


 サカマキによって吹っ飛ばされたサンモトは、またしても神通力で傷を流し、一切変わることの無い笑みのまま、地面を深く抉って駆け始める。


「奴は傷を流す際、必ず対象に触れる。だからその隙を与えないよう、間髪入れず攻撃をし続けるぞ」

「分かったッ!」


 サンモトが凄まじい速度で迫る中、オクダカはその僅かな時間でサカマキに作戦を伝え、トライアンドエラーの覚悟で身構える。


 だがしかし、彼らはもう一つの神霊の存在を、完全に忘れていた。


「ユウヤミ」


 彼女がその名を呼ぶと同時に、どこからともなく現れた巨大な狼によって、サカマキは派手に突き飛ばされる。


「サカマキ!」

「心配ないッ!」


 咄嗟の声掛けによって彼の無事を確認したオクダカは、その視線をサンモトに向けたまま、迎撃の体勢を作った。


「やっぱ一柱だけじゃねえよな」

「無論だ」


 これで作戦がおじゃんになってしまい、オクダカとサカマキは一対一の戦いに持ち込まれてしまう。こうなってしまっては、残された道は消耗戦しかない。


「犬神までいるとは、随分と慕われてんだな!」

「アレは私の友だ。そして、私より強い」

「そうかい、じゃあ精々祈るんだな。犬ころが死なねえように」


 繰り返されるサンモトの鋭い斬撃を受けながら、オクダカは必死に思考を巡らす。そしてたどり着いた答えは…………。


「電光石火!」


 何とか彼女の隙を見出したオクダカは、サンモトの腕を掴み、そのまま自身ごと空中へと瞬間移動する。


「空なら傷も流せねえだろ」

「成る程。考えたな」

「檑切りッ」


 そしてあらゆる可能性を潰すため、彼はサンモトの両腕をも斬り落とした。だがしかし、依然としてサンモトは歪な嗤いを止めない。


「ふふふ。ここまで長い戦いも久々だ」

「どうした、諦めたか?」

「いや、面白いと思ってな」

「悪いが、このままケリを付けるぞ」


 立ち込める暗雲。それは月明りさえ通さないほど厚く、そして精製されるエネルギーは、とても冬の雷雲とは思えない程凄まじい物。


「界雷」


 加えて一点集中の連続する落雷は、刹那の内にサンモトの神体を焼き尽くし、更にはその神霊までも削ってゆく。


「くそ、これで仕舞だ」


 神通力の多用による霊力の枯渇。だがそれだけの力を使い果たした成果は、彼の中で確実な勝利を確信させた。


「いい加減…………終わっただろ」


 サンモトの亡骸が地に落ちて行くのを確認すると、彼はそのまま地上へと戻る。――そしてボロボロの神体を引きずりながら、未だに苦戦を強いられている、サカマキの援護へと向かおうとするが。だがオクダカの肩を、背後から掴む手。


「先に腕を斬り落としたのが、お前の失策だ」

「な…………ッ」


 オクダカが振り向くと、そこには全身に大やけどを負ったままのサンモトが、その白い歯だけを真っ黒な顔面から零していた。


「夜鏡神」


 そうしてオクダカによって焦がされたサンモトの神体は、そのまま元の健常を取り戻し。そして代わりに、そのダメージをそのままオクダカが引き継いでしまう。


「かは…………」

「お生憎様」


 神霊とは、限りなく神体に近い形を成しており、そして言い方を変えれば、神体はその神霊を守るための鎧に過ぎない。故に先ほど斬り落とされたサンモトの腕は、わずかにだが神霊を残しており、そして腕が地面に落ちた瞬間、彼女は神通力使用し、喰らい続けるダメージを地面に流し続けていた。オクダカに与えるダメージを残しながら。


「オクダカッ!」」


 オクダカは、口から白煙を噴き出しながら倒れてしまう。その光景は、大狼と戦うサカマキに、敗北の二文字を刻み込むのに十分であり、そして彼に埋める事の出来ない隙を作らせる。


「くッ、しまったッ」


 炎を纏う狼は、サカマキの一秒にも満たない僅かな隙を見逃さず、そこを突くように炎の大槍群を解き放つと、彼の神体を串刺しにした。


「ユウヤミ。よくやった」


 顔を綻ばせ、犬神の頭を撫でるサンモト。それは完全なる、彼女たちの勝利であった。


「さあ、哀れな神々に止めを刺してこい」


 地に伏せた二柱の神。彼らにはもう立ち上がるだけの力もなく、これにて万事休すの九死である。


「…………まあ、これも悪くねえか」


 自分よりも強い敵と戦う事が、オクダカの全て。そして、そんな好敵手に敗れ、華々しく命を散らすことが、彼の望んだ最期でもあった。それ故に出てくるのは、安楽の笑み。


「サカマキ。お前と共に逝けるなんて、贅沢な死に様だな」

「…………ああ。私も楽しかったぞ」


 別々の場所にてその時を待つ彼らは、ただ天だけを仰ぎながら、別れの言葉を掛け合った。


「ふふふ。悪くない眺めだぞ。天津神」


 そして胸を押さえ、どこか満足げに笑うサンモトを他所に、ユウヤミはオクダカの息の根を止めまいと、その神通力を発動させる。


 こうして今、二柱の天津神が黄泉へと堕ちた。サンモトもユウヤミも、確かにそう思っていたのだ。…………しかし。


「ひひひ。お姉さまの先鉾ともあろう神々が、何て様ですか」


 なんとユウヤミの放った炎の槍は、突然発動した不抜の結界により、その鉾先を誰に突き刺す事も無く、火の粉となって消え失せた。


 その術者、頭には狼のような耳を生やし、目はサンモトと同じ黄金。そんな得体の知れない女の登場は、サンモトにさえ強い警戒心を持たせる。


「なんだ、お前は」

「ヨツミ。声に従いなさいと、言われなかったのですか?」

「はっはっは。そうかお前が、声の主か」


 サンモト達の目の前には、城狼族の女がただ一人、嫌に笑みを浮かべながら佇んでいる。だがもちろん、その場にいる誰もが、その女に見覚えはない。


「最後に一度だけ申します。此方に、従いなさい」

「ふふふ。懲りないやつだな。諦めろ」

「いっひひひひ。ならばうぬは、もういらぬ」


 そうして、城狼族の姿を借りた吾月は、サンモトと衝突することになるのだが。さらに吾月によって命を救われたオクダカとサカマキの傍にも、もう一人の城狼族が現れる。


「もう心配いりませんオクダカ様。私があなた方を、安全な場所までお運び致します」

「…………だ、誰だ?」

「私は一度あなた方に……。いえ、何でもありません。とにかく、あなた方をここで死なせるわけにはいかないのです」


 背後ではまさに殺し合いが行われていると言うのに、女はやけに落ち着いた口調で彼にそう言った。そして女はオクダカとサカマキを念動力で浮かせると、左手で印を結ぶ。


「月・誘夜月いざよい


 その瞬間、彼らの神体は美しい黄金の光で覆われ、その場からたちまち姿を消し去ったのだった。



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